■読み切りログ(ルシファー以外)
「じゃあねサタン、テスト勉強のこと、本当に本当にありがとう」
ディアボロから、留学生も普通の生徒と同じレベルのテストを受けるように、とお達しがあってから暫く。俺は彼女の勉強の面倒を見てきたわけだけれど、彼女を独り占めできる確固たる理由ができて心底気持ちが凪いだのは言うまでもなかった。
どれだけの知識を持っていようが、口に出せない言葉はたくさんあった。頭の中で文章を練る時間がいかに無駄なことか知ったのは、これが初めてのことだった。
(どうして、と聞かれたら、うまく返事をする自信がない)
言いたくて仕方のない言葉はたった五文字。でもその五文字は簡単には声に乗らない。だから結局、俺は今日もひとりで自室に戻り、部屋の片隅で言い訳をしながら活字の海に溺れることになるのは想像に容易い。
本を読んでいる間は、その本の主人公になれるから。ヒロインにはきっと彼女をあてはめて。…無謀だけれど、仕方がない。俺は彼女を引き留めるようなわがままを口に出せないし、甘えることもできなければ、その手を無理に引っ張ることもできないんだから。
(「行かないで」、なんて言えるわけがないんだ)
理由がほしかった。いつでも。彼女を引き留める理由が。隣に彼女を繋ぎとめておく理由が。
「サタン…?大丈夫?」
「っ!?な、え、」
「あ、いや、突然固まっちゃったからどうしたのかなって。打ち上げ、疲れちゃった?それとも私の面倒をずっと見てたから疲れが溜まってるのかな」
ぐるぐると言葉を考えていたせいで反応が遅れていた俺をのぞき込むようにして彼女の瞳がこちらを見つめる。熱を測るように額に伸びてきた手にびくっとなったが、それを払う理由もなくてされるがままに立ち尽くした。カッコ悪い。なんだってこんなスマートにいかないんだ。俺だけ、こんな。
「ふふっ」
「え…?」
「あっ、ごめん!その、憤怒の~なんて言われてるけど、しゅんとして子犬みたいだったから。ってサタンは猫に例えられるほうがいいのか」
こちらの気も知らずにへらりと笑うその表情は打ち上げで気分が高揚しているせいか、いつになく可愛くて。
子犬でも子猫でも、なんでもいい。俺に、素直になる魔法でも呪いでもを、君が、かけてくれと、願ってしまった。俺よりも一回り以上小さな身体を掻き抱くように胸に引き寄せて、一言。
「気まぐれな君のほうが猫にそっくりだ。だから、呪いをかけよう。君が俺から離れられなくなる呪いだ」
本心五文字は、やっぱり口にされることはなかったし、素直にもなれないけれど。返された言葉は、俺が望んだものだった。
「サタンとなら、いつまででも一緒にいるよ」