◆Dead Drop
【番外編4】
ベッドサイドの灯りが瞼に映って、私の意識は覚醒した。もぞもぞ動くとすんなり身体の向きを変えることができて違和感を覚える。普段はルシファーに抱きしめられているから、動くことなどできないのだ。
「……ぼす?」
出したはずの声は思った以上にカスカスで、それから身体が気だるくて、あぁ、昨日はいつも以上に激しくされたんだったと思い出す。身体を起こして辺りを見回しても、ルシファーの姿はなく、どうしたんだろうと思案。しかしその時、視界の端で何か動いたような気がしてそちらを向けば、なるほど、ルシファーは一人、真夜中の露天風呂と洒落込んでいるようだ。
一人で行っちゃうことないのに、とむくれながらベッドから立ち上がったその瞬間、べちゃりとくず折れたのは膝。
「わっ、あっうべっ」
思っていたよりも足に力が入らなかった。普通のベッドの高さだったら足を挫くなどの怪我を被っていたところだ。危なかった。顔面は打ったが、さほどの傷にはならないだろう。
ただ、その音でルシファーは私が起きたことに気づいたようで、ざぱ、とお湯から上がる音がした後、カラカラと引き戸の音がして、次いでもうだいぶ聴き慣れた声が頭の上に落ちてきた。
「大丈夫か?」
「ひゃわ!?」
声とともに抱き上げられた私はもちろん素っ裸。ルシファーもタオルを腰に巻いているだけなので、裸とそう大差ない。ベッドインしているときよりもなんだか恥ずかしさマックスで、身体を隠すために彼の首に縋り付く。
「ふっ……大丈夫そうだな」
「っ……一人でお風呂いっちゃうなんて、さみしい」
「悪かった。もうすぐ朝日が昇るからな、せっかくならと待っていたんだ。君も起きたことだし、一緒に行こう」
「ん」
私がぐりぐりとおでこをルシファーの首元に擦り付けると嬉しそうに笑った彼は、私を抱えて露天風呂に逆戻り。ぽちゃりと静かに身体を沈めていくと、意外と冷えていたのか芯からふるりとなり肌が泡だった。
お湯で互いの身体が見えなくなったのをいいことに、そろりと首元から顔を上げると、遠くの空が少しオレンジ色を帯び始めていて、紺色とのグラデーションが私の目を惹きつける。今は真夜中ではなく、早朝だったようだと合点がいった。
「ふぁ……きれい……」
「だろう。起こそうかどうか迷ってはいたんだが、よかった」
にこにこと素直な笑顔をこちらに向けたくせに、髪をかき上げる姿が妙に色っぽくてときめくとなんだかまた恥ずかしくなった。目と目が合うと、ルシファーは、あ、と何か言いたげに口を開きつつ、私に指を伸ばす。ルシファーに見惚れて反応が遅れたのでされるがまま。その指は私の髪にさらりとふれ、横髪を耳へと戻した。
「君の顔がよく見えなかった。ああ、これでいい」
「あ、ありがとっ……ン!」
「ッん……はぁ、キスがしやすいに越したことはない。俺は欲に忠実に生きるようにしてるんだ」
「なっ……! も、もう! るしふぁーってば……!」
赤くなる頬を隠すように、私はこてんと彼の肩に頭を預けた。髪を撫でる掌が優しくて、とくりとはねた心臓が、私に語りかけてくる。
続きがしたいんじゃない?
ここで少し素直になったら?
だってあなたたち、恋人になったんでしょ?
と。
でもそんな。昨日だってあんなにして、身体がクタクタなのに。はしたないし、身体が目当てみたいに思われたら嫌だし、今日はやっぱり。そんなことを考えているうちに空のオレンジが広がって、徐々に朝が近づいてきていた。そんな中、何を思ったかルシファーが私の左手を取り、指の付け根を弄び始めたので頭にはクエスチョンマークがたくさん浮かぶ。視線は明るくなっていく空を見つめていたのだが、どうにも我慢ができなくなって、彼の名を口にした。
「……ルシファー? どうしたの?」
「ん? あぁ、いや、気にしないでくれ」
「そう言われても気になるんだけど……」
ちらりと視界に収めた彼の頬は、少しだけ赤く染まっていた。のぼせたのかとも思ったが、それとはまた異なるようにも見える。私の視線に気付いてこちらに目を向けたルシファーは、見たこともないくらい柔らかく微笑んでとんでもないことを口走った。
「責任は取る」
「、はへ?」
「どんな指輪がいいだろう。シンプルな華奢なリングか細かな宝石が散りばめられたものか」
「……ん?」
「式はできるかわからないがハネムーンくらいはゆっくり行こう。ミッションの計画なんてどうにでもなる」
「あ、あの、ルシファー?」
「サプライズでもよかったんだが、焦らすのはよくないだの身体の関係を持つならはっきりさせろだの言われたところだ。君の気にいるもののほうが、身につけるならいいだろう」
「だから、ちょっと待」
「ドレスはどうしようか」
「待ってェッ!? 私たち今日気持ちを確かめたばかりだよ!」
「? それがどうした?」
本気でわからない、そんな顔をされた。どうやら一般常識は通じない模様。
ルシファーの脳内では付き合う=結婚、ということなのだろうか? あまりにも急展開すぎる。私より乙女脳なのか? そういえば、普通を知らないと言っていなかったか? もしかしてエージェント歴が長すぎて…? それなら、それなら私が普通の恋愛を教えてあげたい!!
