◆聖夜の星に願い事

「ふんふーんふふーん♪」

RADからの帰り道。授業が終わった私はご機嫌で商店街を歩いていた。
理由は簡単。殿下にクリスマスのことを話したら、三界のコミュニケーションを図るためにも、そういう行事はぜひ取り入れていきたいのでどんなことをするのか詳細に教えてほしい、と前向きな意見をもらえたからだ。
みんなでクリスマスイベントを楽しめたらそれ以上のことはないと気分は上向き。
残るただ一つの心配を除いては。

「結局ルシファーのほしいものはわからなかったなぁ……」

肝心のルシファーの意見を聞けないようでは話にならないと自然と肩を落とした私は、それでもどうにかルシファーを喜ばせたくて頭を捻る。

「ルシファーへのプレゼントならやっぱりレコードかなぁ?でもなぁ……適当に買っても持ってるのと被りそうなんだよね……」

あのルシファーだから、何をあげても『おまえからもらうものならなんでも嬉しい』みたいな、悪魔じゃなくて王子様みたいなこと言うのも目に見えているから困る。本当に喜んでほしいからこその悩みだ。

「こうなったら鉄板の、私がプレゼントだよ、しかないかな……当日、部屋に乗り込んで……!」

と、そう呟きつつ脳内再生されたのは、つい二日前に書斎で行われた行為のこと。あんな、誰が隣の部屋に来るかもわからない場所で二人睦あったのはどうにかなるほど恥ずかしかったけど、その反面、背徳というか興奮というかドキドキが止まらなくて何度も達しては求めてしまった。私の身体をルシファーの大きな手が這うたびに快感に襲われて……。

「ッアーーーー!!だめ!だめだめそういうのはダメ!!やっぱりなし!!そういう行事じゃないんだからクリスマスは!!もっとこう、ライトな感じでなんか!!ね!?」

誰に脳内を覗かれたわけでもないのに、自分の妄想で真っ赤になりながら頭の上で手をバタバタ振ってそれを追い出した。

「……何してんだ……はぁ……」

そんなふうに騒いでいた私は、自分が進んでいる道がいつも通る帰り道と一本間違った道であることに気づいていなかった。いつもより人通りが少ないなぁ、いつもの何倍も静かだなぁ、なんてのんきなことを思いながら、てくてくてくてくと一人歩いてゆく。その声がかかったのは、そんな中、突然のことだった。

「そこのあんた」
「んえ?」

きょろきょろと周りを見回しても、人っ子一人見当たらない。私?と自分を指さすと、声の主はニヤッと笑った。

「そう、あんたじゃ」

道の脇に座っていたのは老婆だった。小さな体躯を折り曲げてさらに小さくなりながら、路面に綺麗な布を敷いている。その上にはいくつかの蝋燭が置かれていた。

「影占いだよ。やっていきなよ」
「影占い?……聞いたことない」
「当り前さ、この占いはあたしにしかできないんだからねぇ。他のはぜぇーんぶニセモノだよ」

老婆はそう言いながら、一つ、二つ、三つ、四つ…と小さな蝋燭に火を灯してゆく。
正直胡散臭いことこの上ない。けれど始まってしまった占いを無視するのも申し訳ない。あーあ、グリム要求されたりしないといいな、と心で涙しながらも老婆の前にしゃがみ込んだ。

「それ、どうやるんですか?」
「七つあるだろう、蝋燭が」
「うん」
「どの蝋燭が好きかね」
「どのって……」

長かったり短かったり太かったり細かったり。それから色も全て異なる七つの蝋燭を見つめていると、なんだか目眩がしてきた。

「ん……なんか、目が……おかし……」
「もう少しだよ……ああ見えてきた……あんたの顔を見つめる男の顔が七つ」
「……え」

炎の向こうにあるのはおばあさんの顔のはずなのに、なぜか顔があるはずのそこは影ってその姿を捉えることができない。それどころか、炎以外のものが全て暗闇に取り込まれようとしていた。

「ほぉら、炎を見つめておくれ……。七つの顔はみんなお前を見ているだろう?黒髪の、こいつは…悪魔か?…いや、天使か?」
「…っ、るし、ふぁ…?」
「なるほど、こいつがお前さんの大事な人かぇ…?酷く顔が歪んでいるのぉ……お前さん、こいつに何かしたのか?この表情は…嫌悪、侮蔑、それとも」
「な、」
「なにか、思い当たることでも?」

暗闇の中で老婆の口がニタリと三日月をつくり、そのやけに白い歯と真っ赤な舌が浮かび上がる。

「わ、たし、そんな、」
「本当に?お前がそう思っているだけでは?」
「そこまでだ」
「!」

耳の奥に深く入り込んでくるような低い声が私を現実に引き戻す。それと同時に、視界を奪っていた炎が消え去り、私の瞳は何かに覆われた。

「おやおや……せっかくいいところで……」
「失せろ。ここは貴様のような低級悪魔が存在できる場所ではない」
「フン……余計なお世話だよ……」

そう残して老婆の気配はふっと消えていった。
それを見届けると瞳を覆っていたものーーそれは手のひらだったのだが、それが離れていく。あたりには普段通りの景色が戻っていた。声の主は、ルシファーだった。嗅ぎ慣れた彼の香りがふわりと鼻孔を満たしたことで、私はまやかしから解き放たれたことを知ったが、先ほど見たものは、脳裏から消えることはない。

「大丈夫か」
「っ、ぁ、の」
「最近はこんなこともないから気を抜いていた。来るのが遅くなって悪かった……」

ふっと身体が軽くなったと思うと、その時にはもう私はルシファーの腕の中にいて、硬直していた身体から力が抜けた。

「帰ろう、嘆きの館に。疲れただろう。夕飯の時間までゆっくり眠るといい」

先ほどとはまるで違う、およそ悪魔が発するとは思えない優しい音色が私の鼓膜を震わす。
触れられる距離にルシファーがいて、その腕に抱きしめられているというのに、それでも私の中に巣食った不安が消えない。小刻みに震える身体を隠すかのようにぎゅぅっとルシファーの制服を掴んだ私を、ルシファーはどんな目で見ているのだろうか。

「……ゃ、」
「嫌?帰るのがか?なぜ、」
「ルシファーの……ルシファーのお部屋に、連れてって」
「なんだって?」
「今日は、一緒にいて……お願い」

吐き出された懇願に対して、はぁ、と短い溜め息が返ってきたので、びくりと肩が奮ってしまった。

「っ、ご、ごめ、私、」
「なぜ謝るんだ?俺がおまえの願いを断るとでも?」
「、ぇ」
「だが、おまえの願いを叶えた場合、一つ心配がある」
「心配?」
「そう。そうすると、今夜、おまえは眠れなくなるが、わかっているんだろうな?」

そう言ってシニカルに笑ったルシファーは、私をギュッと抱えなおした。それはそれは大切そうに私の身体に手を回して抱き止める、そんなルシファーに対して、『私のこと、本当は嫌いなの?』なんて、私が口にできるはずもなく。ルシファーの首に縋り付いて『ルシファーがいてくれるなら、眠れなくても平気』と囁くことが精一杯だった。
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