■2022/4までの読み切りログ(ルシファー)
「お前はどこに泊まりたいんだ?」
そう言うと返ってきたのは、「せっかくのお呼ばれだから魔王城に行こうかな」という言葉で、全ての感情を抑えてやっとのことで「おまえならそう言うと思った。ゆっくりしてこい」と言葉を発した以外のことはなに一つ覚えていなかった。
どうやって自分の部屋に戻ってきたのかもわからないのにベッドに横たわる俺。ベッドサイドにはいつの間に手にしていたのか、とっておきのためにと取っておいたはずのデモナスが瓶のまま置かれており、どうやら俺はそれを一人であおっていたようだと悟る。無言のままにそれを持ち上げて傾けると、中身は相当減っていた。
ぼーっとする頭でも、考えるのは彼女のことばかりだ。
「……今頃なにをしているだろうな」
せっかく魔界に来ているのに、どうしておまえに触れられない。どうしておまえはここにいない。一言くらいメッセージを寄越してくれてもいいんじゃないか?ずっと会いたかった、名前を見るだけでも苦しいくらいに会いたかったんだぞ。……と、思ったところで、伝わらないのが気持ちというものなのだから仕方がないのだが。
「……おれだって、おまえをひとりじめしたかったよ……」
素直に言えたらどれだけよかったか。
けれどこの鉄の仮面は人前では決して脱いではいけないものだから。長男として、傲慢のルシファーとして、「俺だって」なんて言葉は心の内にしまって置かなければならないのだ。
「は……とんだ腑抜けだな」
かきあげた髪をそのままくしゃりと掴んで、一呼吸。どうせ彼女はいないんだ。さっさと眠ってしまおう、と外し掛けだったネクタイを無造作に放り投げ、シャツのボタンを寛げながら天井を見上げた。二人で眠ることに慣れすぎたこのベッドでは、ここ最近眠っていなかった。あまりにも広すぎるので落ち着かなくなっていたから。
「おやすみ。夢の中で会おう」
記憶の中の彼女にお決まりの挨拶を告げ、目を閉じて。そして暫く。
「……?」
意識を放り投げる予定がお門違い。酔った頭でもハッキリとわかる。どこからか魔力が近づいてくる気配がして、次の瞬間にはその気配はすぐそこにあった。丁度瞼を上げたとき、ピカ、と天井が光って、そこから落ちてきたものは待ち焦がれていた体温だった。
「わぁっ!?」
「っ!?」
見間違いかとも思ったが、身体の上にあるこの重み、かすかに伝わる微量の魔力の波動、その指に嵌った光の指輪。そして、すぐに「ルシファー!?」と俺の名を呼ぶその声。
俺の腹に手をついてバッと起き上がって、自分からやってきたくせにどうして来客の方がそんなにも驚いた表情をしているのだと、込み上げたのは笑いだった。
「ふ、ふふっ……!ハハハ!」
「えっ!?えっなんで笑っ!?てか大丈夫!?ごめんね重かったよね痛かったよね!?こ、こんなはずじゃなかったのに〜っ!!」
「いやっ……いいんだ、予想外だったが、そんなのは些細なことだ」
「え、っ、んきゅ!」
「っはぁ……会いたかった……おまえを、ずっとこうしたかった」
「ルシファ、」
キスをすることすら忘れて彼女を引き寄せ、ギュゥっと、自分よりも一回りも二回りも小さな身体を抱きしめる。腕の中に閉じ込めたので息ができなかったのか、すぐにとんとん身体を叩く感触がして隙間を開けてやる。半身起き上がると、彼女の額に俺の額を突き合わせて視線を交わした。
「本物、だな?」
「うん、本物。ごめんね、さすがに殿下の申し入れを断ったりできなくて……」
「いや、いいんだ。おまえならそうするだろうと思っていた」
「でもやっぱり寂しくて、抜け出してきちゃった」
「転移か?便利な呪文を覚えたものだな」
「ルシファーを喚び出すより簡単だよってソロモン師匠が教えてくれたからがんばったの!あっ、もちろん召喚の呪文もちゃんと練習してるよ?」
