■2022/4までの読み切りログ(ルシファー)

帰るのが遅くなるから先に食事をしていろと伝えれば、健気にも『今日の料理は力作だよ』なんていう返事が返ってきたために、普段以上の力を出して会議も書類仕事も片付けてきた。それでも夜中の零時も回った頃に館に戻るのが精一杯だった俺は、溜息混じりに玄関を抜ける。流石に眠っているだろうと思いつつも、淡い期待を拭えずにキッチンへと一直線。その期待を裏切ることなく出迎えてくれた彼女を愛しいと思わずなんと思う。
「あっ!おかえりルシファー!」
「おまえ……本当に待っていてくれたのか」
「やだなぁ。待ってるって言っといて待ってなかったら嘘つきじゃん。ごはんは誰かと一緒に食べた方が美味しいでしょ?」
「それは……そうだが」
「もし不味くても、緩和されるかもしれないからね!」
「ふ……そういうことなら、仕方ないな」
「さ、早く座って!今温めるから」
俺に椅子を勧めると、鍋を火にかけオーブンのスイッチを入れた彼女が、ルシファーは座ってるだけでいいからね!と釘を刺すので、笑いを噛み殺して、わかった、とだけ応えた。どうにもこういう感情には弱い。胸のあたりがムズムズするというかなんというか。
ここに来たばかりの頃と比べて随分手際が良くなったなと、彼女の背中を見つめながら瞼を閉じて心地良い時間に身を任せていれば、すぐに食事が目の前に並んだ。良い香りにくすぐられる食欲。どうぞ、と促されて俺がコカトリスのグリル焼きにナイフを近づけると、目の前の彼女は手を合わせてこう言った。
「いただきます」
「そういえば、なんだそれは」
「ん?」
「いや、おまえは食事の前にいつもそうして言葉を発するだろう。それはなんだと聞いている」
「食事の前……ああ、いただきます、のこと?」
切り分けた肉を口に運びながら何気なく質問すると、確かに魔界でもあんまり聞かないね、と呟いた。
「挨拶、みたいなものかな。食材を身体に取り込むこととか命を口にすることへの感謝の気持ち、それから、食材を育てた人、食事を作った人へのお礼の気持ちを込めて言うんだよ。日本っていう国の風習だね。人間界でも他の国で同じような言葉は聞かないし、割とレアなのかも」
「感謝……なるほど……」
そのセリフに俺がふむと思案しているにも関わらず、『それよりどう、グリル焼き、美味しくない?』とソワソワ感想を求められたので、まずはそちらに集中するかと持ちうる語彙で彼女を褒めるに徹した。

そんな二人きりの夕食も終わって片付けをしつついると、食後に何か飲むかという話になる。普段なら、あとはシャワーを浴びて眠るだけなのでデモナスを一杯、と言いたいところだが、今日は少し予定を変更だ。
「今日はヘルコーヒーにしよう」
「え……でも、こんな時間にコーヒーなんて飲んだら眠れなくなっちゃうんじゃない?」
「いいんだ。今日は眠る予定がないからな」
「?まだ仕事残ってるの?」
「いや違う。仕事ではないが、やることがある。そういうときはお前の淹れる特別苦いヘルコーヒーを飲むに限るんだ」
ふーん?と言いながらコーヒーを蒸らし始めた彼女。早速その背中を囲って机に手をつけば、面を擡げて俺の方に視線を向けたので、にっこりと微笑み返す。
「おまえも飲んだ方がいいんじゃないか?朝まで長いからな」
「はへ……?それは、どういう」
「そのままの意味だ」
さらにグッと身体を曲げ、密着するように覆い被さると、せっかく上に向いた顔が下を向いていってしまったが、それと同時に髪の間から覗く耳が真っ赤に染まっていって気分が良くなる。
「あの、るしふぁ……ち、近い……デス」
「おまえに言いたいことがあってな」
「ッ、な、何……?」
耳に唇を近づけて、囁くように、一言。
「感謝とお礼を込めて、だったな」
「え、」
「今からおまえを、いただきます」
「な!?」
「この使い方は間違いかな?」
「……っ……間違っては、いない……当たって、ます……」
「そうか、それはよかった」
せっかく淹れてもらったヘルコーヒーも、もしかすると今夜は一口でいいかもしれないが大丈夫だ。冷めていたってうまいんだ。朝になったら全部飲み干すさ。
おまえの愛情は一滴残らず、俺のものだからな。
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