……とまぁ恐らくこの脳内を覗かれたら、おまえも何を言っているんだ、と言われるオチだが、このときの私はこれが最善策だと思い込んでいた。
「ルシファー!」
「ん? どうしたんだ?」
「わたしっ……ルシファーともっと……恋人したい、なっ……だめ?」
「ぐ、」
弄ばれていた手を返して、逆にルシファーの手を握りしめ、上目遣い。これはルシファーから、ターゲットを油断させるためのテクニックとして教わったものだけれど、本当に効果はあるようだ。頬が赤く染まり、困ったように笑うルシファーはいつもより幼く見えた。
「ウェディングは、ほら、マリッジブルーなんて言葉もあるくらいだし、もう少し愛を育んでからでも遅くないでしょ? 私、ルシファーのこともっと知りたいの。それから……んっと……もっと、甘い時間、過ごしたい、な、なんて」
「っ……!」
「わぁっ!? るし、っんんぅぅ……!!」
もう一押しと、握った手をそのまま自分の頬に持っていき、すり、と擦り寄ったが早いか、ルシファーがガバリと私に覆い被さった。そうして奪われた唇は、貪られる以外の道はなく。
朝日がさすなか、私はルシファーによってクタクタになるまで啼かされた。
空の金星が太陽の光に隠されてしまうように、朝陽が昇り切ってから、私たちはまた眠りについたのだった。
こちらもこちらでめでたしめでたし。
お後はとても、よろしいようで。
ベッドサイドの灯りが瞼に映って、私の意識は覚醒した。もぞもぞ動くとすんなり身体の向きを変えることができて違和感を覚える。普段はルシファーに抱きしめられているから、動くことなどできないのだ。
「……ぼす?」
出したはずの声は思った以上にカスカスで、それから身体が気だるくて、あぁ、昨日はいつも以上に激しくされたんだったと思い出す。身体を起こして辺りを見回しても、ルシファーの姿はなく、どうしたんだろうと思案。しかしその時、視界の端で何か動いたような気がしてそちらを向けば、なるほど、ルシファーは一人、真夜中の露天風呂と洒落込んでいるようだ。
一人で行っちゃうことないのに、とむくれながらベッドから立ち上がったその瞬間、べちゃりとくず折れたのは膝。
「わっ、あっうべっ」
思っていたよりも足に力が入らなかった。普通のベッドの高さだったら足を挫くなどの怪我を被っていたところだ。危なかった。顔面は打ったが、さほどの傷にはならないだろう。
ただ、その音でルシファーは私が起きたことに気づいたようで、ざぱ、とお湯から上がる音がした後、カラカラと引き戸の音がして、次いでもうだいぶ聴き慣れた声が頭の上に落ちてきた。
「大丈夫か?」
「ひゃわ!?」
声とともに抱き上げられた私はもちろん素っ裸。ルシファーもタオルを腰に巻いているだけなので、裸とそう大差ない。ベッドインしているときよりもなんだか恥ずかしさマックスで、身体を隠すために彼の首に縋り付く。
「ふっ……大丈夫そうだな」
「っ……一人でお風呂いっちゃうなんて、さみしい」
「悪かった。もうすぐ朝日が昇るからな、せっかくならと待っていたんだ。君も起きたことだし、一緒に行こう」
「ん」
私がぐりぐりとおでこをルシファーの首元に擦り付けると嬉しそうに笑った彼は、私を抱えて露天風呂に逆戻り。ぽちゃりと静かに身体を沈めていくと、意外と冷えていたのか芯からふるりとなり肌が泡だった。
お湯で互いの身体が見えなくなったのをいいことに、そろりと首元から顔を上げると、遠くの空が少しオレンジ色を帯び始めていて、紺色とのグラデーションが私の目を惹きつける。今は真夜中ではなく、早朝だったようだと合点がいった。
「ふぁ……きれい……」
「だろう。起こそうかどうか迷ってはいたんだが、よかった」
にこにこと素直な笑顔をこちらに向けたくせに、髪をかき上げる姿が妙に色っぽくてときめくとなんだかまた恥ずかしくなった。目と目が合うと、ルシファーは、あ、と何か言いたげに口を開きつつ、私に指を伸ばす。ルシファーに見惚れて反応が遅れたのでされるがまま。その指は私の髪にさらりとふれ、横髪を耳へと戻した。
「君の顔がよく見えなかった。ああ、これでいい」
「あ、ありがとっ……ン!」
「ッん……はぁ、キスがしやすいに越したことはない。俺は欲に忠実に生きるようにしてるんだ」
「なっ……! も、もう! るしふぁーってば……!」
赤くなる頬を隠すように、私はこてんと彼の肩に頭を預けた。髪を撫でる掌が優しくて、とくりとはねた心臓が、私に語りかけてくる。
続きがしたいんじゃない?
