授業後のRADーーとりわけ議場は、とても静かだ。そんな場所で今、私はバルバトスとルシファーから相談を受けていた。
「魔界のオリジナリティを出したい？」
「そうだ。ディアボロが煩くてな」
「殿下の意向じゃ無視できないね」
「私からもお願いします。何かいい案はありませんか」
「おまえはバルバトスに言われたら断れないだろう？」
「ルシファーそれ嫌な悪魔〜」
バルバトスに頼まれごとなんて滅多にされないから、その時は間違いなく私は断れないと思っていたけれど、それがこんな形で実現するとは。
「うーん…そう言われてもなぁ」
「坊ちゃまから、もう少しツリーを派手にしたいとの要望も出ていますので、人間界でやる行事のように、一言願いを書いてツリーに吊るすのもありかとは考えているのですが」
「願い事を吊るす……ってそれじゃ短冊じゃん！全く違う行事だよ！？」
「だめ、でしょうか？坊ちゃまのあの様子ですと、それができることを楽しみにしているようなのですが」
「いやー……だめってわけじゃないけど……クリスマスに願い事ってなんか違うというか」
殿下の、ひたむきに三界を良くしようとする姿を見ると協力しようという気持ちがふつふつと湧いてくるのだけど、これはなかなかに難題だ。うーん、うーんと唸りながら、ツリーの様子を頭に思い描く。そして浮かんだ妙案はこんなものだった。
「あ、じゃあこういうのはどう！？魔界流ってことで、日頃の感謝の気持ちやなんかを書いた小さなメッセージカードを、スノードームみたいな半透明な球体に入れて、それでツリーのオーナメントと一緒に飾る！それか周りに浮かせる！短冊みたいにそのまま飾るのはちょっと違うから、ツリーらしさを損なわないように」
「なるほど、それは良い案ですね」
「いかにもディアボロが好きそうな案だ」
「でしょう？殿下、メッセージカード好きだって言ってたもん」
「決まりだな。そうとなれば、俺はそういったものが売っている店がないか下見をしてくる」
「頼みました。私は彼女ともう少し詳細を詰めておきます」
さすが敏腕執事と右腕の二人だけあって、方向性が決まった途端、動きが早い。ポカンとしている間にルシファーは議場を出ていき、バルバトスと私は魔王城へと向かうことになった。途中、サラッと手を取られては逃げることもできない。
「あ、あのっ、バルバトス、手袋するからっ、手は、」
「あなたは、」
「へ？」
「誰に書くのですか？」
「書く……あっ、メッセージカードのこと？そうだなぁ、みんなにお世話になってるし一人は選べな、」
その言葉を聞くや否やバルバトスが足を止めたので、引かれた手と歩幅が合わずつんのめった私。そんな私を予定調和のごとく、バルバトスは胸に抱きとめた。
「っ、な、あ！？」
こんな往来で、誰が見ているかもわからないのに、と思えどその手を振り解いたりなんて私にできるはずもなく、暫しその場に固まってしまった。やっと声を発したのは体感でかなり時間が経った後。
「……っ、ば、バルバトス……？」
「あなたはあまり自覚がないようですが、」
「はへ？」
少し身体を離すと、移動してきた両手が私の頬を包み込む。
ゆっくりとバルバトスの顔が近づいてきたので、思わず「またキスされる！」と身構えて瞳が勝手にキュッと閉まった。けれど数秒してもなんの感触もなく、恐る恐る瞼を上げると。
チュッ
「！？」
時間差キスとは卑怯である。
「私はあなたが思っている以上にあなたのことを好いています」
「へ、あ、ふぁい！？」
「ですので、あなたの口から『みんなに』と言われると、さすがに嫉妬します」
「嫉妬！？バルバトスが！？」
「ええ。あなたの愛情は私だけに注いでくださいませんと」
わかりましたか？と言ってニコリと微笑まれたら、うんうんうんと勢いよく頷くことしかできない。私の反応に少し安心したのか、ふっと笑うと今度は額に口付けて、もう一度私の手を握ってまた歩き始めた。
驚きと戸惑いと、それからそれ以上の嬉しさとで私が発狂しそうになっていることもきっとこの悪魔はお見通しなのだ。勝ち目がないと視線を地面に落としながら魔王城へ向かう道では、もう全く寒さを感じることはなかった。