◆Dead Drop
【番外編1】
ボス —— ルシファーが私のことをいたく気に入ってくれているのは初期の頃に嫌が応にも理解した。ルシファーが言う「訓練」は、これまですべて二人きりで行われていたし、それはあまりにも性的なものだったから。ボスの行動の理由は分からなかった。でも、何かおかしいと思いながらも断らなかったのは私なので、ルシファーを攻める気はなかった。
ルシファーは私に甘い言葉を吐かない。けれど一度だけ、私が媚薬にやられて欲を持て余した時に「好いている」と言われたことはあって、それだけを心の奥に留めて流されてきた。簡潔に言って、私は彼に惚れてしまったのだ。
きっとルシファーが手練れだからなのだろう、彼とのセックスはとても良かったし、加えて妊娠の心配もないという。それなら別に悪いことじゃないのかもしれないと、自分の常識が崩れてしまった。本当は、心から好きだと言われたかったけれど、所詮はお互いエージェントの身。真面目な恋仲になってミッションに影響が出るくらいなら、大人なドライな関係でいた方がきっといいと、本心は隠した。日がな彼の腕に抱かれながら心の中で叫んだ声はルシファーにはきっと届いていないが、それでいい。それが正しいのだと言い聞かせた。
まぁそんなこともあって、ナニをされようが怒ったりはしなかったし、ベッドの上で熱に浮かされた真っ赤な瞳を見るのは好きだったので、これまで従順にやってきた。が、まさか初めてもらった休日まで一緒に出かけることになろうとは、思いもよらなかった。
連れてこられたのはカイロプタラからプレゼンを受けたばかりの高級宿だ。私はこういった風貌の宿(この国の言葉では旅館というらしい)に慣れてはいなかったので、どうしたら良いかわからずキョロキョロと部屋を見回す。
「奥様とご旅行ですか?」
人の良さそうな案内の人が、ルシファーにそう投げかける。ギョッとしたのは私だけで、ルシファーはにこやかに頷いた。
「そうだ。たまには羽根を伸ばそうとしていたら、知人にこの宿がお勧めだと言われてな」
「それはそれは。ありがたいことでございます。こちらの離れは、本館から距離があって呼び出しがあった時以外には従業員も近付かないようになっておりますので、ご夫婦二人きりで静かにお過ごしいただけるかと思います」
「そうか。わかった」
「専用の露天風呂も付いておりますので、お好きなタイミングでぜひお寛ぎくださいね」
「ありがとう」
「それではどうぞごゆっくり」
私が何も言えないままで突っ立っていたからか、説明を終えた案内の人が、奥様にも一言と思ったらしく「素敵な旦那様ですね」とにっこり微笑んでから部屋を辞した。その手慣れた動作の間に、違います、と挟む暇もない。
広い部屋に二人残されてどうしたらいいかもわからず、それでも元来の旅行好きの血が「露天風呂」という初めて聞くワードに疼いたので、自分の後ろにあった大きな窓ガラスの方に目を向け。それから今までのことをすっぱり忘れるほどに驚いてしまった。
「わ、えっ……! すごい! 外にお風呂があるっ! お湯が溢れ出してる……これ、いま沸いてるの……?」
ガラスにぺたりと手を付いて、初めて見るそれに心を奪われている間に、ルシファーは私の背後に来ていたようで、私の手にそっと自分の手を重ねると、上からキュッと握った。途端跳ねたのは私の心臓。ひゅっと飲んだ吐息は、聞こえてしまっただろうか。
「気に入ったか?」
「っ、ぁ、」
私が返答に困っていると首筋に吐息がかかって、そのままチュッと口付けられる。まだ明るいのに、夜の甘い感覚が思い出されて「ン」と小さく喘ぎが漏れた。恥ずかしさから顔を背けようとしたが、それが許されるはずもなく。すでに囲われていた私は、簡単にルシファーの腕に囚われて、深く唇を奪われた。
「んぁ、っふ、んん、」
「っン、ふ、は、」
しばらく貪られる咥内。ルシファーの舌使いは巧みだ。一体このテクニックにどれだけの女性が虜にされ、騙されてきたのだろう。そう考えるとチクリと心が痛む。そんなのは分かりたくない感情だからと、私は目の前の……ルシファーにだけ集中したくて自らその首に、握られていない方の手を伸ばし、指先を髪に差し入れると彼の顔を引き寄せた。
キスの合間で、ふ、と嬉しそうにルシファーが笑う。ああ、もっと。この人の全てが私のものになったらいいのに。例えばここにいる間だけでも。
抱かれる度に注がれるのは偽りの愛かもしれないけれど。
(大好きよ、ルシファー)
私の愛は本物だって、いつか伝えてもいい日がくるといい、なんて。乙女チックすぎるかな。
