◆悪魔とメリークリスマス
RADからの帰り道、私は、はーっと息を吐きながら商店街のウィンドウを眺めていた。
「……バルバトスへのプレゼントって、一体何がいいんだろう……」
もっぱら頭を悩ませるその課題は、正直RADの試験よりも難題だ。
ぴゅうっと商店街を吹き抜ける冷たい風に思わず目を細める。肩をすくめてこの間成り行きでもらってしまったマフラーで口元を隠せば、ふわりと香ったのはバルバトスのコロンだ。もうだいぶ嗅ぎ慣れたものだけれど、やっぱり恥ずかしさがあって頬が熱くなる。
恋をしたことはこれまでなかったわけではないが、両思い、お付き合い、といった言葉からは程遠い場所で生きてきたので、男性へのプレゼントとして思い浮かぶものは皆無だった。
「冬……って言っても人間界みたいにめちゃくちゃ寒いわけでもないから、防寒具もらっても困るよね……」
鉄板は紅茶なんだろうけど、バルバトスの方がよく知っているジャンルのプレゼントをするというのは気が引ける。バルバトスにはバルバトスの趣味があるだろうって思うと、渡しづらい。お菓子を作って渡してもいいが、日常的にやっていることに特別感を持たせるのは難しいかもしれない。
というかバルバトスは私に何をくれるつもりなのかも気になりすぎて、それを考えるだけでドキドキしてしまう。
「あ〜〜も〜〜!!こんなんじゃ当日に間に合わないよ〜!!」
遠いようですぐにやってくるあと約20日後のクリスマス。魔界では初めてのクリスマスになるのかもしれないが、街はそれなりにクリスマスの雰囲気を醸し出していて、赤や緑を機長とした飾り付けが目を引く。
今覗いているウィンドウの中には、可愛らしいピンキーリングがたくさん並べられていて、わぁっと目が輝いてしまったのだけれど、見つめていたら店の中でワイワイしていたサキュバスたちと視線がかち合って、怖くなってそさくさとその店から離れることにした。いざこざを起こしてはまず勝ち目がないのがただの一留学生の私だ。辛い。
「でもなんだかんだ言って、魔界もイベントごとになると浮き足立つんだな〜」
三界の間に隔てがあれど、心持ちは似たようなものだと口元が緩む。
ただ、また振り出しに戻ってしまったなぁとがくりと項垂れた、その時だった。澄んだ音色が私の鼓膜を震わせたのは。
音の出どころに瞳を向けると、古びた看板には魔界の文字が記されておりすぐに理解することはできなかった。ゆっくり、一文字ずつ読み進めて、それからD.D.Dにその文字を入力して理解した、その店に売っているもの。
「オルゴール?」
近づくにつれて、オルゴール独特のポロン、ポロンという音が懐かしく耳に届いてなんだか興味が惹かれた。神……いや、魔王の導きかもしれない。私は迷いなくその扉を引く。からん、と乾いた音が鳴り、見た目よりも軽く扉が開いた。店内は薄暗く、とても狭かった。オルゴール店かと思ったけれど、その他小さな置物や雑貨、それから石なんかも売っているようだ。アンティーク調のそれらは私の心を躍らせる。
中でも一際私の目を引いたのは、小さな小さなオルゴールだった。箱が開くようには見えない。そして普通のオルゴールのようにゼンマイもついていない。それでも手を近づけると音が鳴るのだ。
「不思議……」
顔を近づけてそれらを見つめて暫く。
誰もいないと思っていた店の奥から、静かな、それでいて無視することができない重みを持った声がした。
「いらっしゃい」
「!」
店なのだから、店主がいないわけがない。そんな当たり前のことが脳内から抜け落ちるほどには不思議な空間だったから大袈裟でなく飛び跳ねるほど驚いてしまってバツが悪い。しかしそんな私にお構いなしで、店主らしきその人物はカウンターの向こうから話を続ける。
「それが気になるのか」
「っ……!?あっ、は、はい!」
まぶかに被ったフードの下から、その表情は見ることができない。それでも視線は感じるので、じっと続く言葉を待った。
「……それが音を奏でたのは、何百年振りだろうかね」
「え、」
「君になら、売ってやっても良い」
「……!」
「五千グリムだ。どうするかね」
「っ、か、買います!」
「くくっ……毎度……。お代はそのあたりに置いておいてくれ」
「わ、わかりましたっ」
なんだか怖くなってきて、さっとグリムをそこに置くと、そのオルゴールを持って外に飛び出した。
外は当たり前のように真っ暗で、それでも店の中にいるよりも暖かく感じて何か変な感じだ。手の中にあるオルゴールは今は鳴り止んでいる。
「なんだったんだろ……えっ!?」
煙に巻かれたような気分で後ろを振り返ると、そこにあったのは壁、だった。ぽかん、とそこを見つめても、先程目にしたはずの看板も、扉も、なくなっている。うそぉ…と呟いた私の声に応えたものはいない。
ポケットの中で震えたD.D.D.にはメッセージが一件。
『マモン おまえまだ帰ってこれねーのか?てかまた魔王城にいるのかよ。ルシファーが心配してっぞ』とあり、どうやら私は何かに惑わされていたのかもしれないことを悟ったのだった。
