◆聖夜の星に願い事
明日に迫ったクリスマス。
さすがに少しは料理の下準備もしなければならないだろうとルシファーに声をかけられた。他の兄弟はと問うと、レヴィとアスモは用事があると断られ、サタンとベルフェでは何をされるかわからないし、マモンとベールは論外だそうで。
「おまえしかいなかった」
「それは……そうだね。うん、私あんまり料理は得意じゃないんだけど、ルシファーが指示してくれるんなら大丈夫だと思う!がんばるね!」
「期待している。それじゃあまた後でキッチンに来てくれ」
「はーいっ」
腕まくりで応えれば、嬉しそうに目を細めたルシファーは、私の髪を一撫でして自室へと足を向けた。どんな用事であれ、ルシファーとやることなら気合いを入れねば!少しでも力になれるようにがんばるぞっと、私も自室に戻りエプロンを身につけて、D.D.D.で魔界にクリスマスっぽい料理がないか調べ始めたのだった。
それから少しして、二人きりのクッキングタイムが始まる。ルシファーの手際が良すぎて、これ一人でもよかったのでは?と思いつつも当たり障りのない部分のお手伝いをしていれば自然と会話が弾んだ。
「なんだかんだでもう明日だね、クリスマス」
「まさか悪魔の俺がクリスマスを祝うことになるなんてな」
「元天使ってことで、祝ってもいいんじゃない?」
「それは勘弁だ。もう天界に戻る予定はないからな」
「そうなんだ。ミカエルさん側はすぐにでも帰ってきてほしそうだけどね」
「ミカエルの話はするな。頭が痛くなる」
「ふふっ!話を聞く限りでは仲良しそうなのに」
「一方的なんだ、あいつは」
こうして二人きりで生活に密着した作業をしていると、図らずとも夫婦感があって恥ずかしさから舌が止まらない。会話が弾むどころか無駄なおしゃべりばかりしていて怒られないかな、と思ってハラハラしていたけれど、きちんと耳を澄ませてみればルシファーの声も楽し気だから結果オーライなのかもしれない。
「魔界にはクリスマスはなかったんでしょ?この時期はいつも年末年始を越えるだけだったってこと?」
「そうだな。それに俺たちはそもそも何百年と年を越してきているからな。おまえが言う『年末年始』を大切に過ごした思い出も、ここ最近はないな」
「あ……そ、そっか、そうだよね……」
「なぜ言い淀む?たしかにもう何もかもがどうでもよくなってくる奴らもいると言えばいるが、俺はディアボロと共に様々な改革をしてきているからな。特にここ数十年は忙しくさせてもらっているよ。だからこそ年末年始がどうでもよいんだろう」
「なるほど……そういう考えもあるのか……うん、それはとっても素敵な変化だね!」
「……まぁ、そうかもな」
ふっと笑ったルシファーの目には思い出でも映っていたのか嬉しそうだ。長い時を生きる中で、彼らがどんなことを思いながら生を全うしているのかは、私みたいに日々を駆け抜けなければならない矮小な人間にはわからない。けれど、その表情を見られるだけで、なぜか救われる気がした。
「変化といえば」
「うん?」
ジリリリリと焼き窯に取り付けたタイマーが音を立てたので、ミトンを手にはめながら、耳だけをルシファーのほうに傾ける。窯を開けばジンジャークッキーのいい香りがキッチンに漂った。んん。私にしては上出来だ。
「俺にとっては初めてのクリスマスなんだが」
「そうだねぇ」
「人間界ではこう伝えられているんだろう?『いい子にしていないとサンタクロースが来ないよ』と」
「うんうん、小さい子にはこの時期よく使う謳い文句だよ」
「今年、俺はいろいろと奔走して頑張ったんだが、俺のところにサンタは来てくれると思うか?」
「へ、」
危うく持っていた天板を落としそうになったが、なんとか持ちこたえて机の上に置くと、そこに覆いかぶさるようにルシファーが机に手をついた。
