■読み切りログ(ルシファー以外)
魔界に来て暫く、シメオンに『俺、君のこと結構気に入ってるんだけど、もしかして全然伝わってない?』と突然言われたときは驚いたけれど、言葉とは裏腹にその目は熱い想いを秘めていて、続く『俺と付き合わない?』というセリフに頷くしかなかったのは仕方のないことだったと思う。シメオンのことは嫌いではない。むしろ好きに分類される気持ちを持っていた。ただ、そんな目で見られていたと思っていなかったから驚きが先行した結果だった。
とはいえ、二人の関係に名前がついたからといって特別何か変わることがあったわけでもなく、留学生活は穏やかに続いていた。
そんな、ある日のことだった。
その日私は、学内のカフェでココアをお供に課題図書を読んでいた。課題図書といっても魔界の成り立ちをわかりやすく物語風に書き表した書籍だったので、課題そっちのけで物語に没頭していた。そんな折、カタリと自分のテーブルの向かいの椅子が動いたことによって、意識を『今ここ』に戻された。
声もかけずに相席とは、どんな悪魔だろう。ていうかこのカフェそんなに混んでたっけ?、と顔を上げるとそこにいたのはシメオンで、ふっと自分の表情が和らいだのがわかった。
「シメオン!」
「やあ。偶然君の姿を見かけたから、来ちゃった。迷惑だったかな?」
「全然そんなことないよ!時間あるなら、そこ、座って座って」
「よかった。じゃあ遠慮なく」
シメオンは腰をかけつつ、私の飲み物を見て、甘いものが好きなんだねと笑った。
「うん!寒い日に飲むココアはさいっこうだよ」
「ココアにはマシュマロは乗せる派?」
「乗せない派。実はマシュマロは苦手なの」
「へぇ、珍しい」
「そう?あ、でもチョコレートが入ってるのは好き!」
「ええ?チョコレートが入ってれば食べれるの?ふふっ、面白いね」
何気ない会話の中でもシメオンはよく笑う。その笑顔が見られるだけで幸せになれるんだから、私はもう随分とシメオンのことを好きになっているんだろう。そんなことを考えると、知らず頬が熱を持った。
好きとか付き合うとか、そんな言葉とは人間界にいたころは無縁だった。漫画や雑誌で見るそういった気持ちはもっと激しい感情が渦巻いていて自分とは関係のない世界だと思っていたのだ。
だけれど実際そういう状況に身を置いてみれば、穏やかで優しくて、こんな日常がずっとずっと続けばいいのにと思えるようなとても暖かい時間が流れていて。相手がシメオンだからこうなのかは、恋愛初心者の私にはよくわからなかったけれど、一緒に居られる時間は幸せだ、と思えるのは大切な気持ちだなと感じていた。
「シメオンはどうしてこんなところに?今から寮に帰るとこだったの?」
「いや、俺はちょっと作業をしようと思って場所を探していたところだよ」
「作業……」
「うん、作家業のね。七王を書き上げてから暫く時間も経ったことだし、新しい物語に取りかかってみませんか、って編集から催促がきて」
「へぇ……!それでネタ出し、みたいな?」
「そういうこと」
知り合いに作家などいた試しがなかったので、彼の頭の中がどんな様子なのか興味があった。ただ、作家本人は聞かれたくないことかもしれないよね、と突っ込むのを躊躇っていると、またクスクスと控え目な笑い声がしてハッとなる。
「君って本当にわかりやすいよね」
「へっ!?」
「そんなところも可愛いんだけど」
「な……!」
「ふふっ、新作がどんな話になるのか気になるんでしょう?」
「っ、なんで」
「当たりだ!まだ大枠を決めただけだから話せることは少ないんだけど、せっかくだから天使と人間の恋の話にしようかなって思ってるよ」
その『せっかくだから』という言葉に込められた意図は、きっと、君と俺と同じ状況だね、というところにあるのだと悟れば、今度こそ頬のみならず額までカァッと赤くなったのがわかった。なんとか、『そうなんだね、ロマンチックなお話になりそうだね』と言葉にすると、スッと細まった瞳がそんな私を捉えて、それから告げられたのは思いもよらず問いかけ、だった。
「君は、天使がしちゃいけないただ一つのことって、何か知ってる?」
「しちゃいけないこと……?天使だけがしちゃいけないの?」
