◆Dead Drop
【第十四話】
半日と待たずして、IDカードを持った潜入チームはカジノのスタッフ口を潜った。入り込むこと自体は難なく成功し、それぞれの持ち場につく。すぐにわかったことは、会員制ゾーンに出入りするスタッフはごく数名に限られていることだった。奥の方にある「いかにも」な扉の向こう側へは、常に同じ顔ぶれが出入りしている。いくらIDがあってもあの中に紛れ込むのは難しいだろうと判断したアプリーリスは、インカムをトンっと叩き、通路二本を挟んだ場所で客にシャンパングラスを手渡していたカイロプタラに連絡をとった。
「カイ、聞こえる?」
「ええ」
「会員制ゾーンに、私たちスタッフがすぐに入ることは難しそうよ。入りそうな客から情報を聞き出す方向でいきましょう」
「プランBですね。承知いたしました」
「もしそれっぽい人がいたら連絡をとって、」
「でしたらキャットテールのところにいる大柄の男。彼は恐らくそちらの人間かと」
「え?」
「常に革手袋をしたまま。あれはあらゆるところに指紋が残らないような配慮でしょう。またわたくしが手渡したシャンパンに対して『普段のシャンパンと違うようだが』とおっしゃっておりました。こちらのカジノ、会員制ゾーンでは王室御用達のローラン・ペリエしか出さないようです。対して一般ゾーンではありふれた安物。一瞬バツの悪そうな表情をされていたことも踏まえると、まず間違いなく、普段からローラン・ペリエを嗜めるゾーンへ入っているのではないかと思われます」
「すご……」
思わずつぶやかれた言葉にはふふっと柔らかい笑い声が帰ってきて、ハッと我に返ったアプリーリスはコホンと咳払いをする。
「お褒めに預かり光栄です」
「ンンッ……! わかった。じゃあ今度は私がそいつに近づいてみる」
「お願いいたします」
そこでインカムの音声を落としたアプリーリスはスルスルとターゲットの元へと向かった。男が座るテーブルでは、いましがた一勝負が終わった様子。ディーラーのキャットテールがコインを回収している。
「ボウズ、強いな」
「それほどでも」
「だが俺の目は誤魔化せねえ。イカサマはよくないぜ」
「イカサマ? そういう言い方はよしてくれ。頭脳勝負と、そう言ってほしいかな」
「ほぅ? 言うねぇ。良いぜ。もう一勝負だ」
「臨むところだ」
どうやら先の勝負では、キャットテールが巧妙にイカサマをして勝ち星をおさめたらしい。カジノではある程度儲けさせた客の隙をついてその金額以上を回収する店側のイカサマシステムが横行することも珍しくはない。一攫千金は夢のまた夢、どころではなく、実力で奪い取るものということだ。
「へぇ〜! アンタやるのね。このディーラーのイカサマを見破った奴、今までいなかったわ」
「!」
「なんだ……っと、バニーガールか。悪くねぇな」
「シャンパンいかが?」
「いや、酒は後でしこたま飲む予定なんだ。今は遠慮しよう。それより嬢ちゃん、もっとこっちにこいよ。俺が勝つところまで見ていけ。な?」
「えーっ? どうしよっかな〜。私、これでも仕事中よ」
「かまやしねぇさ。何か言われたら俺がオーナーに一言いってやる」
「本当ぉ?」
他愛もない会話が交わされる。そんな中、男の右手がアプリーリスの尻へと伸びていった。アプリーリスとしては、尻の一撫でで情報が手に入るなら安いものだと、わざとそこを狙わせていたわけだが、それを許さなかったのはどこからともなく飛んできた一つのメダルだった。
「ッテェ!」
「え?」
「なんだ!?」
男の大声はカジノの喧騒にもみ消されたが、床に転がったメダルは存在を主張している。
思いもよらないアクシデントにアプリーリスが脳内を整理する間に、キャットテールがその場を取り持った。
「お客様、お怪我はございませんか」
「あ? 怪我ってほどのこたぁねぇけど」
「どうやらどこかの台からスロットメダルが飛んできたようです」
「どこかって……どこだよ」
「さぁ……私たちにも……」
曖昧な笑顔を取り繕ってはいたが、その目線の先にカイロプタラがいたことはここに記しておかなければなるまい。
その後、なんだかんだで重要人物のお気に入りとなったキャットテールとアプリーリスが聞き出した情報によれば、「明日の零時から会員制ゾーンで面白いショーが開かれる」ということだ。ちょうど潜入直後に目当ての闇取引が行われるとは好都合というべきだろう。アプリーリスは男と別れると、すぐさまモーニングスターへ連絡をとったのだが、なぜか繋がらない。ヤキモキしながらも別の連絡方法に切り替えて暗号電報をチャットに投げると、今度はスリーパーが取り持つルーレット台へと向かったのだった。
後に、その後ろ姿を神妙な顔つきで見守っていたカイロプタラに、「ご自身の身体をもっと大切にしなさい」と静かに諭されるなどとは思いもよらず。