「夜通しずっと待っていようと思うんだ。だがそもそも俺は悪魔なのだから、連れ去りに行った方が無難かな?」
「っ!」
囲われてしまって、あっ、わっ、キスされる、と慌てて目を瞑れば、背後からクスクスと笑い声が聞こえた。咄嗟に、揶揄われた!と振り向きつつ目を開けたら、当たり前だけれどそこにはルシファーの顔があり、頬にチュッとリップノイズが一つ。
「っぅ〜ッッ……!?も、っ、ルシファー!怒るよ!?」
「ハハッ!今煽っておかないと、当日、期待できないからな、楽しみにしてるよ。さて、少し休むか。おまえはコーヒーか紅茶かどちらがいい?特別に俺が淹れてやる」
「えっ、じゃあヘルコーヒー!」
「大丈夫か?俺の愛情の深さを舐めてるんじゃないだろうな」
「うっ……ぇっとじゃあ……オルコティーで……」
「そうしておけ」
ククッと喉で笑ったルシファーは上機嫌でお湯を沸かしにコンロに向かう。はぁ、心臓がいくつあっても足りないよ、となおざりに髪を弄っていると、キッチンの戸が薄く開き、その隙間からちょいちょいとアスモに呼ばれた。出ていけば、彼の手元にあった箱に嫌な予感。
「ギリッギリになったけど、例のアレ、届いたからっ♡頑張って♡」
「っ〜マジですか……」
「あっ!報告はよろしくね!」
じゃぁまたね〜♡と、ハートをたくさん飛ばしながらアスモは踵を返していった。けど困るのは私だ。こんなものを持ったままではキッチンに戻れない。恐らくルシファーと二人でいたのに気付いて気を遣ってくれたのだろうけど、それは今のタイミングじゃない方が良かった……!割と目立つその箱を持ちながら立ち往生した私に、どうしたんだ?、と声が飛んできたことでハッと我に返り、自室にそれを投げ込んでキッチンに戻たのだが、頭の中は例のうっふんな写真でいっぱい。
ああこれではもう引き返すこともできないかもしれない。
さすがに少しは料理の下準備もしなければならないだろうとルシファーに声をかけられた。他の兄弟はと問うと、レヴィとアスモは用事があると断られ、サタンとベルフェでは何をされるかわからないし、マモンとベールは論外だそうで。
「おまえしかいなかった」
「それは……そうだね。うん、私あんまり料理は得意じゃないんだけど、ルシファーが指示してくれるんなら大丈夫だと思う!がんばるね!」
「期待している。それじゃあまた後でキッチンに来てくれ」
「はーいっ」
腕まくりで応えれば、嬉しそうに目を細めたルシファーは、私の髪を一撫でして自室へと足を向けた。どんな用事であれ、ルシファーとやることなら気合いを入れねば!少しでも力になれるようにがんばるぞっと、私も自室に戻りエプロンを身につけて、D.D.D.で魔界にクリスマスっぽい料理がないか調べ始めたのだった。
それから少しして、二人きりのクッキングタイムが始まる。ルシファーの手際が良すぎて、これ一人でもよかったのでは?と思いつつも当たり障りのない部分のお手伝いをしていれば自然と会話が弾んだ。
「なんだかんだでもう明日だね、クリスマス」
「まさか悪魔の俺がクリスマスを祝うことになるなんてな」
「元天使ってことで、祝ってもいいんじゃない?」
「それは勘弁だ。もう天界に戻る予定はないからな」
「そうなんだ。ミカエルさん側はすぐにでも帰ってきてほしそうだけどね」
「ミカエルの話はするな。頭が痛くなる」
「ふふっ!話を聞く限りでは仲良しそうなのに」
「一方的なんだ、あいつは」
こうして二人きりで生活に密着した作業をしていると、図らずとも夫婦感があって恥ずかしさから舌が止まらない。会話が弾むどころか無駄なおしゃべりばかりしていて怒られないかな、と思ってハラハラしていたけれど、きちんと耳を澄ませてみればルシファーの声も楽し気だから結果オーライなのかもしれない。