「そう。わかるかな」
「うう〜ん……聞いたことないなぁ……」
なんだろう、と頭を捻るも、いい回答は浮かばない。そんなことはこれまで読んできた本に書かれてもいなかったし、今学んでいる三界の歴史のテキストにも出てきていなかった。
「わかんないから……シメオン!ヒント!」
「ヒントかぁ。そうだな……天使は神の周りにたくさんいるでしょ?」
「うんうん」
「神は天使を創ったって言われてる。そして人間を創ったとも。だから神は天使と人間、どちらもとっても愛しているんだ」
「なるほど」
「じゃあ天使は?天使はどうなんだろう」
そこまで言って、にこ、と微笑んだシメオンはそのまま口を噤んだ。どうやらヒントはここまでらしい。
神は天使と人間の創造主で、だからこそどちらも愛している。それならば天使は。自らを創った神を愛しているんではないだろうか。だとすると、神を蔑むこととかかな……?
でもシメオンが言いたいのはそういうことではない気がした。それはただのカンでしかなかったけれど、なぜだかそれだけは自信があった。
「天使たちは、神様にお仕えして仕事をするんだっけ」
「そうだね、身の回りの世話をしたり、簡単な仕事の肩代わりをしたり、かな」
「肩代わり……それなら天使たちも人間のこと、きっとよく知ってるんだね。あ、わかった!人間のことを知りすぎて愛おしくなってもちょっかいを出したりすることは禁止!どう?」
「おしい、かなぁ」
「違った?そっか……うーん、ごめん、お手上げ!正解を教えて?」
「正解はね、……人間を愛すること、だよ」
「、え」
一瞬、全ての音が私の世界から消えた。
シメオンの言ったことは理解できた。けれど、それを私に告げる意味がわからなかった。だってそうすると、天使であるシメオンは。
「シメオン、まさか今の話、」
「俺にとっては、俺が天使であることよりも、愛する君と過ごせることのほうが大切なんだ」
「うそ、でしょ、そんな、そんなのっ」
「……って言ったら、君はもっと俺に愛情をかけてくれる?」
「、へ……?」
そう言うとシメオンは徐に腰を上げ。
ずい、と私の方に顔を近づけ。
私の唇を攫っていった。
呆けた私の目はぱっちりと開いたままだったので、シメオンの綺麗な顔が近づいてきて、ゆっくりと離れていく様を一秒たりとも見逃さずに目に焼き付けたわけだけれど、そのせいで、遅れて脳に送られてきた信号は、いつも以上に私を動揺させたのは言うまでもない。
「……っ!?!?!?」
「あははっ!真っ赤だ!」
「い、いま、っ、えっ!?」
仰反るようにシメオンから距離を取ったけれど、それをものともしないシメオンの指が私に伸びてきて、唇をツゥ、となぞる。その感触に背中を何かが這い上がってきてふるりと震えたのは私の身体。
「俺は、君のこと、そういう意味で好きだから」
「!」
「あんまり焦らすと、食べにいっちゃうよ?」
「〜〜〜!?」
「天使だって我慢は得意じゃないんだ」
それを忘れないで。
ぽん、と頭をひと撫でして、シメオンは『またね』と席を離れた。その背中は何かが吹っ切れたようにすがすがしくて。それが逆に、今さっき起こった全てのことが現実だと告げていた。
「な、な、なん……で……っ」
前言撤回。
恋にはやはり、激動の感情がつきものである。私は真の意味で、まさに今、恋する乙女になってしまった。
さっきの話が本当であるならば。シメオンが禁忌を犯してまで私に愛を伝えてくれたことになる。
それならば、私はその愛に真正面から応えなければ不誠実すぎる。
だから。
「キスくらいで慌てないように、しなきゃ」
あなたのこと、大好きで、愛してるよって、たくさん伝えて、それが日常であるのだと、シメオンを抱きしめたいと、そう、決意したのだった。
とはいえ、二人の関係に名前がついたからといって特別何か変わることがあったわけでもなく、留学生活は穏やかに続いていた。
そんな、ある日のことだった。
その日私は、学内のカフェでココアをお供に課題図書を読んでいた。課題図書といっても魔界の成り立ちをわかりやすく物語風に書き表した書籍だったので、課題そっちのけで物語に没頭していた。そんな折、カタリと自分のテーブルの向かいの椅子が動いたことによって、意識を『今ここ』に戻された。
