◆Dead Drop
【第七話】
もう一人、女エージェントがほしい。こころあたりはないか。アプリーリスが帰るなり申し込まれたのは、こんな内容の依頼だった。
「この前あたしを入れたばっかりなのに?」
「いつお前が逃げ出すかわからないだろう」
「はぁ?! そんなことするわけないでしょ!! もらってる報酬の分はきちんとするわよ!」
「ほらみろ。報酬の分は、だろう」
「っあたりまえでしょ! 無賃なんてごめんだわ!」
喧嘩勃発。いつの間にやら歯に衣着せぬ仲になった様子なモーニングスターとアプリーリスを止めにはいるのはカイロプタラ以外にはない。
「落ち着いてください。新しいミッションが発生しただけなのでしょう? 普通に頼めばよいではないですか」
カイロプタラの言葉に溜飲が下がったアプリーリスはふすんと大きく息を吐きだしてふんぞり返る。
「なんなのよ。そうならそうと言えばいいじゃないの。素直じゃないんだから。カイみたいに明瞭かつ明確に伝えてくれたら私だって」
「はい、と素直に言うのか?」
「考えてやってもいいわ」
「全く……どこが素直だか」
こういったやり取りもなかなかに楽しんでいるのか、モーニングスターはにやりと口の端を歪めた。
「で? 心当たりは」
「そうねぇ。基本的に私は一人で行動してきたから。……でもまぁ思い当たるフシがないわけじゃないわ。少しだけ時間をちょうだい」
「待って二日だ」
「上等よ。あと、報酬はちゃんともらうから」
「連れてきたエージェントが俺の目に適うなら」
「馬鹿にしないで。ま、大船に乗った気でいなさい」
と、そんなやり取りを経て、今、アプリーリスはSeabedにいた。
「てなわけなのよぉー。アルケドぉ」
「おやおや。それはまた難題で」
「あのアカムツくん、めんどそうな顔してんもんなぁ」
「ルキオラ、わかる。それ、全面的に同意!」
大口を叩いたものの、エージェント・アプリーリスの素性を知るのはここのメンツくらいなもので。まずは頼みの綱! とやってきたわけだ。ちなみに今はアプリーリス一人である。着いていくと言ったカイロプタラがここを知っているのか定かではなかったので、守秘義務を盾に置いてきた。一応なりともこの場所はトップシークレットなのである。
「んー、俺は思い当たるコはいねーなー。一人、それっぽいのはいたけど。小エビちゃんはアズールんとこにやっちまったし」
「そう。アルケドは?」
「そうですね……、ああ、そういえば一人。この間、ルキオラが不貞寝しているときに」
「俺ェ?」
「ふふ、ルキオラはよく、奥のスペースで寝ているでしょう。その時にいらした方が女性でしたよ」
「へぇ? 一人で?」
「そうですね。どなたかに聞いた噂を頼りに来たと仰っていました。ここのロックを解除するくらいですから、暗号解読力は買えるのでは、と思いまして」
「あら。ここの暗号なんて簡単な方じゃなーい? だって、ディオスクーロ……」
「おや、噂をすれば、ですよ」
「え?」
アルケドのその言葉にチューッと潮風風味のミルクティーを飲みながら後ろを振り向いたアプリーリスは、サラリと長い髪が吹きもしない風に揺れるのを見た。パタンと扉が閉まって、女は伏せがちだった瞳をパチリと開く。見た目ではアプリーリスと同じくらいか、あるいは少し上かなくらいだろうか。自分以外に客がいることに驚いた様子でソワッと身体を固くしたのが見てとれた。なんと声をかけようかとアプリーリスが考えあぐねていると、アルケドが場をもつ。
「彼女、まだコードネームがないそうで。生まれ月を聞けば八月というものですから、乙女座から頭文字を取って、仮にVとそう呼ばせていただいています」
「V、ね」
「は、はい! はじめまして! えーっと、」
「私はアプリーリスよ。リスって呼んでね」
「リス、さん」
「ん」