「そうか……会いたかったのは俺だけではなかったな」
「そんなの当たり前だよ。私は、みんなに……ルシファーに会いたいからこんなに頑張れるんだよ」
はにかみながらも素直に告げられた言葉にどれほど喜びを感じたかわからない。言葉を返すよりも先に身体が動く。ちゅ、と触れるだけのキスを一度。まだ触れているか離れたかの微妙な位置で留まり、互いに瞳で熱を訴える。迷うことなくもう一度唇を押し付ければ薄く開いたそこに舌を差し入れてくちゅりと唾液を絡め取った。「ン…」と小さく吐息が漏れる。
「ハッ……ん、ふ、」
「ん、んぅ、ぁ、」
腰を引き寄せてやんわり髪を撫でてやれば、向こうからも俺の胸のあたりにきゅっと掴まってくる感覚がして気分がいい。暫く思うがままに味わっていると、ふるふる震え始めた彼女に、息が続かないのだろうと悟って名残惜しくも唇を離した。わざとちゅうっと音を立ててやりながら頬を撫でつつ潤うそこから唾液を拭うと、無意識にか掌にすり寄ってきた彼女にドクリと心臓が跳ねる。ゆっくりと開いた瞳に浮かぶ熱に揺さぶられた心。
「……ほんとは……ルシファーの顔を見たら帰ろうと思ってたんだけど、」
「つれないな……俺がどれだけ愛を伝えたらここに残ってもらえるんだ?」
「最後まで聞いてよ……。……?ルシファー、もしかして酔ってる?」
「なぜそう思う」
「だって……いつもより素直だから」
「……俺がこんなに飲んでいる理由がわかるか?」
「自意識過剰かもしれないから、言いたくない」
ぽっと、さらに頬を染め上げて俺の首に縋り付いてくる小さな身体を抱きしめて、耳に囁くのは、普段あまり口にしない本心。
「好きだよ」
「っ、」
「愛してる。毎日毎日、おまえのことを思い出しては、迎えに行こうと思う気持ちを抑えるのが大変だった」
「ンッ、」
そのままそこに口付けて、続けて頬に、額に瞼に何度も何度も愛してると告げる。その度に漏れてくる吐息に、気が狂れそうなくらいに昂る己の身体。
「なぁ、行かないでくれ……お願いだよ」
「っ、る、るしふぁ……」
「誰の元にも行かず、俺の手の届く場所にいてくれ、」
「っ……ァ、!」
首筋に吸い付くと、情事を思い出させるような甘い嬌声が一つ。このまま止めることなど、できるはずがない。くるりと身体を反転させて、ベッドに彼女を押し付け、キスをもう一度贈る。
「なぁ、いいだろう?」
「っ、でも……朝までに戻らなきゃ、」
「悪魔に攫われたことにしておけ」
「ッ……ふふっ……」
「?なんだ?」
「だって……魔界にいるんだから、みんな悪魔じゃないって思って」
「なるほど?」
「なるほど、じゃないよ、もう。酔ってるルシファーってほんと、なんていうか、可愛い」
「む……」
こんな状況で恥じるでなく、クスクスと笑われたものだから、無意識に眉を顰めたら、ふっと息を吐いた彼女が俺を引き寄せて、こう囁いた。
「本当は、迎えに来て欲しかったよ」
「!」
「でも、殿下の手前、ルシファーは絶対しないだろうなって思ったから、来たの。だからそう言ってもらえて嬉しい」
「な、」
「大人でかっこいいルシファーも、私にだけは甘えてくれたら嬉しいな」
そう言ってから少し距離をとり、ほら、と腕を広げられたら、俺が取らなければならない選択肢は一つしか残されていない。
「そういうことなら、悪くない。朝が来ても目一杯甘やかしてもらおうか」
ベッドが軋む音をBGMに、久しぶりに愛を語らった午後11時。
魔界の夜はまだまだ始まったばかりだ。
次の日の朝が来ても彼女を腕の中からは逃してやらなかったが、ディアボロからの連絡はなかった。後日聞いた話によれば、バルバトスに「野暮なことをしてはなりません」と止められたんだとか。全く。出来る執事とは本当に侮れないなと、二人笑い合ったのは言うまでもない。
