◆悪魔とメリークリスマス
ペロリコロリ。
嘆きの館を出る前にレヴィにもらった魔界のキャンディは、舐めても舐めても減らないおかしなお菓子だ。もうだいぶ飽きて来た…と思う頃に突如味が変化するのでなんとなく口に入れたままになっている。
そんなことはさておき、そろそろ当日の準備をはじめなければとのことで、今日はご馳走やらお菓子の支度のお手伝いにきているのだが、魔王城の広いキッチンに用意された材料の多さに唖然としてしまった。バルバトス一人で間に合わないのも頷ける。一体ベール何人分の食事になるんだろう。
私が着いた時にはすでに下準備が始められていたせいか、いくつかのお菓子の原型は完成しており、中でも何段も積まれたスポンジケーキは圧巻。これが当日飾られるのかと思うとワクワクしてしまう。どんな装飾になるのかと想像しながら見上げていると、バルバトスがたくさんの果物を抱えて戻ってきた。
「来ていただいて早々に申し訳ないのですが、早速各種ジャム作りからお手伝いいただけますか?」
「もちろん!任せて。ジャムなら人間界でも良く作っ……うわ!?」
手渡された途端に、ぎゃーす!と元気よく鳴くストロベリーモンスターに度肝を抜かされたものの、苦笑して笑い流す。さすが魔界の食べ物。侮れない。
「作り方は心配していないのですが、何せ粋の良い果実ばかりで。耳を貸さないように耳栓も用意がありますので適宜ご利用ください」
先程鳴いたストロベリーの隣にはレモンらしきものもあるが、こちらは緑の涙を零しながら、タベナイデェ、と泣いている。これはたしかに耳を塞ぐところから始めなければ気持ち的に終わらなさそうだ。
「あはは……耳栓、借りるね。これじゃあ気になってこの子達使って料理なんて無理だよ」
「私たちにとっては日常の食べ物ですが、やはり初めて使う時はどうしても惑わされがちですからね。ああ、その耳栓、魔界産なので本当に無音になります。私が話しかけたいときは肩を叩くようにしますから、驚かないでくださいね」
「了解だよ!」
きゅぽっと耳栓を嵌めるとそこには本当に無音の世界が広がっていて、すごーい!と声を上げたが、それすら私には聞こえず変な感じだ。ごめんね、と心で呟きながら果実を切って鍋に入れては煮詰めていく作業が始まった。
暫くそれに没頭していたおかげで、ストロベリー、レモン、マンゴー、キウイ、アプリコットとさまざまなジャムが完成。一番面白かったのはメロンのような果実。見た目は緑だったのに砂糖と煮詰めたら青色に変化したのには目が輝いた。少し味見させてもらうと、甘酸っぱいスモモのような感じの味が口に広がりとてもおいしい。うん、これは素敵なお菓子になること間違いなしだ。
ジャム作りが一通り終わると、メレンゲを作って欲しいというメモ書きを渡されたので二つ返事をしてそれに取り掛かる。
冷やしておいた卵を取り出して卵白を取り分けたらボウルにそれを入れ、さて、ここからはがんばらなくっちゃと腕まくり。泡立て器を持つと気合いを一つ入れてカシャカシャかき混ぜ始める。軽快な音を響かせては、たまに止まって砂糖を投入。一心不乱にかき混ぜているとだんだん泡が硬くなってくる。よしよし上手くできそうだ、もう少し、と力が入ったせいで勢い余ってピッとメレンゲが頬に飛ぶ。
「わっ……やっちゃった……」
発したはずの独り言が耳に入ってこなかったので、あれ?なんで?、と思い、あっと気づく。まだ耳栓したままだった、と。
ただ、メレンゲは途中で手を休めるとすぐに泡が萎んで失敗に終わってしまうので、そんなことをする前にまずは仕上げでしまわなければともう一度泡立て器を握り直した刹那。
泡立てていた真っ白なメレンゲに影がさして、ん?と見上げる間もなく、頬に何かが触れた。
「ンッ…」
「!?」
そのままレロ、と生暖かいものが頬を滑り、クリームが付いていた感覚がなくなって。
そこでやっと、それを舐め取られたんだと気づいた私は遅れてビクンと身体を跳ねさせた。横を向くとバルバトスの涼しい顔。片方の耳栓が取り去られると、クスリと笑い声が鼓膜を震わせた。
「っちょ!?」
「メレンゲがついていましたから、綺麗にしなくては、と」
「だからって、そんなっ、き、き、」
「お手伝いとはいえ、せっかく二人きりなんですからこのくらいは……。というかあなた、私が本当に手伝いだけのためにここにお呼びしたと思っているのですか?」
「は!?」
「私は恋人との甘い時間をと。実の所はただあなたとともに過ごしたかったのですよ」