「魔界にはクリスマスはなかったんでしょ?この時期はいつも年末年始を越えるだけだったってこと?」
「そうだな。それに俺たちはそもそも何百年と年を越してきているからな。おまえが言う『年末年始』を大切に過ごした思い出も、ここ最近はないな」
「あ……そ、そっか、そうだよね……」
「なぜ言い淀む?たしかにもう何もかもがどうでもよくなってくる奴らもいると言えばいるが、俺はディアボロと共に様々な改革をしてきているからな。特にここ数十年は忙しくさせてもらっているよ。だからこそ年末年始がどうでもよいんだろう」
「なるほど……そういう考えもあるのか……うん、それはとっても素敵な変化だね!」
「……まぁ、そうかもな」
ふっと笑ったルシファーの目には思い出でも映っていたのか嬉しそうだ。長い時を生きる中で、彼らがどんなことを思いながら生を全うしているのかは、私みたいに日々を駆け抜けなければならない矮小な人間にはわからない。けれど、その表情を見られるだけで、なぜか救われる気がした。
「変化といえば」
「うん?」
ジリリリリと焼き窯に取り付けたタイマーが音を立てたので、ミトンを手にはめながら、耳だけをルシファーのほうに傾ける。窯を開けばジンジャークッキーのいい香りがキッチンに漂った。んん。私にしては上出来だ。
「俺にとっては初めてのクリスマスなんだが」
「そうだねぇ」
「人間界ではこう伝えられているんだろう?『いい子にしていないとサンタクロースが来ないよ』と」
「うんうん、小さい子にはこの時期よく使う謳い文句だよ」
「今年、俺はいろいろと奔走して頑張ったんだが、俺のところにサンタは来てくれると思うか?」
「へ、」
危うく持っていた天板を落としそうになったが、なんとか持ちこたえて机の上に置くと、そこに覆いかぶさるようにルシファーが机に手をついた。
「夜通しずっと待っていようと思うんだ。だがそもそも俺は悪魔なのだから、連れ去りに行った方が無難かな?」
「っ!」
囲われてしまって、あっ、わっ、キスされる、と慌てて目を瞑れば、背後からクスクスと笑い声が聞こえた。咄嗟に、揶揄われた!と振り向きつつ目を開けたら、当たり前だけれどそこにはルシファーの顔があり、頬にチュッとリップノイズが一つ。
「っぅ〜ッッ……!?も、っ、ルシファー!怒るよ!?」
「ハハッ!今煽っておかないと、当日、期待できないからな、楽しみにしてるよ。さて、少し休むか。おまえはコーヒーか紅茶かどちらがいい?特別に俺が淹れてやる」
「えっ、じゃあヘルコーヒー!」
「大丈夫か?俺の愛情の深さを舐めてるんじゃないだろうな」
「うっ……ぇっとじゃあ……オルコティーで……」
「そうしておけ」
ククッと喉で笑ったルシファーは上機嫌でお湯を沸かしにコンロに向かう。はぁ、心臓がいくつあっても足りないよ、となおざりに髪を弄っていると、キッチンの戸が薄く開き、その隙間からちょいちょいとアスモに呼ばれた。出ていけば、彼の手元にあった箱に嫌な予感。
「ギリッギリになったけど、例のアレ、届いたからっ♡頑張って♡」
「っ〜マジですか……」
「あっ!報告はよろしくね!」
じゃぁまたね〜♡と、ハートをたくさん飛ばしながらアスモは踵を返していった。けど困るのは私だ。こんなものを持ったままではキッチンに戻れない。恐らくルシファーと二人でいたのに気付いて気を遣ってくれたのだろうけど、それは今のタイミングじゃない方が良かった……!割と目立つその箱を持ちながら立ち往生した私に、どうしたんだ?、と声が飛んできたことでハッと我に返り、自室にそれを投げ込んでキッチンに戻たのだが、頭の中は例のうっふんな写真でいっぱい。
ああこれではもう引き返すこともできないかもしれない。