◆悪魔とメリークリスマス
ついにクリスマスパーティまであと二日を切った。先日下準備を頑張っただけあって、残すところはきちんとセッティングすることと、当日調理が必要なものをどの順番で出すか把握しておくことだけとなった。
私側でできることももうないかもしれないけれど、この前、二人きりの時間を少しでも取りたくてと告げられたために、最後一日も無碍にすることができず、呼ばれてもいないのに魔王城にやってきた私を、バルバトスが「もちろん大歓迎です」と受け入れてくれたので、自然と笑顔になる。
広間のテーブルクロス掛けを手伝って、ちょうど今、その作業が終わって、その上に燭台を乗せ始めたところだ。呪文で動かして一気に乗せたりするのかなとちょっとだけ期待していたのだけれど、数ミリ単位でやるのにはやはり手作業には敵わないんだとか。
「魔界も案外、アナログなところが多いのですよ」
「そういえば兄弟たちもみんな、人間界の電気道具を珍しがってたなぁ」
「呪文があるからか、機械系の面は何かと遅れがちですしね」
「なんだか不思議だよね。魔法とか魔術とかがあると栄えるイメージを、人間は勝手に持っているんだなぁ」
「ファンタジーというジャンルがそういったきらきらしたイメージがあるのでは?」
「ああ、それはそうかも」
妙に納得させられて、そういえば魔界に来た時『魔術って案外地味なんだな』と感じたことを思い出す。見た目が地味だからってすごいことができないわけではないのに。失礼なことを思っていたんだなぁと小さく笑いが漏れた。
と、そのとき。パパパパーン!と大きなファンファーレが鳴り、何事かと身構えると、それに続いて殿下の声が流れ始めて驚く。
『あー!あー!マイクのテスト中!ん、これで大丈夫なのかルシファー?』
『ああ、問題ないから俺に振るのはやめろディアボロ』
相変わらずのやり取りについつい苦笑してしまったが、聞こえる内容からするに、クリスマス当日のセレモニーの予行練習らしい。
バルバトスもなんとなしにそわそわしているので、一旦手を止めようよということになり、二人してバルコニーに出て、魔界を見回す。暗闇の下でキラキラ輝く色とりどりのネオン。普段魔界を煌めかせている色ではなく、赤、緑、金といったクリスマスカラーもたくさん目に留まった。
「すごく綺麗だね……!殿下の言ってた三界の文化交流もきっとこの行事で進んだんじゃないかな!」
「ええ、とても喜ばしいです」
殿下の願いが叶うことはバルバトスにとって唯一無二に嬉しいことだろうに、なぜか少しトーンが暗い声にあれ?と首を傾げた。バルバトスを盗み見ると、遠くを見つめるその瞳が少しだけいつもと違うようだ。
「バルバトス……?」
「……少しずつ変化していく魔界を見るのは嬉しくもあり、驚きもあり……しかしやはり戸惑いも隠せませんね」
「え、」
「私たちは変わることができないのだと思って、安心していたのかもしれません」
「……どうして……」
長く生きているから楽しいことが好きと言っていたのはバルバトスだったのに。バルバトスの本心はどこにあるの?心の中が読み取れたらよかった。どんな言葉も、今はかけるべきではないように思えたから。
バルバトスはそんな私の表情を見て、何を悟ったのかふっと口の端を緩めて微笑む。
「すみません。そういった変化を楽しんでこそ、悪魔の命は悠久なのだと思います。有り余る時をどのように扱うのかは一人一人異なりますが、私は……こうして長く生きていたおかげであなたと出会えたのですから」
「あ……、」
「あなたが魔界に留学に来てくださったこと、また戻ってきてくださったこと、とても感謝していますよ」
「ッそれはこっちの台詞だよ!呼んでもらってこそ、私はここにいれたわけで……」
「私はきっとこの先、あなたがいなくなったとしてもあなたのことは忘れません。そのくらいには、私の中にあなたの存在が息づいているんです」
その言葉が耳に届いたとき、私の頬を熱く濡らしたのは自分の涙だった。
死んでもなお誰かの心に居座り続けることができるなんて、それはどれほどに嬉しいことで、どれだけ稀なことなんだろう。
「あなたは優しい人ですね」
「っ、そ、んな」
「だから私は、あなたにはいつでも笑っていてほしいのです。あなたのその笑顔を、いつまでも覚えていたいから。……さぁ涙を拭いて」
目尻を滑っていくバルバトスの指先に吸い込まれていく涙は、なおもどんどん溢れてくる。それだけでは止まらないと悟ったのか、困ったように笑ったバルバトスは距離を詰め。
そして私の唇を塞いだ。
「ンッ……」
「、!?」
一瞬、全ての音が消えて、それからバルバトスと視線が絡み合う。
『本番は明日だ。皆魔王城に集まって、無礼講といこうじゃないか!』
そんな殿下の締めの言葉が耳に戻ってきたときには、バルバトスの唇は私から離れていた。
「っはぁ、ふふ、止まりましたね」
「!、!?」
「ああ、笑っていてほしい、と言いましたが、恥ずかしがっているあなたを見るのも大好きですよ」
ふわりと抱え上げられて収まったバルバトスの腕の中。
「寒いので中に戻りましょうね。準備もあらかた終わりましたから暖かい紅茶を淹れて、少し温まらなくては」
なんて飄々と言ってくるものだから、私は自分の顔を手で覆って『ふぁぃ……』と言葉にならない言葉を発するのみだった。
ねぇバルバトス。