その台詞に言葉らしい言葉を返せずにぱくぱくと口を開閉する私に、ふふっとまた微笑みかけると自分の作業に戻っていくバルバトス。ぐぬぅと唸りながらも、その手元にあった焼き上がったばかりのいくつものマカロン生地を見て、ゲンキンな私はついさっきの恥ずかしい事態も忘れてしまって心を躍らせた。するとそれに気づいたバルバトスはこう言うのだ。
「こちらのお菓子は特別ですからね」
「マカロンだよね、それ!きれい……!バルバトス、マカロン好きだったよね」
「ええ。マカロンが持つ意味が気に入っていまして。……お菓子にも色々と意味があるのはご存知ですか?」
「うん、いくつかは知ってるよ。例えばキャンディはなかなか溶けないから好きな人に贈るといいとか、そういうのでしょ?さっきレヴィにもらった飴も全然なくならないの。魔界のだとジンクスみたいなものも本当になっちゃうね」
「確かにそうですね。魔法がかかったものも材料によっては作れますから。それで、話の続きですが、マカロンには特別な人に贈るものという意味があるんです」
「へぇ…」
「ですので、これを作る時には殊更気を遣います」
「そうだったんだね。素敵だね」
「はい。今回はあなたのために用意しましたので」
「は、え?」
虚をつかれた私の間抜けな声に対して悪戯っ子のようなウインクを一つ。
「あなたは私の特別ですから」
普段はあまりそういうことを口にしないものだから、恥ずかしくて素直に返事できなくなってしまう。
「っ……バルバトス、デモナス飲んだの…?そんな、こと、言ったり、したり、今日は珍しいねっ……」
「そうですか?それならば慣れてもらえるように、もう少し口に出すようにしなくてはなりませんね」
「えっ」
「キスをしたいのですが」
「えっ……え!?」
「聞かなくてもいいですかね」
キッチン台に腰がトンと着いた感覚がしたときにはもう手を取られ顎はくい、と持ち上げられていた。それから先のことは言わなくてもわかると思うけど、あんなに口の中から消えずにいたキャンディがなくなってしまうくらいには濃厚な口付けをされた私は、腰が抜け、お菓子作りどころじゃなくて、椅子に座ってひたすら試食係に勤しんだっていう、ね。
もちろん、メレンゲは作り直しになった。
嘆きの館を出る前にレヴィにもらった魔界のキャンディは、舐めても舐めても減らないおかしなお菓子だ。もうだいぶ飽きて来た…と思う頃に突如味が変化するのでなんとなく口に入れたままになっている。
そんなことはさておき、そろそろ当日の準備をはじめなければとのことで、今日はご馳走やらお菓子の支度のお手伝いにきているのだが、魔王城の広いキッチンに用意された材料の多さに唖然としてしまった。バルバトス一人で間に合わないのも頷ける。一体ベール何人分の食事になるんだろう。
私が着いた時にはすでに下準備が始められていたせいか、いくつかのお菓子の原型は完成しており、中でも何段も積まれたスポンジケーキは圧巻。これが当日飾られるのかと思うとワクワクしてしまう。どんな装飾になるのかと想像しながら見上げていると、バルバトスがたくさんの果物を抱えて戻ってきた。
「来ていただいて早々に申し訳ないのですが、早速各種ジャム作りからお手伝いいただけますか?」
「もちろん!任せて。ジャムなら人間界でも良く作っ……うわ!?」
手渡された途端に、ぎゃーす!と元気よく鳴くストロベリーモンスターに度肝を抜かされたものの、苦笑して笑い流す。さすが魔界の食べ物。侮れない。
「作り方は心配していないのですが、何せ粋の良い果実ばかりで。耳を貸さないように耳栓も用意がありますので適宜ご利用ください」
先程鳴いたストロベリーの隣にはレモンらしきものもあるが、こちらは緑の涙を零しながら、タベナイデェ、と泣いている。これはたしかに耳を塞ぐところから始めなければ気持ち的に終わらなさそうだ。
「あはは……耳栓、借りるね。これじゃあ気になってこの子達使って料理なんて無理だよ」
「私たちにとっては日常の食べ物ですが、やはり初めて使う時はどうしても惑わされがちですからね。ああ、その耳栓、魔界産なので本当に無音になります。私が話しかけたいときは肩を叩くようにしますから、驚かないでくださいね」
「了解だよ!」
きゅぽっと耳栓を嵌めるとそこには本当に無音の世界が広がっていて、すごーい!と声を上げたが、それすら私には聞こえず変な感じだ。ごめんね、と心で呟きながら果実を切って鍋に入れては煮詰めていく作業が始まった。
