◆Dead Drop
【そらゑひ】
これはカイリスコンビがまだ結婚していない頃のお話。
雪がちらつく寒い冬の日のことだった。その日もアプリーリスは自宅に帰ることを許されず、眠れぬ夜を過ごしていた。しかしあまりにも寒い。部屋の温度はシステムで一定に保たれているはずで普段はさほど寒さも暑さも感じないのだが、今日はなぜかあてがわられている自室がとても寒かった。
「なによこれぇっ!リスちゃんの部屋だけ空調壊れてるんじゃない!?」
ベッドで丸くなっているのもバカらしくなったアプリーリスは、ありったけのモコモコを身につけて部屋を後にし、キッチンへと向かう。身体は芯から冷え切っている。暖かいものを体内に入れなきゃやってらんない!ということらしい。
しかし廊下をゆくにつれキッチンに灯りが点っていることを悟り、ボスなら一言お小言をいわなくちゃと勇んで扉をあければ、そこにいたのはカイロプタラで、しかも彼はエプロンをつけていた。
「カイ!?」
「おや、アプリーリス。いかがされましたか」
「いかがって……カイこそこんな夜中に何して……」
聞けばカイロプタラは明日の朝食の仕込みをしているらしい。毎日やっていることです、というから驚きを隠せない。
「そういえば、初めてここに来たときもカイお手製のお菓子でもてなしてもらったわね」
雑談混じりに冷蔵庫を開け、ミルクを取り出したアプリーリスの背後からカイロプタラがその手を抑えた。
「!」
「わたくしは応えましたが、まだあなたが何をしに来たかを伺っておりません」
にこ、と微笑みを一つ。答えは明白ですが、と言いつつ、アプリーリスの持つミルクを奪うと、そのまま小鍋にミルクを注ぐ。あまりの手際の良さに口を挟む暇もない。ボッと火がついた音が耳に届いてようやく時間が流れだす。
「っちょ!?それ、」
「ぐっすり眠るためには内から温まるのが一番ですよ」
「あ〜……その、普段の私は聞き出し専門だからぁ……」
などと言い淀んでいるうちに良い具合になったのか、いい香りが漂ってきたところでカイロプタラが尋ねる。
「アプリーリス、蜂蜜とブランデーを加えても?」
「あ、うん。嫌いなものではないから大丈夫よ」
「それはよかったです。あなたはあまり眠りが深くないと仰っていましたし、無理にとは言いませんが。リラックスできますから」
まるで特別な調味料を加えるかのように慎重に落とされたそれらは、ホットミルクの香りをまた一段と引き立てた。
「どうぞ」
コトリ、マグカップをアプリーリスの前に差し出したカイロプタラは、自身にはブランデーのみグラスに注ぎ、それをくるくると傾ける。果実の良い香りに鼻腔を刺激され、アプリーリスもミルクに口をつけた。
「あなたは、小さな頃からお一人でいる時間が長かったのですか?」
「ん?そうねぇ……親は二人とも世界を股にかけていたから、言われてみればそうかもしれないわ」
唐突に始まった世間話に何気なく言葉を返しながら、コクリ、コクリとミルクは減ってゆく。
「それがなに?」
「夜がお嫌いとみえたので、そうではないかなと」
「そんなことで?ふふ、カイはよくわかんないとこまでお見通しなのね」
「夜は一人で寂しかったのですか?」
「ええ?そういう感情は、なかったわよ?」
「なるほど」
「でも、そうね……もし自分の子が生まれたとしたら……その時はいつも一緒にいてあげたいかしらね」
あはっと笑ってカイロプタラの方を向いたアプリーリスは、存外まじめな表情を自分に向けるカイロプタラに驚いて、それから口をついて出た本心に自分自身、目を見開いた。
「あっ!もしカイが旦那さんだったら、カフェも経営できちゃうかも!こんなに美味しいホットミルク飲んだの初めてだもの!」
言ったことを意訳すれば、「カイロプタラ、私と結婚して♡」になるのだからそれも仕方のないことだ。うまい言い訳も思いつかず、勢い椅子から立ち上がったアプリーリスは、あははと引き続き笑って、それから無理矢理話を締めた。
「ふはぁ!いい具合に暖まったわぁ〜、それに少し酔ったかしらね!楽しい夜をありがとう、カイ」
「……ええ。こちらこそ」
「それじゃぁねぇ〜、おやすみなさ〜い」
カップをささっと片づけてキッチンを後にしようとした彼女に、カイロプタラが一言告げる。
「アプリーリス。わたくしなら、こんな夜にあなたを一人にはいたしませんよ」
それに言葉を返すことなく、アプリーリスはパタンと扉を閉めたのち、一目散に廊下を駆けた。
「暑っ……」
気づいてほしいようなほしくないような。たがだか数滴のブランデーに酔ったなんてあるわけない。おかしなところで臆病なアプリーリスの、可愛らしい本心を、さて、カイロプタラは知っていたろうか。