声もかけずに相席とは、どんな悪魔だろう。ていうかこのカフェそんなに混んでたっけ?、と顔を上げるとそこにいたのはシメオンで、ふっと自分の表情が和らいだのがわかった。
「シメオン!」
「やあ。偶然君の姿を見かけたから、来ちゃった。迷惑だったかな?」
「全然そんなことないよ!時間あるなら、そこ、座って座って」
「よかった。じゃあ遠慮なく」
シメオンは腰をかけつつ、私の飲み物を見て、甘いものが好きなんだねと笑った。
「うん!寒い日に飲むココアはさいっこうだよ」
「ココアにはマシュマロは乗せる派?」
「乗せない派。実はマシュマロは苦手なの」
「へぇ、珍しい」
「そう?あ、でもチョコレートが入ってるのは好き!」
「ええ?チョコレートが入ってれば食べれるの?ふふっ、面白いね」
何気ない会話の中でもシメオンはよく笑う。その笑顔が見られるだけで幸せになれるんだから、私はもう随分とシメオンのことを好きになっているんだろう。そんなことを考えると、知らず頬が熱を持った。
好きとか付き合うとか、そんな言葉とは人間界にいたころは無縁だった。漫画や雑誌で見るそういった気持ちはもっと激しい感情が渦巻いていて自分とは関係のない世界だと思っていたのだ。
だけれど実際そういう状況に身を置いてみれば、穏やかで優しくて、こんな日常がずっとずっと続けばいいのにと思えるようなとても暖かい時間が流れていて。相手がシメオンだからこうなのかは、恋愛初心者の私にはよくわからなかったけれど、一緒に居られる時間は幸せだ、と思えるのは大切な気持ちだなと感じていた。
「シメオンはどうしてこんなところに?今から寮に帰るとこだったの?」
「いや、俺はちょっと作業をしようと思って場所を探していたところだよ」
「作業……」
「うん、作家業のね。七王を書き上げてから暫く時間も経ったことだし、新しい物語に取りかかってみませんか、って編集から催促がきて」
「へぇ……!それでネタ出し、みたいな?」
「そういうこと」
知り合いに作家などいた試しがなかったので、彼の頭の中がどんな様子なのか興味があった。ただ、作家本人は聞かれたくないことかもしれないよね、と突っ込むのを躊躇っていると、またクスクスと控え目な笑い声がしてハッとなる。
「君って本当にわかりやすいよね」
「へっ!?」
「そんなところも可愛いんだけど」
「な……!」
「ふふっ、新作がどんな話になるのか気になるんでしょう?」
「っ、なんで」
「当たりだ!まだ大枠を決めただけだから話せることは少ないんだけど、せっかくだから天使と人間の恋の話にしようかなって思ってるよ」
その『せっかくだから』という言葉に込められた意図は、きっと、君と俺と同じ状況だね、というところにあるのだと悟れば、今度こそ頬のみならず額までカァッと赤くなったのがわかった。なんとか、『そうなんだね、ロマンチックなお話になりそうだね』と言葉にすると、スッと細まった瞳がそんな私を捉えて、それから告げられたのは思いもよらず問いかけ、だった。
「君は、天使がしちゃいけないただ一つのことって、何か知ってる?」
「しちゃいけないこと……?天使だけがしちゃいけないの?」
「そう。わかるかな」
「うう〜ん……聞いたことないなぁ……」
なんだろう、と頭を捻るも、いい回答は浮かばない。そんなことはこれまで読んできた本に書かれてもいなかったし、今学んでいる三界の歴史のテキストにも出てきていなかった。
「わかんないから……シメオン!ヒント!」
「ヒントかぁ。そうだな……天使は神の周りにたくさんいるでしょ?」
「うんうん」
「神は天使を創ったって言われてる。そして人間を創ったとも。だから神は天使と人間、どちらもとっても愛しているんだ」
「なるほど」
「じゃあ天使は?天使はどうなんだろう」
そこまで言って、にこ、と微笑んだシメオンはそのまま口を噤んだ。どうやらヒントはここまでらしい。
神は天使と人間の創造主で、だからこそどちらも愛している。それならば天使は。自らを創った神を愛しているんではないだろうか。だとすると、神を蔑むこととかかな……?