半日と待たずして、IDカードを持った潜入チームはカジノのスタッフ口を潜った。入り込むこと自体は難なく成功し、それぞれの持ち場につく。すぐにわかったことは、会員制ゾーンに出入りするスタッフはごく数名に限られていることだった。奥の方にある「いかにも」な扉の向こう側へは、常に同じ顔ぶれが出入りしている。いくらIDがあってもあの中に紛れ込むのは難しいだろうと判断したアプリーリスは、インカムをトンっと叩き、通路二本を挟んだ場所で客にシャンパングラスを手渡していたカイロプタラに連絡をとった。
「カイ、聞こえる?」
「ええ」
「会員制ゾーンに、私たちスタッフがすぐに入ることは難しそうよ。入りそうな客から情報を聞き出す方向でいきましょう」
「プランBですね。承知いたしました」
「もしそれっぽい人がいたら連絡をとって、」
「でしたらキャットテールのところにいる大柄の男。彼は恐らくそちらの人間かと」
「え?」
「常に革手袋をしたまま。あれはあらゆるところに指紋が残らないような配慮でしょう。またわたくしが手渡したシャンパンに対して『普段のシャンパンと違うようだが』とおっしゃっておりました。こちらのカジノ、会員制ゾーンでは王室御用達のローラン・ペリエしか出さないようです。対して一般ゾーンではありふれた安物。一瞬バツの悪そうな表情をされていたことも踏まえると、まず間違いなく、普段からローラン・ペリエを嗜めるゾーンへ入っているのではないかと思われます」
「すご……」
思わずつぶやかれた言葉にはふふっと柔らかい笑い声が帰ってきて、ハッと我に返ったアプリーリスはコホンと咳払いをする。
「お褒めに預かり光栄です」
「ンンッ……! わかった。じゃあ今度は私がそいつに近づいてみる」
「お願いいたします」
そこでインカムの音声を落としたアプリーリスはスルスルとターゲットの元へと向かった。男が座るテーブルでは、いましがた一勝負が終わった様子。ディーラーのキャットテールがコインを回収している。
「ボウズ、強いな」
「それほどでも」
「だが俺の目は誤魔化せねえ。イカサマはよくないぜ」
「イカサマ? そういう言い方はよしてくれ。頭脳勝負と、そう言ってほしいかな」
「ほぅ? 言うねぇ。良いぜ。もう一勝負だ」
「臨むところだ」
どうやら先の勝負では、キャットテールが巧妙にイカサマをして勝ち星をおさめたらしい。カジノではある程度儲けさせた客の隙をついてその金額以上を回収する店側のイカサマシステムが横行することも珍しくはない。一攫千金は夢のまた夢、どころではなく、実力で奪い取るものということだ。
「へぇ〜! アンタやるのね。このディーラーのイカサマを見破った奴、今までいなかったわ」
「!」
「なんだ……っと、バニーガールか。悪くねぇな」
「シャンパンいかが?」
「いや、酒は後でしこたま飲む予定なんだ。今は遠慮しよう。それより嬢ちゃん、もっとこっちにこいよ。俺が勝つところまで見ていけ。な?」
「えーっ? どうしよっかな〜。私、これでも仕事中よ」
「かまやしねぇさ。何か言われたら俺がオーナーに一言いってやる」
「本当ぉ?」
他愛もない会話が交わされる。そんな中、男の右手がアプリーリスの尻へと伸びていった。アプリーリスとしては、尻の一撫でで情報が手に入るなら安いものだと、わざとそこを狙わせていたわけだが、それを許さなかったのはどこからともなく飛んできた一つのメダルだった。
「ッテェ!」
「え?」
「なんだ!?」
男の大声はカジノの喧騒にもみ消されたが、床に転がったメダルは存在を主張している。
思いもよらないアクシデントにアプリーリスが脳内を整理する間に、キャットテールがその場を取り持った。
「お客様、お怪我はございませんか」
「あ? 怪我ってほどのこたぁねぇけど」
「どうやらどこかの台からスロットメダルが飛んできたようです」
「どこかって……どこだよ」
「さぁ……私たちにも……」
曖昧な笑顔を取り繕ってはいたが、その目線の先にカイロプタラがいたことはここに記しておかなければなるまい。
その後、なんだかんだで重要人物のお気に入りとなったキャットテールとアプリーリスが聞き出した情報によれば、「明日の零時から会員制ゾーンで面白いショーが開かれる」ということだ。ちょうど潜入直後に目当ての闇取引が行われるとは好都合というべきだろう。アプリーリスは男と別れると、すぐさまモーニングスターへ連絡をとったのだが、なぜか繋がらない。ヤキモキしながらも別の連絡方法に切り替えて暗号電報をチャットに投げると、今度はスリーパーが取り持つルーレット台へと向かったのだった。
後に、その後ろ姿を神妙な顔つきで見守っていたカイロプタラに、「ご自身の身体をもっと大切にしなさい」と静かに諭されるなどとは思いもよらず。