■読み切りログ(ルシファー以外)

RADにもウィンターホリデー……所謂、年末年始休暇というものがあるらしい。というのも、この時期は殿下が忙しいからだ休みにせざるをえないそうだ。
と、まぁ、どんな理由であったところで学生にとって休みは休み。宿題はそこそこあるものの、基本的に自由が保障されるこの期間に遊ばない手はなかった。
魔界にはまだまだ行っていない場所がたくさんある。触れたことのない遊びも本当にたくさん。それからサタンと一緒に行ったことがない場所だって、やったことないことだって、たくさんだ。
サタンと付き合い始めてそこそこの時間を共に過ごしたけれど、基本的には図書館やカフェや猫集会への参加(これは参加したつもりになって見守っているだけだけど、サタンがこう言うので染み付いてしまった)をするだけなので、時間がある今だからこそやりたいことがたくさんあるのだ。
それなのに。
「えっ、風邪?」
「らしいんだよね。部屋から出てこないからわかんないんだけどさ、アンチルシファー同盟の活動するって言った途端これだからほんっと間が悪いよ」
「そう、なんだ……。……ねぇベルフェ、悪魔風邪ってどんな感じなの?結構ツライ?」
「ん〜……人間とそう変わらないんじゃない?喉が痛かったり咳とか熱が出たり……でも症状なんて悪魔ごとに違うからなんとも……」
ふむ、それもそうかと自分が風邪を引いたときのことを思い返して納得する。でもそうすると看病が必要なんじゃないのかな。
「ねぇ、ところでさ、あんたホリデー中は暇なの?」
「暇、だったんだけど、その、ごめんベルフェ、今日はちょっと」
「……そっか。みんなにも言っとく。大事な大事な用事のため、このホリデー中はあんたにちょっかいをかけないように、ってね」
「ありがとう……!」
「サタンが良くなったら僕との時間も作ってよね」
ほら、行きなよ。
そう言って背中を押してくれるベルフェは、本当にできた末っ子だと思った。その心遣いに感謝しつつ、サタンの部屋へと歩を進める。熱があったら冷やさなきゃと思って、途中キッチンとバスルームに寄り、氷水とタオル、それからお水とりんごなど、病人に必要そうなものを調達した。やりすぎならそれでいい。不足するよりは全然マシだ。
「う……でも流石に重いっ……!」
欲を出して持てるだけ持ってきてしまったためにこのザマ。でもあと少しでサタンの部屋だ。頑張らなくっちゃ。きっとサタンの方が辛いはずなんだから。そうやって自分を鼓舞しながらやっとたどり着いた目的地。しかしノックをしようにも手が塞がっている。どうしようと迷っていると、スッと一人でにドアが開いて驚いた。入っていいよということなのかな。
「サタン……?」
扉の隙間から覗いたが、相変わらず暗い部屋の中はうまく把握することができない。もしかしたら寝ているかもしれない、と控えめに声をかけても中から返事はなかった。倒れて返事もできないのかもしれない。ここまで来て引き返すわけにもいかないしと、部屋の主の返事を待たずに足を踏み入れる。シン、と静まり返ったサタンの部屋。ここはいつ来ても音がなくなったような静けさに包まれている。書物が音まで吸い取ってしまっているのだろうか。
それでもこの空間を怖いと思わないのは、サタンがいると分かっているから……なのだけれど、その張本人が寝込んでしまっている現在は、別の意味で怖い。
持ってきたものを机の上に置かせてもらい、身軽になったところでベッドに近づく。
「サタンが悪魔風邪をひいたって聞いて、様子を見に来たの。調子はどう……?」
「……」
返事はなかった。ただ、呼吸は安定しているように見える。顔色については薄暗いのでよくわからなかったけれど、表情に苦しさは表れておらず、少しだけ安心する。
「どうしよう……起こすのもなんだし……とりあえず熱だけでも」
そう呟きながら額に手を伸ばした刹那。腕を取られ、驚く暇もなくサタンの上に引っ張り上げられる。
「っ!?」
「遅かったね。待ちくたびれて眠ってしまうところだった」
「っな……!?」
そのセリフを聞いて騙されていたことに気づいた私は咄嗟に「うそついたの?!」と声を上げた。
「ほんっとに心配したんだよ!?」
「それについては謝る。申し訳なかった」
いつになく素直に謝罪の言葉をかけられて、こちらの覇気は急速に熱を失う。「むぅ……」と口を噤むと、ハハッと楽しげな笑い声。納得がいかないと頬を膨らませながら理由を問う。
「なんでベルフェまで巻き込んでこんな嘘ついたの?」
「こうでもしないと君は俺と二人きりで年を越してなんてくれないだろ?」
「え?」
「どうも気がついていないようだけど、君は俺と過ごす時間よりも兄弟みんなにかける時間の方が圧倒的に多い。多すぎるくらいだ」
予想外の言葉だった。そのせいで反応が遅れただけでなく、はひ?と間抜けな声が出てしまった。
サタンの胸から顔を上げて、サタンを見下ろすと、ちょっとだけ頬を染めたサタンが私を殊更優しい表情で見つめていて、知らず顔が熱くなった。
「だから君を独り占めするために嘘をついた」
「そ、そ、んな、」
「自覚がないのは仕方がない。でも俺は憤怒の悪魔だから嫉妬を拗らせたら君に何をするかわからないだろ?そうなる前に先手を打った」
「サタンは、私に怒ったりしない、し」
「それは君がいい子にしていてくれるからだ。俺を怒らせると怖いぞ」
ニヤリと笑うサタンは贔屓目なしにかっこいい。高鳴る胸を隠すため、もう!と抗議してサタンの上から退こうとしたのだけれど、それは叶わず。腰をガッチリと拘束されていたことに気づいたのは本当に今更のことだった。
「え、……あ、あの、サタン、重いでしょ?私そろそろ、」
「それに、この嘘にはもう一ついいことがあるんだ」
「……?まだ何かあるの?」
「例えば俺の悪魔風邪の症状が重かったとして」
「うん」
「夜通し看病となれば、君は自室に帰らなくても怪しまれない」
「わっ!?」
その台詞とともに私ごとクルンと反転したサタン。気づいたときには私はベッドに押し倒されて、目の前にはサタンの人の良い笑顔と、その向こうに天井が見えた。この表情を浮かべるときのサタンは正直、厄介だ。
「サタン、えっと、まだ、お昼だしっ」
「魔界がいつでも暗くて助かった。人間界じゃあ愛を語らうのは夜、陽が落ちてからというのが通例らしいからな」
「っちょ、ま、ンッ!?」
「んっ……」
チュッと触れるだけのキスを一つ。それから囁くように、もっと触れてもいい?なんて聞いてくるものだから、そんな悪魔の誘いを断れるわけもなく。それでも返事をするのは恥ずかしくて、私からもそっと口づけを返した。
しかしそれはサタンにとっては予想外のことだったのか、彼はポカンとした後、徐々に頬を染めげて口を覆って目を逸らす。可愛いなと、素直に思えば私の口からはクスクスと笑いが漏れて、ちょっとムスとした表情を作るサタン。
「っ……君は、……想定しないところで大胆だな」
「言葉にしなくても伝わるものもあるって、本で読んだの。……伝わった、かな?」
「ああ、十分。だから今日は朝になってもここから逃さないからな、ッン……ンン、ふ、」
「!ん、ぅ、」
深く深くキスを交わして。
そのあと、静寂を満たすのは二人の吐息とそれから衣擦れの音だけ。
誰にどうからかわれようとも、ホリデーという自由時間は、全部サタンに捧げようと心で誓った私だった。
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