おまえの居場所はここにある。
俺の腕の中に。
そう言うと返ってきたのは、「せっかくのお呼ばれだから魔王城に行こうかな」という言葉で、全ての感情を抑えてやっとのことで「おまえならそう言うと思った。ゆっくりしてこい」と言葉を発した以外のことはなに一つ覚えていなかった。
どうやって自分の部屋に戻ってきたのかもわからないのにベッドに横たわる俺。ベッドサイドにはいつの間に手にしていたのか、とっておきのためにと取っておいたはずのデモナスが瓶のまま置かれており、どうやら俺はそれを一人であおっていたようだと悟る。無言のままにそれを持ち上げて傾けると、中身は相当減っていた。
ぼーっとする頭でも、考えるのは彼女のことばかりだ。
「……今頃なにをしているだろうな」
せっかく魔界に来ているのに、どうしておまえに触れられない。どうしておまえはここにいない。一言くらいメッセージを寄越してくれてもいいんじゃないか?ずっと会いたかった、名前を見るだけでも苦しいくらいに会いたかったんだぞ。……と、思ったところで、伝わらないのが気持ちというものなのだから仕方がないのだが。
「……おれだって、おまえをひとりじめしたかったよ……」
素直に言えたらどれだけよかったか。
けれどこの鉄の仮面は人前では決して脱いではいけないものだから。長男として、傲慢のルシファーとして、「俺だって」なんて言葉は心の内にしまって置かなければならないのだ。
「は……とんだ腑抜けだな」
かきあげた髪をそのままくしゃりと掴んで、一呼吸。どうせ彼女はいないんだ。さっさと眠ってしまおう、と外し掛けだったネクタイを無造作に放り投げ、シャツのボタンを寛げながら天井を見上げた。二人で眠ることに慣れすぎたこのベッドでは、ここ最近眠っていなかった。あまりにも広すぎるので落ち着かなくなっていたから。
「おやすみ。夢の中で会おう」
記憶の中の彼女にお決まりの挨拶を告げ、目を閉じて。そして暫く。
「……?」
意識を放り投げる予定がお門違い。酔った頭でもハッキリとわかる。どこからか魔力が近づいてくる気配がして、次の瞬間にはその気配はすぐそこにあった。丁度瞼を上げたとき、ピカ、と天井が光って、そこから落ちてきたものは待ち焦がれていた体温だった。
「わぁっ!?」
「っ!?」
見間違いかとも思ったが、身体の上にあるこの重み、かすかに伝わる微量の魔力の波動、その指に嵌った光の指輪。そして、すぐに「ルシファー!?」と俺の名を呼ぶその声。
俺の腹に手をついてバッと起き上がって、自分からやってきたくせにどうして来客の方がそんなにも驚いた表情をしているのだと、込み上げたのは笑いだった。
「ふ、ふふっ……!ハハハ!」
「えっ!?えっなんで笑っ!?てか大丈夫!?ごめんね重かったよね痛かったよね!?こ、こんなはずじゃなかったのに〜っ!!」
「いやっ……いいんだ、予想外だったが、そんなのは些細なことだ」
「え、っ、んきゅ!」
「っはぁ……会いたかった……おまえを、ずっとこうしたかった」
「ルシファ、」
キスをすることすら忘れて彼女を引き寄せ、ギュゥっと、自分よりも一回りも二回りも小さな身体を抱きしめる。腕の中に閉じ込めたので息ができなかったのか、すぐにとんとん身体を叩く感触がして隙間を開けてやる。半身起き上がると、彼女の額に俺の額を突き合わせて視線を交わした。
「本物、だな?」
「うん、本物。ごめんね、さすがに殿下の申し入れを断ったりできなくて……」
「いや、いいんだ。おまえならそうするだろうと思っていた」
「でもやっぱり寂しくて、抜け出してきちゃった」
「転移か?便利な呪文を覚えたものだな」
「ルシファーを喚び出すより簡単だよってソロモン師匠が教えてくれたからがんばったの!あっ、もちろん召喚の呪文もちゃんと練習してるよ?」
「そうか……会いたかったのは俺だけではなかったな」