暫くそれに没頭していたおかげで、ストロベリー、レモン、マンゴー、キウイ、アプリコットとさまざまなジャムが完成。一番面白かったのはメロンのような果実。見た目は緑だったのに砂糖と煮詰めたら青色に変化したのには目が輝いた。少し味見させてもらうと、甘酸っぱいスモモのような感じの味が口に広がりとてもおいしい。うん、これは素敵なお菓子になること間違いなしだ。
ジャム作りが一通り終わると、メレンゲを作って欲しいというメモ書きを渡されたので二つ返事をしてそれに取り掛かる。
冷やしておいた卵を取り出して卵白を取り分けたらボウルにそれを入れ、さて、ここからはがんばらなくっちゃと腕まくり。泡立て器を持つと気合いを一つ入れてカシャカシャかき混ぜ始める。軽快な音を響かせては、たまに止まって砂糖を投入。一心不乱にかき混ぜているとだんだん泡が硬くなってくる。よしよし上手くできそうだ、もう少し、と力が入ったせいで勢い余ってピッとメレンゲが頬に飛ぶ。
「わっ……やっちゃった……」
発したはずの独り言が耳に入ってこなかったので、あれ?なんで?、と思い、あっと気づく。まだ耳栓したままだった、と。
ただ、メレンゲは途中で手を休めるとすぐに泡が萎んで失敗に終わってしまうので、そんなことをする前にまずは仕上げでしまわなければともう一度泡立て器を握り直した刹那。
泡立てていた真っ白なメレンゲに影がさして、ん?と見上げる間もなく、頬に何かが触れた。
「ンッ…」
「!?」
そのままレロ、と生暖かいものが頬を滑り、クリームが付いていた感覚がなくなって。
そこでやっと、それを舐め取られたんだと気づいた私は遅れてビクンと身体を跳ねさせた。横を向くとバルバトスの涼しい顔。片方の耳栓が取り去られると、クスリと笑い声が鼓膜を震わせた。
「っちょ!?」
「メレンゲがついていましたから、綺麗にしなくては、と」
「だからって、そんなっ、き、き、」
「お手伝いとはいえ、せっかく二人きりなんですからこのくらいは……。というかあなた、私が本当に手伝いだけのためにここにお呼びしたと思っているのですか?」
「は!?」
「私は恋人との甘い時間をと。実の所はただあなたとともに過ごしたかったのですよ」
その台詞に言葉らしい言葉を返せずにぱくぱくと口を開閉する私に、ふふっとまた微笑みかけると自分の作業に戻っていくバルバトス。ぐぬぅと唸りながらも、その手元にあった焼き上がったばかりのいくつものマカロン生地を見て、ゲンキンな私はついさっきの恥ずかしい事態も忘れてしまって心を躍らせた。するとそれに気づいたバルバトスはこう言うのだ。
「こちらのお菓子は特別ですからね」
「マカロンだよね、それ!きれい……!バルバトス、マカロン好きだったよね」
「ええ。マカロンが持つ意味が気に入っていまして。……お菓子にも色々と意味があるのはご存知ですか?」
「うん、いくつかは知ってるよ。例えばキャンディはなかなか溶けないから好きな人に贈るといいとか、そういうのでしょ?さっきレヴィにもらった飴も全然なくならないの。魔界のだとジンクスみたいなものも本当になっちゃうね」
「確かにそうですね。魔法がかかったものも材料によっては作れますから。それで、話の続きですが、マカロンには特別な人に贈るものという意味があるんです」
「へぇ…」
「ですので、これを作る時には殊更気を遣います」
「そうだったんだね。素敵だね」
「はい。今回はあなたのために用意しましたので」
「は、え?」
虚をつかれた私の間抜けな声に対して悪戯っ子のようなウインクを一つ。
「あなたは私の特別ですから」
普段はあまりそういうことを口にしないものだから、恥ずかしくて素直に返事できなくなってしまう。
「っ……バルバトス、デモナス飲んだの…?そんな、こと、言ったり、したり、今日は珍しいねっ……」
「そうですか?それならば慣れてもらえるように、もう少し口に出すようにしなくてはなりませんね」
「えっ」
「キスをしたいのですが」
「えっ……え!?」
「聞かなくてもいいですかね」
キッチン台に腰がトンと着いた感覚がしたときにはもう手を取られ顎はくい、と持ち上げられていた。それから先のことは言わなくてもわかると思うけど、あんなに口の中から消えずにいたキャンディがなくなってしまうくらいには濃厚な口付けをされた私は、腰が抜け、お菓子作りどころじゃなくて、椅子に座ってひたすら試食係に勤しんだっていう、ね。
もちろん、メレンゲは作り直しになった。