ここで少し素直になったら?
だってあなたたち、恋人になったんでしょ?
と。
でもそんな。昨日だってあんなにして、身体がクタクタなのに。はしたないし、身体が目当てみたいに思われたら嫌だし、今日はやっぱり。そんなことを考えているうちに空のオレンジが広がって、徐々に朝が近づいてきていた。そんな中、何を思ったかルシファーが私の左手を取り、指の付け根を弄び始めたので頭にはクエスチョンマークがたくさん浮かぶ。視線は明るくなっていく空を見つめていたのだが、どうにも我慢ができなくなって、彼の名を口にした。
「……ルシファー? どうしたの?」
「ん? あぁ、いや、気にしないでくれ」
「そう言われても気になるんだけど……」
ちらりと視界に収めた彼の頬は、少しだけ赤く染まっていた。のぼせたのかとも思ったが、それとはまた異なるようにも見える。私の視線に気付いてこちらに目を向けたルシファーは、見たこともないくらい柔らかく微笑んでとんでもないことを口走った。
「責任は取る」
「、はへ?」
「どんな指輪がいいだろう。シンプルな華奢なリングか細かな宝石が散りばめられたものか」
「……ん?」
「式はできるかわからないがハネムーンくらいはゆっくり行こう。ミッションの計画なんてどうにでもなる」
「あ、あの、ルシファー?」
「サプライズでもよかったんだが、焦らすのはよくないだの身体の関係を持つならはっきりさせろだの言われたところだ。君の気にいるもののほうが、身につけるならいいだろう」
「だから、ちょっと待」
「ドレスはどうしようか」
「待ってェッ!? 私たち今日気持ちを確かめたばかりだよ!」
「? それがどうした?」
本気でわからない、そんな顔をされた。どうやら一般常識は通じない模様。
ルシファーの脳内では付き合う=結婚、ということなのだろうか? あまりにも急展開すぎる。私より乙女脳なのか? そういえば、普通を知らないと言っていなかったか? もしかしてエージェント歴が長すぎて…? それなら、それなら私が普通の恋愛を教えてあげたい!!
……とまぁ恐らくこの脳内を覗かれたら、おまえも何を言っているんだ、と言われるオチだが、このときの私はこれが最善策だと思い込んでいた。
「ルシファー!」
「ん? どうしたんだ?」
「わたしっ……ルシファーともっと……恋人したい、なっ……だめ?」
「ぐ、」
弄ばれていた手を返して、逆にルシファーの手を握りしめ、上目遣い。これはルシファーから、ターゲットを油断させるためのテクニックとして教わったものだけれど、本当に効果はあるようだ。頬が赤く染まり、困ったように笑うルシファーはいつもより幼く見えた。
「ウェディングは、ほら、マリッジブルーなんて言葉もあるくらいだし、もう少し愛を育んでからでも遅くないでしょ? 私、ルシファーのこともっと知りたいの。それから……んっと……もっと、甘い時間、過ごしたい、な、なんて」
「っ……!」
「わぁっ!? るし、っんんぅぅ……!!」
もう一押しと、握った手をそのまま自分の頬に持っていき、すり、と擦り寄ったが早いか、ルシファーがガバリと私に覆い被さった。そうして奪われた唇は、貪られる以外の道はなく。
朝日がさすなか、私はルシファーによってクタクタになるまで啼かされた。
空の金星が太陽の光に隠されてしまうように、朝陽が昇り切ってから、私たちはまた眠りについたのだった。
こちらもこちらでめでたしめでたし。
お後はとても、よろしいようで。