◆聖夜の星に願い事

イブの嘆きの館は大騒ぎだった。枕元に置くはずだったプレゼントが夜通し行われたパーティの余興になってしまうくらいには。
兄弟たちだけではなく、メゾン煉獄や催しが終わった魔王城からも皆が集まって来ててんやわんやの大騒ぎ。
結局パーティーがおさまったのは夜の0時もとっくに過ぎ、イブが終わって魔界の誰もが寝静まったころだった。
皆大広間で雑魚寝していたのだけれど少し早くにダウンしていた私はこんな時刻に目が覚めてしまう。しん、とした広間で暗がりの中目を擦りながら周りを見回せば、パーティーの名残をそのまま残した部屋に苦笑が漏れた。
(分かってたことだけど、私、やっぱり寝ちゃったなぁ。ルシファーが起きる前にサンタになって驚かせる予定だったのに……あれ?)
少しでも片付けをしておかないと明日の朝が大変だと思って、そーっとそーっと片付けを始めるも、ふと、寝転がっている皆の中にルシファーの姿が見当たらないことに気づく。
(そもそもルシファーのほうが早く寝るなんてありえないとは思ったけど、この中にすら居ないなんて……)
まぁでも彼が床で雑魚寝をするとは考えにくい。一人だけどこかに消えたとすると……。
「自分の部屋か、書斎か、ミュージックルームか……」
思い当たる部屋は数えるほどしかない。回る前にとりあえずサンタ服に着替えてこよう、と自室へ向かい衣装を変えた。
「よし、バッチリ」
姿見の前でくるりと無意味に回る。レヴィに無理を言ってAkuzon特急便で取り寄せてもらったサンタ服は、案外しっかりとした作りで、フェイクだろうけどベロアに似た生地がお気に入りだ。昨日の遅くに届いたばかりなので、今初めて袖を通したが、サイズはピッタリ。どうしても赤いサンタ服が良かったので嬉しい。迷いに迷ったプレゼントには、絶望の心持ちで検索していたD.D.D.で、魔界で有名らしい楽団の年末年始クラシックコンサートのチケットを見つけたので二枚買っておいた。レコードが好きなルシファーなら多分喜んでくれるかな、との思惑だが果たして。
「でも、思い出になるプレゼントならなにも形は残らないし……きっと大丈夫」
弱気とサヨナラするために頬を両手でパンッと叩き、いざ向かうは自室から。通い慣れたルシファーの部屋への道のりも、少し装いが異なるだけでどうにもむずむずしてくるのだから、人の心とは面白いものだ。
どうしよう、やっぱりやめようかな、なんて今更な気持も浮かんだりもするのだけど、ルシファーの嬉しそうな顔を思い出すと、もしかしてもしかしたら自分がそんな表情をさせることができるかもしれないからと勇気もわいてくる。ぐるぐるといろんな感情を持て余していれば、嘆きの館がいくら広いといっても、部屋と部屋の距離などたかが知れていて、すぐに目的地についてしまった。
深呼吸を一つ。それからトントンとノックをする。
居てほしい、居ないでくれてもいいかも、相反する二つの気持ちが押し合いへし合い大変だ。
「開いてる」
その返事がするまではものの五秒もなかったはずなのに、とてつもなく長い時間に感じた。初っ端から大当たりで心の準備をする暇もない。吃ったことで余計に体温が上がった。
「あっ、ああああの!入ってもいい、かな!?」
「ああ、もちろんだ」
カチャリ、ノブを回してまずは顔だけ覗かせる。ルシファーはソファーに座って一人デモナスを嗜んでいた。あれだけ飲んだのにまだ飲み足りないのかと思うも、その場でモジモジする私に対して視線を寄越して妖艶に笑うルシファーはやはり酔っているのかもしれない。
「どうした、入らないのか?」
「えっ……あ、その……」
「ほら、入ってこい」
「、わっ!?」
つ、と立てた人差し指をルシファーが横に動かすと、触れてもいないのに扉が開く。思いもよらなかったその動きに対応できず、そのまま部屋の中に倒れ込んだ私の姿を見て、ルシファーは目を見張った。恥ずかしさを紛らわすように、えへへと笑いながらもすぐさま立ち上がった私は、ルシファーの瞳にどう映っているのだろうか。
「……ルシファーが、俺だけのサンタがって言ってたから、その、特別だよ…?」
似合ってるかな、と裾を引っ張ってみると、徐に口を手で覆ったルシファーはポツリと呟いた。
「……そうか……俺のために、ありがとう」
「っ!」
「似合ってるよ、とても。直視できないくらいには」
「ほ、ほんと!?良かった、リボンで諦めずにサンタを取り寄せてっ……!」
「リボン?」
「あっ、」
自分から墓穴を掘って赤面する私をルシファーが見逃すわけもなかった。じっと私を見つめる二つの紅の瞳は、黙らせはしないぞと訴える。
実はあのリボンドレスはこのサンタ服の下に着ていた。アスモがせっかくくれたから、という理由もあったけど、それ以上に、ルシファーがどんな反応をするか知りたかったのも大きい。一応、一応なりとも着てさえいれば何かに使えるかもしれないと思ったのだけど、正直自分から見せる選択肢はなかったはず、なのに。
「まだ何か隠しているなら、見せてもらおう」
余裕の笑みを浮かべて深くソファーに腰掛けたルシファーは、「ほら、」と指先をちょいと動かした。その仕草に呪文を掛けられたのか。抗うことのできない指示。私はそれに従って、サンタ衣装のボタンをプチプチと外した。さすがに脱ぐのは憚られたので前を少しだけ開いてみせる。
「ぷ、プレゼント……いりますか……?」
「……!」
「ラッピングも自分でした、お金では買えない一品、なんです、け、わっ!?」
言葉の途中、突然立ち上がったルシファーは私との距離を詰めたと思えば、突然ガッと私を担ぎ上げ、そのままベッドまで一直線。そしてその上に私をトスッつと下ろした。
「えっ、……えっ?」
それから自身は殊更ゆっくりと私を跨いでベッドに乗り上げると、いつも着ている品の良いベストを脱ぎ、ネクタイを外しながら言う。
「そのリボンはもちろん、プレゼントを贈られた俺が外していいんだろうな?」
「っ…!?」
少し頬を染めつつも楽しそうにクツクツ笑ったルシファーに返せる言葉なんて、一つしかなかった。
「ルシファーへのプレゼントだから、リボン解いてくれないと困っちゃう、よ」
「それはよかった。願い事が叶うなんて思いもよらなかったな」
「る、ルシファーの願い事は、私が、叶える!だから、私の願い事は、ルシファーが叶えて…?」
「お喋りなプレゼントだ。だがそうだな、せっかくやってきたサンタクロースの願い事は俺が聞こうじゃないか。言ってみろ」
「……優しく、して、」
「ふっ……もちろんだ。これ以上なく丁寧に扱おう」

そういうわけで、結局こんな深夜から朝になってもずっと可愛がられたクリスマス。
でも、ルシファーが喜んでくれるプレゼントになれたのなら、本望ってね!
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