私は……私も、この魔界に来れなくなる日が来たとしても、それから、いつか私の命が閉じたときも、きっとバルバトスのこと忘れないよ。私が魂だけになったって、ずっとずっと、またバルバトスに会える日を待っているからね。
私側でできることももうないかもしれないけれど、この前、二人きりの時間を少しでも取りたくてと告げられたために、最後一日も無碍にすることができず、呼ばれてもいないのに魔王城にやってきた私を、バルバトスが「もちろん大歓迎です」と受け入れてくれたので、自然と笑顔になる。
広間のテーブルクロス掛けを手伝って、ちょうど今、その作業が終わって、その上に燭台を乗せ始めたところだ。呪文で動かして一気に乗せたりするのかなとちょっとだけ期待していたのだけれど、数ミリ単位でやるのにはやはり手作業には敵わないんだとか。
「魔界も案外、アナログなところが多いのですよ」
「そういえば兄弟たちもみんな、人間界の電気道具を珍しがってたなぁ」
「呪文があるからか、機械系の面は何かと遅れがちですしね」
「なんだか不思議だよね。魔法とか魔術とかがあると栄えるイメージを、人間は勝手に持っているんだなぁ」
「ファンタジーというジャンルがそういったきらきらしたイメージがあるのでは?」
「ああ、それはそうかも」
妙に納得させられて、そういえば魔界に来た時『魔術って案外地味なんだな』と感じたことを思い出す。見た目が地味だからってすごいことができないわけではないのに。失礼なことを思っていたんだなぁと小さく笑いが漏れた。
と、そのとき。パパパパーン!と大きなファンファーレが鳴り、何事かと身構えると、それに続いて殿下の声が流れ始めて驚く。
『あー!あー!マイクのテスト中!ん、これで大丈夫なのかルシファー?』
『ああ、問題ないから俺に振るのはやめろディアボロ』
相変わらずのやり取りについつい苦笑してしまったが、聞こえる内容からするに、クリスマス当日のセレモニーの予行練習らしい。
バルバトスもなんとなしにそわそわしているので、一旦手を止めようよということになり、二人してバルコニーに出て、魔界を見回す。暗闇の下でキラキラ輝く色とりどりのネオン。普段魔界を煌めかせている色ではなく、赤、緑、金といったクリスマスカラーもたくさん目に留まった。
「すごく綺麗だね……!殿下の言ってた三界の文化交流もきっとこの行事で進んだんじゃないかな!」
「ええ、とても喜ばしいです」
殿下の願いが叶うことはバルバトスにとって唯一無二に嬉しいことだろうに、なぜか少しトーンが暗い声にあれ?と首を傾げた。バルバトスを盗み見ると、遠くを見つめるその瞳が少しだけいつもと違うようだ。
「バルバトス……?」
「……少しずつ変化していく魔界を見るのは嬉しくもあり、驚きもあり……しかしやはり戸惑いも隠せませんね」
「え、」
「私たちは変わることができないのだと思って、安心していたのかもしれません」
「……どうして……」
長く生きているから楽しいことが好きと言っていたのはバルバトスだったのに。バルバトスの本心はどこにあるの?心の中が読み取れたらよかった。どんな言葉も、今はかけるべきではないように思えたから。
バルバトスはそんな私の表情を見て、何を悟ったのかふっと口の端を緩めて微笑む。
「すみません。そういった変化を楽しんでこそ、悪魔の命は悠久なのだと思います。有り余る時をどのように扱うのかは一人一人異なりますが、私は……こうして長く生きていたおかげであなたと出会えたのですから」
「あ……、」
「あなたが魔界に留学に来てくださったこと、また戻ってきてくださったこと、とても感謝していますよ」
「ッそれはこっちの台詞だよ!呼んでもらってこそ、私はここにいれたわけで……」
「私はきっとこの先、あなたがいなくなったとしてもあなたのことは忘れません。そのくらいには、私の中にあなたの存在が息づいているんです」
その言葉が耳に届いたとき、私の頬を熱く濡らしたのは自分の涙だった。
死んでもなお誰かの心に居座り続けることができるなんて、それはどれほどに嬉しいことで、どれだけ稀なことなんだろう。
「あなたは優しい人ですね」
「っ、そ、んな」
「だから私は、あなたにはいつでも笑っていてほしいのです。あなたのその笑顔を、いつまでも覚えていたいから。……さぁ涙を拭いて」
目尻を滑っていくバルバトスの指先に吸い込まれていく涙は、なおもどんどん溢れてくる。それだけでは止まらないと悟ったのか、困ったように笑ったバルバトスは距離を詰め。
そして私の唇を塞いだ。
「ンッ……」
「、!?」
一瞬、全ての音が消えて、それからバルバトスと視線が絡み合う。
『本番は明日だ。皆魔王城に集まって、無礼講といこうじゃないか!』
そんな殿下の締めの言葉が耳に戻ってきたときには、バルバトスの唇は私から離れていた。
「っはぁ、ふふ、止まりましたね」
「!、!?」
「ああ、笑っていてほしい、と言いましたが、恥ずかしがっているあなたを見るのも大好きですよ」
ふわりと抱え上げられて収まったバルバトスの腕の中。
「寒いので中に戻りましょうね。準備もあらかた終わりましたから暖かい紅茶を淹れて、少し温まらなくては」
なんて飄々と言ってくるものだから、私は自分の顔を手で覆って『ふぁぃ……』と言葉にならない言葉を発するのみだった。
ねぇバルバトス。
私は……私も、この魔界に来れなくなる日が来たとしても、それから、いつか私の命が閉じたときも、きっとバルバトスのこと忘れないよ。私が魂だけになったって、ずっとずっと、またバルバトスに会える日を待っているからね。