そう言いつつ、アプリーリスは女のことを値踏みする。ここに入れるということは、ある程度の素質はあるのだろうが、さて。
「単刀直入に聞くけど、あなた、これまでエージェントとしての経験はいかほど?」
「えっと、その……」
「あ、謙遜とかはいいから。事実だけちょうだい」
「謙遜というか、その、ゼロ、です」
「……は?」
「始めたばかりなんです、エージェント業」
「……アルケド、ちょっといいかしら」
「はい。なんなりと」
女のことはルキオラに任せて、アルケドとアプリーリスは店の隅に移動した。コソコソと話すのはもちろん女についてである。
「あのさ、なんで勧めたの」
「勧めてはおりません。この間一人の初見さんがいらした、と言ったまで」
「はぁ〜〜……確かにね。期待したのは私が勝手に、だわ」
「そうでしょう。しかしながら、先ほども申し上げた通り、噂を聞いただけでここまで辿り着けるだけでも手腕はそこそこなのではないでしょうか。まぁ、エージェントとしての業績はまるでないそうですが」
「……他に何か聞いてることは?」
「身体能力に自信がないとは伺っています」
「ダメじゃない!」
クワっと叫び声を挙げたアプリーリスは、はぁああと大きな溜め息を吐きつつ頭を抱える。
「ただし、ご自身でも暗号解読には自信があると言っていました。その能力を僕たちが測ることはできませんね」
「む〜……困ったわね。私が連れて行ったら私がボスに叱られる可能性大じゃない」
「それは彼女が役に立たなかったら、でしょう。確かにドジを踏みそうな感じはぷんぷんしますが、そのくらいの方がオジサンを相手にするのがいいとあなた自身がおっしゃっていたではありませんか」
「それはあくまで見せかけの話よ……。それにその言い方、ボスがオジサンって言ってるようにも取れるわよぉ? まぁでも、ボスが気に入りそうな感じではあるのよね。私と全く違うタイプだから」
ははっと自嘲気味に笑うアプリーリスにニコニコと食えない笑みを返したアルケドは、ルキオラの出したパンケーキに目をキラキラさせる女を見ながら「ダメだったら、捨てるまでですよ」なんて怖いことを言う。そういう業界でしょう、ここは、と。
「慈悲など必要ありません」
「全くその通りよ。ただ、夢見は悪いわね」
「そのようなことを気にするような人だったとは」
「アルケドぉ?」
「ふふっ、冗談です」
「こんなことならデビルズに行かずにアルケドに永久就職しておくべきだったわ」
「それはそれは嬉しいことをおっしゃ」
「聞き捨てなりませんね。誰が、誰に永久就職ですか」
「!?」
音もなくアプリーリスの横に座っていたのは、声の主であるカイロプタラだった。当たり前のように口を出し、アプリーリスの肩を少し引き寄せている。アルケドを柔和に見つめているようにも見えるが、バチバチ火花を散らしているという方が正しいだろう。
「……いらっしゃいませ。本日は珍しいお客様が多いことで」
「か、カイ、いつ入ってきたの? 気づかなかった。っていうかSeabedのこと知ってたのね」
「ええ。お噂はかねがね。訪れたのは本日が初めてですが」
「あ、そ、そう、なのね」
「女性が見つかったのなら幸甚です。ミッションコンプリートですね。さぁ帰りましょう」
「え!? いや!? まだ決まったわけじゃ」
「わたくしたちがいくら悩んでもボスの意向が読めるわけではありません。連れて行きましょう」
「ま、まぁそれは」
「それでは失礼します。ア ル ケ ド さ ん」
「わ、ちょ、カイ、まっ、ま、またね〜! アルケドぉ〜! あ、Vは明日ここにまた来て! アジトに連れて行くから!」
ずるずる。半ば引きずられるような形で連れて帰られたアプリーリスに手を振りながら、アルケドは眉を八の字にしながらニタリと笑う。厄介なライバルができてしまったな、と。