でもシメオンが言いたいのはそういうことではない気がした。それはただのカンでしかなかったけれど、なぜだかそれだけは自信があった。
「天使たちは、神様にお仕えして仕事をするんだっけ」
「そうだね、身の回りの世話をしたり、簡単な仕事の肩代わりをしたり、かな」
「肩代わり……それなら天使たちも人間のこと、きっとよく知ってるんだね。あ、わかった!人間のことを知りすぎて愛おしくなってもちょっかいを出したりすることは禁止!どう?」
「おしい、かなぁ」
「違った?そっか……うーん、ごめん、お手上げ!正解を教えて?」
「正解はね、……人間を愛すること、だよ」
「、え」
一瞬、全ての音が私の世界から消えた。
シメオンの言ったことは理解できた。けれど、それを私に告げる意味がわからなかった。だってそうすると、天使であるシメオンは。
「シメオン、まさか今の話、」
「俺にとっては、俺が天使であることよりも、愛する君と過ごせることのほうが大切なんだ」
「うそ、でしょ、そんな、そんなのっ」
「……って言ったら、君はもっと俺に愛情をかけてくれる?」
「、へ……?」
そう言うとシメオンは徐に腰を上げ。
ずい、と私の方に顔を近づけ。
私の唇を攫っていった。
呆けた私の目はぱっちりと開いたままだったので、シメオンの綺麗な顔が近づいてきて、ゆっくりと離れていく様を一秒たりとも見逃さずに目に焼き付けたわけだけれど、そのせいで、遅れて脳に送られてきた信号は、いつも以上に私を動揺させたのは言うまでもない。
「……っ!?!?!?」
「あははっ!真っ赤だ!」
「い、いま、っ、えっ!?」
仰反るようにシメオンから距離を取ったけれど、それをものともしないシメオンの指が私に伸びてきて、唇をツゥ、となぞる。その感触に背中を何かが這い上がってきてふるりと震えたのは私の身体。
「俺は、君のこと、そういう意味で好きだから」
「!」
「あんまり焦らすと、食べにいっちゃうよ?」
「〜〜〜!?」
「天使だって我慢は得意じゃないんだ」
それを忘れないで。
ぽん、と頭をひと撫でして、シメオンは『またね』と席を離れた。その背中は何かが吹っ切れたようにすがすがしくて。それが逆に、今さっき起こった全てのことが現実だと告げていた。
「な、な、なん……で……っ」
前言撤回。
恋にはやはり、激動の感情がつきものである。私は真の意味で、まさに今、恋する乙女になってしまった。
さっきの話が本当であるならば。シメオンが禁忌を犯してまで私に愛を伝えてくれたことになる。
それならば、私はその愛に真正面から応えなければ不誠実すぎる。
だから。
「キスくらいで慌てないように、しなきゃ」
あなたのこと、大好きで、愛してるよって、たくさん伝えて、それが日常であるのだと、シメオンを抱きしめたいと、そう、決意したのだった。