これはカイリスコンビがまだ結婚していない頃のお話。
雪がちらつく寒い冬の日のことだった。その日もアプリーリスは自宅に帰ることを許されず、眠れぬ夜を過ごしていた。しかしあまりにも寒い。部屋の温度はシステムで一定に保たれているはずで普段はさほど寒さも暑さも感じないのだが、今日はなぜかあてがわられている自室がとても寒かった。
「なによこれぇっ!リスちゃんの部屋だけ空調壊れてるんじゃない!?」
ベッドで丸くなっているのもバカらしくなったアプリーリスは、ありったけのモコモコを身につけて部屋を後にし、キッチンへと向かう。身体は芯から冷え切っている。暖かいものを体内に入れなきゃやってらんない!ということらしい。
しかし廊下をゆくにつれキッチンに灯りが点っていることを悟り、ボスなら一言お小言をいわなくちゃと勇んで扉をあければ、そこにいたのはカイロプタラで、しかも彼はエプロンをつけていた。
「カイ!?」
「おや、アプリーリス。いかがされましたか」
「いかがって……カイこそこんな夜中に何して……」
聞けばカイロプタラは明日の朝食の仕込みをしているらしい。毎日やっていることです、というから驚きを隠せない。
「そういえば、初めてここに来たときもカイお手製のお菓子でもてなしてもらったわね」
雑談混じりに冷蔵庫を開け、ミルクを取り出したアプリーリスの背後からカイロプタラがその手を抑えた。
「!」
「わたくしは応えましたが、まだあなたが何をしに来たかを伺っておりません」
にこ、と微笑みを一つ。答えは明白ですが、と言いつつ、アプリーリスの持つミルクを奪うと、そのまま小鍋にミルクを注ぐ。あまりの手際の良さに口を挟む暇もない。ボッと火がついた音が耳に届いてようやく時間が流れだす。
「っちょ!?それ、」
「ぐっすり眠るためには内から温まるのが一番ですよ」
「あ〜……その、普段の私は聞き出し専門だからぁ……」
などと言い淀んでいるうちに良い具合になったのか、いい香りが漂ってきたところでカイロプタラが尋ねる。
「アプリーリス、蜂蜜とブランデーを加えても?」
「あ、うん。嫌いなものではないから大丈夫よ」
「それはよかったです。あなたはあまり眠りが深くないと仰っていましたし、無理にとは言いませんが。リラックスできますから」
まるで特別な調味料を加えるかのように慎重に落とされたそれらは、ホットミルクの香りをまた一段と引き立てた。
「どうぞ」
コトリ、マグカップをアプリーリスの前に差し出したカイロプタラは、自身にはブランデーのみグラスに注ぎ、それをくるくると傾ける。果実の良い香りに鼻腔を刺激され、アプリーリスもミルクに口をつけた。
「あなたは、小さな頃からお一人でいる時間が長かったのですか?」
「ん?そうねぇ……親は二人とも世界を股にかけていたから、言われてみればそうかもしれないわ」
唐突に始まった世間話に何気なく言葉を返しながら、コクリ、コクリとミルクは減ってゆく。
「それがなに?」
「夜がお嫌いとみえたので、そうではないかなと」
「そんなことで?ふふ、カイはよくわかんないとこまでお見通しなのね」
「夜は一人で寂しかったのですか?」
「ええ?そういう感情は、なかったわよ?」
「なるほど」
「でも、そうね……もし自分の子が生まれたとしたら……その時はいつも一緒にいてあげたいかしらね」
あはっと笑ってカイロプタラの方を向いたアプリーリスは、存外まじめな表情を自分に向けるカイロプタラに驚いて、それから口をついて出た本心に自分自身、目を見開いた。
「あっ!もしカイが旦那さんだったら、カフェも経営できちゃうかも!こんなに美味しいホットミルク飲んだの初めてだもの!」
言ったことを意訳すれば、「カイロプタラ、私と結婚して♡」になるのだからそれも仕方のないことだ。うまい言い訳も思いつかず、勢い椅子から立ち上がったアプリーリスは、あははと引き続き笑って、それから無理矢理話を締めた。
「ふはぁ!いい具合に暖まったわぁ〜、それに少し酔ったかしらね!楽しい夜をありがとう、カイ」
「……ええ。こちらこそ」
「それじゃぁねぇ〜、おやすみなさ〜い」
カップをささっと片づけてキッチンを後にしようとした彼女に、カイロプタラが一言告げる。
「アプリーリス。わたくしなら、こんな夜にあなたを一人にはいたしませんよ」
それに言葉を返すことなく、アプリーリスはパタンと扉を閉めたのち、一目散に廊下を駆けた。
「暑っ……」
気づいてほしいようなほしくないような。たがだか数滴のブランデーに酔ったなんてあるわけない。おかしなところで臆病なアプリーリスの、可愛らしい本心を、さて、カイロプタラは知っていたろうか。