もう一人、女エージェントがほしい。こころあたりはないか。アプリーリスが帰るなり申し込まれたのは、こんな内容の依頼だった。
「この前あたしを入れたばっかりなのに?」
「いつお前が逃げ出すかわからないだろう」
「はぁ?! そんなことするわけないでしょ!! もらってる報酬の分はきちんとするわよ!」
「ほらみろ。報酬の分は、だろう」
「っあたりまえでしょ! 無賃なんてごめんだわ!」
喧嘩勃発。いつの間にやら歯に衣着せぬ仲になった様子なモーニングスターとアプリーリスを止めにはいるのはカイロプタラ以外にはない。
「落ち着いてください。新しいミッションが発生しただけなのでしょう? 普通に頼めばよいではないですか」
カイロプタラの言葉に溜飲が下がったアプリーリスはふすんと大きく息を吐きだしてふんぞり返る。
「なんなのよ。そうならそうと言えばいいじゃないの。素直じゃないんだから。カイみたいに明瞭かつ明確に伝えてくれたら私だって」
「はい、と素直に言うのか?」
「考えてやってもいいわ」
「全く……どこが素直だか」
こういったやり取りもなかなかに楽しんでいるのか、モーニングスターはにやりと口の端を歪めた。
「で? 心当たりは」
「そうねぇ。基本的に私は一人で行動してきたから。……でもまぁ思い当たるフシがないわけじゃないわ。少しだけ時間をちょうだい」
「待って二日だ」
「上等よ。あと、報酬はちゃんともらうから」
「連れてきたエージェントが俺の目に適うなら」
「馬鹿にしないで。ま、大船に乗った気でいなさい」
と、そんなやり取りを経て、今、アプリーリスはSeabedにいた。
「てなわけなのよぉー。アルケドぉ」
「おやおや。それはまた難題で」
「あのアカムツくん、めんどそうな顔してんもんなぁ」
「ルキオラ、わかる。それ、全面的に同意!」
大口を叩いたものの、エージェント・アプリーリスの素性を知るのはここのメンツくらいなもので。まずは頼みの綱! とやってきたわけだ。ちなみに今はアプリーリス一人である。着いていくと言ったカイロプタラがここを知っているのか定かではなかったので、守秘義務を盾に置いてきた。一応なりともこの場所はトップシークレットなのである。
「んー、俺は思い当たるコはいねーなー。一人、それっぽいのはいたけど。小エビちゃんはアズールんとこにやっちまったし」
「そう。アルケドは?」
「そうですね……、ああ、そういえば一人。この間、ルキオラが不貞寝しているときに」
「俺ェ?」
「ふふ、ルキオラはよく、奥のスペースで寝ているでしょう。その時にいらした方が女性でしたよ」
「へぇ? 一人で?」
「そうですね。どなたかに聞いた噂を頼りに来たと仰っていました。ここのロックを解除するくらいですから、暗号解読力は買えるのでは、と思いまして」
「あら。ここの暗号なんて簡単な方じゃなーい? だって、ディオスクーロ……」
「おや、噂をすれば、ですよ」
「え?」
アルケドのその言葉にチューッと潮風風味のミルクティーを飲みながら後ろを振り向いたアプリーリスは、サラリと長い髪が吹きもしない風に揺れるのを見た。パタンと扉が閉まって、女は伏せがちだった瞳をパチリと開く。見た目ではアプリーリスと同じくらいか、あるいは少し上かなくらいだろうか。自分以外に客がいることに驚いた様子でソワッと身体を固くしたのが見てとれた。なんと声をかけようかとアプリーリスが考えあぐねていると、アルケドが場をもつ。
「彼女、まだコードネームがないそうで。生まれ月を聞けば八月というものですから、乙女座から頭文字を取って、仮にVとそう呼ばせていただいています」
「V、ね」
「は、はい! はじめまして! えーっと、」
「私はアプリーリスよ。リスって呼んでね」
「リス、さん」
「ん」