「そんなの当たり前だよ。私は、みんなに……ルシファーに会いたいからこんなに頑張れるんだよ」
はにかみながらも素直に告げられた言葉にどれほど喜びを感じたかわからない。言葉を返すよりも先に身体が動く。ちゅ、と触れるだけのキスを一度。まだ触れているか離れたかの微妙な位置で留まり、互いに瞳で熱を訴える。迷うことなくもう一度唇を押し付ければ薄く開いたそこに舌を差し入れてくちゅりと唾液を絡め取った。「ン…」と小さく吐息が漏れる。
「ハッ……ん、ふ、」
「ん、んぅ、ぁ、」
腰を引き寄せてやんわり髪を撫でてやれば、向こうからも俺の胸のあたりにきゅっと掴まってくる感覚がして気分がいい。暫く思うがままに味わっていると、ふるふる震え始めた彼女に、息が続かないのだろうと悟って名残惜しくも唇を離した。わざとちゅうっと音を立ててやりながら頬を撫でつつ潤うそこから唾液を拭うと、無意識にか掌にすり寄ってきた彼女にドクリと心臓が跳ねる。ゆっくりと開いた瞳に浮かぶ熱に揺さぶられた心。
「……ほんとは……ルシファーの顔を見たら帰ろうと思ってたんだけど、」
「つれないな……俺がどれだけ愛を伝えたらここに残ってもらえるんだ?」
「最後まで聞いてよ……。……?ルシファー、もしかして酔ってる?」
「なぜそう思う」
「だって……いつもより素直だから」
「……俺がこんなに飲んでいる理由がわかるか?」
「自意識過剰かもしれないから、言いたくない」
ぽっと、さらに頬を染め上げて俺の首に縋り付いてくる小さな身体を抱きしめて、耳に囁くのは、普段あまり口にしない本心。
「好きだよ」
「っ、」
「愛してる。毎日毎日、おまえのことを思い出しては、迎えに行こうと思う気持ちを抑えるのが大変だった」
「ンッ、」
そのままそこに口付けて、続けて頬に、額に瞼に何度も何度も愛してると告げる。その度に漏れてくる吐息に、気が狂れそうなくらいに昂る己の身体。
「なぁ、行かないでくれ……お願いだよ」
「っ、る、るしふぁ……」
「誰の元にも行かず、俺の手の届く場所にいてくれ、」
「っ……ァ、!」
首筋に吸い付くと、情事を思い出させるような甘い嬌声が一つ。このまま止めることなど、できるはずがない。くるりと身体を反転させて、ベッドに彼女を押し付け、キスをもう一度贈る。
「なぁ、いいだろう?」
「っ、でも……朝までに戻らなきゃ、」
「悪魔に攫われたことにしておけ」
「ッ……ふふっ……」
「?なんだ?」
「だって……魔界にいるんだから、みんな悪魔じゃないって思って」
「なるほど?」
「なるほど、じゃないよ、もう。酔ってるルシファーってほんと、なんていうか、可愛い」
「む……」
こんな状況で恥じるでなく、クスクスと笑われたものだから、無意識に眉を顰めたら、ふっと息を吐いた彼女が俺を引き寄せて、こう囁いた。
「本当は、迎えに来て欲しかったよ」
「!」
「でも、殿下の手前、ルシファーは絶対しないだろうなって思ったから、来たの。だからそう言ってもらえて嬉しい」
「な、」
「大人でかっこいいルシファーも、私にだけは甘えてくれたら嬉しいな」
そう言ってから少し距離をとり、ほら、と腕を広げられたら、俺が取らなければならない選択肢は一つしか残されていない。
「そういうことなら、悪くない。朝が来ても目一杯甘やかしてもらおうか」
ベッドが軋む音をBGMに、久しぶりに愛を語らった午後11時。
魔界の夜はまだまだ始まったばかりだ。
次の日の朝が来ても彼女を腕の中からは逃してやらなかったが、ディアボロからの連絡はなかった。後日聞いた話によれば、バルバトスに「野暮なことをしてはなりません」と止められたんだとか。全く。出来る執事とは本当に侮れないなと、二人笑い合ったのは言うまでもない。
おまえの居場所はここにある。
俺の腕の中に。