「……バルバトスへのプレゼントって、一体何がいいんだろう……」
もっぱら頭を悩ませるその課題は、正直RADの試験よりも難題だ。
ぴゅうっと商店街を吹き抜ける冷たい風に思わず目を細める。肩をすくめてこの間成り行きでもらってしまったマフラーで口元を隠せば、ふわりと香ったのはバルバトスのコロンだ。もうだいぶ嗅ぎ慣れたものだけれど、やっぱり恥ずかしさがあって頬が熱くなる。
恋をしたことはこれまでなかったわけではないが、両思い、お付き合い、といった言葉からは程遠い場所で生きてきたので、男性へのプレゼントとして思い浮かぶものは皆無だった。
「冬……って言っても人間界みたいにめちゃくちゃ寒いわけでもないから、防寒具もらっても困るよね……」
鉄板は紅茶なんだろうけど、バルバトスの方がよく知っているジャンルのプレゼントをするというのは気が引ける。バルバトスにはバルバトスの趣味があるだろうって思うと、渡しづらい。お菓子を作って渡してもいいが、日常的にやっていることに特別感を持たせるのは難しいかもしれない。
というかバルバトスは私に何をくれるつもりなのかも気になりすぎて、それを考えるだけでドキドキしてしまう。
「あ〜〜も〜〜!!こんなんじゃ当日に間に合わないよ〜!!」
遠いようですぐにやってくるあと約20日後のクリスマス。魔界では初めてのクリスマスになるのかもしれないが、街はそれなりにクリスマスの雰囲気を醸し出していて、赤や緑を機長とした飾り付けが目を引く。
今覗いているウィンドウの中には、可愛らしいピンキーリングがたくさん並べられていて、わぁっと目が輝いてしまったのだけれど、見つめていたら店の中でワイワイしていたサキュバスたちと視線がかち合って、怖くなってそさくさとその店から離れることにした。いざこざを起こしてはまず勝ち目がないのがただの一留学生の私だ。辛い。
「でもなんだかんだ言って、魔界もイベントごとになると浮き足立つんだな〜」
三界の間に隔てがあれど、心持ちは似たようなものだと口元が緩む。
ただ、また振り出しに戻ってしまったなぁとがくりと項垂れた、その時だった。澄んだ音色が私の鼓膜を震わせたのは。
音の出どころに瞳を向けると、古びた看板には魔界の文字が記されておりすぐに理解することはできなかった。ゆっくり、一文字ずつ読み進めて、それからD.D.Dにその文字を入力して理解した、その店に売っているもの。
「オルゴール?」
近づくにつれて、オルゴール独特のポロン、ポロンという音が懐かしく耳に届いてなんだか興味が惹かれた。神……いや、魔王の導きかもしれない。私は迷いなくその扉を引く。からん、と乾いた音が鳴り、見た目よりも軽く扉が開いた。店内は薄暗く、とても狭かった。オルゴール店かと思ったけれど、その他小さな置物や雑貨、それから石なんかも売っているようだ。アンティーク調のそれらは私の心を躍らせる。
中でも一際私の目を引いたのは、小さな小さなオルゴールだった。箱が開くようには見えない。そして普通のオルゴールのようにゼンマイもついていない。それでも手を近づけると音が鳴るのだ。
「不思議……」
顔を近づけてそれらを見つめて暫く。
誰もいないと思っていた店の奥から、静かな、それでいて無視することができない重みを持った声がした。
「いらっしゃい」
「!」
店なのだから、店主がいないわけがない。そんな当たり前のことが脳内から抜け落ちるほどには不思議な空間だったから大袈裟でなく飛び跳ねるほど驚いてしまってバツが悪い。しかしそんな私にお構いなしで、店主らしきその人物はカウンターの向こうから話を続ける。
「それが気になるのか」
「っ……!?あっ、は、はい!」
まぶかに被ったフードの下から、その表情は見ることができない。それでも視線は感じるので、じっと続く言葉を待った。
「……それが音を奏でたのは、何百年振りだろうかね」
「え、」
「君になら、売ってやっても良い」
「……!」
「五千グリムだ。どうするかね」
「っ、か、買います!」
「くくっ……毎度……。お代はそのあたりに置いておいてくれ」
「わ、わかりましたっ」
なんだか怖くなってきて、さっとグリムをそこに置くと、そのオルゴールを持って外に飛び出した。
外は当たり前のように真っ暗で、それでも店の中にいるよりも暖かく感じて何か変な感じだ。手の中にあるオルゴールは今は鳴り止んでいる。
「なんだったんだろ……えっ!?」
煙に巻かれたような気分で後ろを振り返ると、そこにあったのは壁、だった。ぽかん、とそこを見つめても、先程目にしたはずの看板も、扉も、なくなっている。うそぉ…と呟いた私の声に応えたものはいない。
ポケットの中で震えたD.D.D.にはメッセージが一件。
『マモン おまえまだ帰ってこれねーのか?てかまた魔王城にいるのかよ。ルシファーが心配してっぞ』とあり、どうやら私は何かに惑わされていたのかもしれないことを悟ったのだった。