そう言いつつ、アプリーリスは女のことを値踏みする。ここに入れるということは、ある程度の素質はあるのだろうが、さて。
「単刀直入に聞くけど、あなた、これまでエージェントとしての経験はいかほど?」
「えっと、その……」
「あ、謙遜とかはいいから。事実だけちょうだい」
「謙遜というか、その、ゼロ、です」
「……は?」
「始めたばかりなんです、エージェント業」
「……アルケド、ちょっといいかしら」
「はい。なんなりと」
女のことはルキオラに任せて、アルケドとアプリーリスは店の隅に移動した。コソコソと話すのはもちろん女についてである。
「あのさ、なんで勧めたの」
「勧めてはおりません。この間一人の初見さんがいらした、と言ったまで」
「はぁ〜〜……確かにね。期待したのは私が勝手に、だわ」
「そうでしょう。しかしながら、先ほども申し上げた通り、噂を聞いただけでここまで辿り着けるだけでも手腕はそこそこなのではないでしょうか。まぁ、エージェントとしての業績はまるでないそうですが」
「……他に何か聞いてることは?」
「身体能力に自信がないとは伺っています」
「ダメじゃない!」
クワっと叫び声を挙げたアプリーリスは、はぁああと大きな溜め息を吐きつつ頭を抱える。
「ただし、ご自身でも暗号解読には自信があると言っていました。その能力を僕たちが測ることはできませんね」
「む〜……困ったわね。私が連れて行ったら私がボスに叱られる可能性大じゃない」
「それは彼女が役に立たなかったら、でしょう。確かにドジを踏みそうな感じはぷんぷんしますが、そのくらいの方がオジサンを相手にするのがいいとあなた自身がおっしゃっていたではありませんか」
「それはあくまで見せかけの話よ……。それにその言い方、ボスがオジサンって言ってるようにも取れるわよぉ? まぁでも、ボスが気に入りそうな感じではあるのよね。私と全く違うタイプだから」
ははっと自嘲気味に笑うアプリーリスにニコニコと食えない笑みを返したアルケドは、ルキオラの出したパンケーキに目をキラキラさせる女を見ながら「ダメだったら、捨てるまでですよ」なんて怖いことを言う。そういう業界でしょう、ここは、と。
「慈悲など必要ありません」
「全くその通りよ。ただ、夢見は悪いわね」
「そのようなことを気にするような人だったとは」
「アルケドぉ?」
「ふふっ、冗談です」
「こんなことならデビルズに行かずにアルケドに永久就職しておくべきだったわ」
「それはそれは嬉しいことをおっしゃ」
「聞き捨てなりませんね。誰が、誰に永久就職ですか」
「!?」
音もなくアプリーリスの横に座っていたのは、声の主であるカイロプタラだった。当たり前のように口を出し、アプリーリスの肩を少し引き寄せている。アルケドを柔和に見つめているようにも見えるが、バチバチ火花を散らしているという方が正しいだろう。
「……いらっしゃいませ。本日は珍しいお客様が多いことで」
「か、カイ、いつ入ってきたの? 気づかなかった。っていうかSeabedのこと知ってたのね」
「ええ。お噂はかねがね。訪れたのは本日が初めてですが」
「あ、そ、そう、なのね」
「女性が見つかったのなら幸甚です。ミッションコンプリートですね。さぁ帰りましょう」
「え!? いや!? まだ決まったわけじゃ」
「わたくしたちがいくら悩んでもボスの意向が読めるわけではありません。連れて行きましょう」
「ま、まぁそれは」
「それでは失礼します。ア ル ケ ド さ ん」
「わ、ちょ、カイ、まっ、ま、またね〜! アルケドぉ〜! あ、Vは明日ここにまた来て! アジトに連れて行くから!」
ずるずる。半ば引きずられるような形で連れて帰られたアプリーリスに手を振りながら、アルケドは眉を八の字にしながらニタリと笑う。厄介なライバルができてしまったな、と。