ボス —— ルシファーが私のことをいたく気に入ってくれているのは初期の頃に嫌が応にも理解した。ルシファーが言う「訓練」は、これまですべて二人きりで行われていたし、それはあまりにも性的なものだったから。ボスの行動の理由は分からなかった。でも、何かおかしいと思いながらも断らなかったのは私なので、ルシファーを攻める気はなかった。
ルシファーは私に甘い言葉を吐かない。けれど一度だけ、私が媚薬にやられて欲を持て余した時に「好いている」と言われたことはあって、それだけを心の奥に留めて流されてきた。簡潔に言って、私は彼に惚れてしまったのだ。
きっとルシファーが手練れだからなのだろう、彼とのセックスはとても良かったし、加えて妊娠の心配もないという。それなら別に悪いことじゃないのかもしれないと、自分の常識が崩れてしまった。本当は、心から好きだと言われたかったけれど、所詮はお互いエージェントの身。真面目な恋仲になってミッションに影響が出るくらいなら、大人なドライな関係でいた方がきっといいと、本心は隠した。日がな彼の腕に抱かれながら心の中で叫んだ声はルシファーにはきっと届いていないが、それでいい。それが正しいのだと言い聞かせた。
まぁそんなこともあって、ナニをされようが怒ったりはしなかったし、ベッドの上で熱に浮かされた真っ赤な瞳を見るのは好きだったので、これまで従順にやってきた。が、まさか初めてもらった休日まで一緒に出かけることになろうとは、思いもよらなかった。
連れてこられたのはカイロプタラからプレゼンを受けたばかりの高級宿だ。私はこういった風貌の宿(この国の言葉では旅館というらしい)に慣れてはいなかったので、どうしたら良いかわからずキョロキョロと部屋を見回す。
「奥様とご旅行ですか?」
人の良さそうな案内の人が、ルシファーにそう投げかける。ギョッとしたのは私だけで、ルシファーはにこやかに頷いた。
「そうだ。たまには羽根を伸ばそうとしていたら、知人にこの宿がお勧めだと言われてな」
「それはそれは。ありがたいことでございます。こちらの離れは、本館から距離があって呼び出しがあった時以外には従業員も近付かないようになっておりますので、ご夫婦二人きりで静かにお過ごしいただけるかと思います」
「そうか。わかった」
「専用の露天風呂も付いておりますので、お好きなタイミングでぜひお寛ぎくださいね」
「ありがとう」
「それではどうぞごゆっくり」
私が何も言えないままで突っ立っていたからか、説明を終えた案内の人が、奥様にも一言と思ったらしく「素敵な旦那様ですね」とにっこり微笑んでから部屋を辞した。その手慣れた動作の間に、違います、と挟む暇もない。
広い部屋に二人残されてどうしたらいいかもわからず、それでも元来の旅行好きの血が「露天風呂」という初めて聞くワードに疼いたので、自分の後ろにあった大きな窓ガラスの方に目を向け。それから今までのことをすっぱり忘れるほどに驚いてしまった。
「わ、えっ……! すごい! 外にお風呂があるっ! お湯が溢れ出してる……これ、いま沸いてるの……?」
ガラスにぺたりと手を付いて、初めて見るそれに心を奪われている間に、ルシファーは私の背後に来ていたようで、私の手にそっと自分の手を重ねると、上からキュッと握った。途端跳ねたのは私の心臓。ひゅっと飲んだ吐息は、聞こえてしまっただろうか。
「気に入ったか?」
「っ、ぁ、」
私が返答に困っていると首筋に吐息がかかって、そのままチュッと口付けられる。まだ明るいのに、夜の甘い感覚が思い出されて「ン」と小さく喘ぎが漏れた。恥ずかしさから顔を背けようとしたが、それが許されるはずもなく。すでに囲われていた私は、簡単にルシファーの腕に囚われて、深く唇を奪われた。
「んぁ、っふ、んん、」
「っン、ふ、は、」
しばらく貪られる咥内。ルシファーの舌使いは巧みだ。一体このテクニックにどれだけの女性が虜にされ、騙されてきたのだろう。そう考えるとチクリと心が痛む。そんなのは分かりたくない感情だからと、私は目の前の……ルシファーにだけ集中したくて自らその首に、握られていない方の手を伸ばし、指先を髪に差し入れると彼の顔を引き寄せた。
キスの合間で、ふ、と嬉しそうにルシファーが笑う。ああ、もっと。この人の全てが私のものになったらいいのに。例えばここにいる間だけでも。
抱かれる度に注がれるのは偽りの愛かもしれないけれど。
(大好きよ、ルシファー)
私の愛は本物だって、いつか伝えてもいい日がくるといい、なんて。乙女チックすぎるかな。