◆Dead Drop

【第二十四話】

「は?」
「ですから、デビルズを抜けると、そう言ったのです。わたくしとアプリーリス、二人とも」
 昼下がり。バルバトスによって準備された豪華アフターヌーンティーをつついていたところ、そのバルバトスの口から発せられたとんでもない言葉は、デビルズメンバーを騒然とさせた。
「……また、唐突な申し出だな。とりあえず理由を聞こうか」
「子が産まれます。ですので危険なことはできません」
「……は?」
「子……って、」
「バルバトスと、リスのか?」
「その通りです」
「えーっ! いつの間にそんなラブラブマックスになってたのぉっ!?」
「だいぶ最初からだよアスモ……気づかなかったの? このリア充オーラに……」
 あまりにもハッキリキッパリ言い切るバルバトスの隣でアプリーリスは顔を真っ赤にうつむく以外できることがない。
「……そういうことなら仕方ない。しかし二人揃ってとはどういうことなんだ?」
「わたくしとアプリーリスは今日をもってデビルズを抜け、二人でカフェを経営します。そのため、仕事はいたしません」
 キッパリと口にされた未来図に、一瞬呆け、それから、はぁぁぁ、と盛大に溜め息を吐いたのはもちろんルシファーだ。組んでいた腕をほどき、頭をこんこんと叩くと、「もういい、行け」と二人を解放したのだった。
 そしてなぜだかわからないが、バルバトスがSeabedにも報告をと言って聞かないので、その足で連れ立ってSeabedにいるなうである。
「へぇ〜小リスちゃんとハナミノカサゴくんがねぇ」
「……ハナミノカサゴとはわたくしのことでしょうか?」
「たぶんそう。ルキオラは独特なあだ名つけるのよ」
「なるほど」
 顎をテーブルにつけてダルダルのルキオラは食えね〜のと蝙蝠っぽいから〜と笑った。一方のアルケドはさっきから固まって動かない。面白がったルキオラが目の前でヒラヒラ手を振るも戻ってこない。アプリーリスも首を捻るが、そんな彼女に「小リスちゃんは悪女だねぇ」と言われたのが耳に届く前にバルバトスにより耳を塞がれ、さらにチンプンカンプンである。やっとアルケドの意識が覚醒したころ、ワナワナと震えながらも手渡されたのは、耳元でしゃらりと揺れたら綺麗に光を反射しそうなピアスであった。
「これは……?」
「僭越ながら僕からはこのピアスをお祝いに贈らせてください」
「綺麗……! ありがとうアルケド、大切にするわ!」
「ええ、ぜひ、四六時中、いつでも、肌身離さず身につけてくださいね」
「……そちら、せっかくですので片方ずつ着けさせていただきませんか?」
「え?」
「ああ、そうよね! ルキオラともお揃いになるし、カイ、ナイスアイデア!」
「せっかくの、結婚祝い、ですから。ねぇ、アルケドさん?」
 互いに無言でニコニコ見つめ合う二人。その間でルキオラが「同族こぇ〜」と笑っていた。アプリーリスはもらったばかりのピアスに夢中で気づいていないが、もう随分前からこの二人はこんな感じである。ピアスもくまなく調べられることだろう。
「あっ! それでねアルケド、ルキオラ。私たちもカフェを開こうと思ってるのよ」
「そう、なのですか」
「へ〜いいじゃん! ま、小リスちゃんは食べることしかしないけどね〜」
「やだわルキオラ、私、意外と作る方もできるのよ?」
「エージェント業を辞したので、なにか安心してできることはないかと話し合いまして」
「どこまで嫌がらせをするおつもりでしょうか」
「嫌がらせなどしておりません。特に情報屋を担う予定もありませんから」
 またバチバチ火花である。
 アプリーリスは、今度はルキオラとメニュー論争をしていて気がつかなかった。
「機会は無いと思いますが、あったらお店にいらしてくださいね」
「アルケド、機会は作るものよ。いつかぜひ遊びにきて」
「行きましょう」
「決めんのはっや」
「さぁ、報告も終わりましたし、アプリーリス。そろそろ」
「そうね! それじゃあ……もうここに来ることはないかもしれないけど」
「天気のいい日にでも来てよ〜またパフェおごるし〜」
「そうですよ。水臭いです。外のテラスで『一般人』として、ぜひ」
「ふふっ! そういうことなら、落ち着いたらまた来るわね」
「わたくしと、アプリーリスと、それからお腹の子とで」
 またいらない一言を付け加えたあとニコッと笑ったバルバトスは、彼女の腰を取って促す。アルケドがピシッと固まったのを横目に二人はSeabedを出た。
 空は快晴。気分は晴れやか。二人の新たな生活を祝うかのようである。
「ねぇカイ……じゃなかった、えと……バルバトス」
「はい、なんでしょう」
「ち、近くない? 距離……」
 ぴったりという表現がまさしくお似合いなほどに、二人の距離はゼロである。指摘されたのをきっかけとして少しだけできた隙間。ふっとバルバトスが笑ったので、なんだか妙に恥ずかしくなって髪を弄ろうとし、しかし自分の指に違和感を覚えて視線を投げ、そこで言葉を失った。
「……ぇ……?、これ、」
「嵌めてから暫く経ったのですが、やっと気付いているようではカフェ経営の方が向いているのかもしれませんよ」
「だ、って、」
 しどろもどろなアプリーリスの髪をそっと耳にかけるとバルバトスは、徐に彼女に顔を近づけ、彼女にしか聞こえない小さな声でぽそりとこう告げた。
「結婚とは、いわば呪いのようなものです」
「、え?」
「絶対に逃れられない血の繋がりは持てない代わりに、男女は愛を誓う。生涯を共にしましょうと。このリングがわたくしとあなたを、この先ずっと繋ぎます。どこへ連れ去られようとも、逃げようとも」
 アプリーリスはその言葉にハッと目を見開く。そしてそれから、クスリと笑って添えられた手に手を重ねた。
「わたしが逃げる? バルバトスがそんなことを気にしているなら、舐めないで、って返そうかしら。アプリーリスは一度決めたことから逃げたりしない。それに…… わたしはバルバトスのことを愛してる。心配しないで」
「!」
「でも……何かあったら、地の果てまで助けにきてね?」
 数秒前の挑戦的な瞳から一転。こてん、と首を傾げたのはアプリーリスではなく、ただの女だった。
「わたくしも、もちろん愛していますっ、ンッ」
「んぅ……っふ、」
 もう片方の手も添えて、両方で彼女の顔を包み込んで。深く深く、口付けを。まだ式はできない。大々的にして、デビルズを知るものの耳に万が一でも入ったらならないから。でも誓うことは、いつだってどこだってできる。長い口付けが終わり、ちゅぅっと名残惜しそうにリップノイズが鳴った。静かに絡み合う視線に気恥ずかしさが混じる頃を見計らい、バルバトスは彼女の手を引く。
「さぁ、行きましょうか。わたくしたちの新居へ」
「っ……うん!」

 高い空に、一羽。真っ白な鳥が、祝福を讃えて飛んでいった。
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