◆Dead Drop
【第六話】
「あー……長閑ねぇ……」
「ええ、全くです」
カポーン! 店先の苔落としが音を立て、また清流の静かな音が戻ってきた。羽衣ミッションが拍子抜けの呆気なさに終わったので、二人は団子屋で茶をしばいている最中である。
「ボスにも報告はいれたけど、せっかくだから報告書の作成時間くらいは日本にいていいって。私も暇を出されたかしらね」
「いえ、大方わたくしが共にいることに勘付いたのでは?」
「え?! いやいやいやまさか! ないよ!」
「ルシファーもあれでいてボスですからね」
「どうかなぁ……ていうか、リスちゃんの仕事がもうないだけかも? 私のお仕事、スポットなわけだし」
「それこそないでしょう。たった二回はされど二回。あなたの働きが認められたからこその今回の任務です。ルシファーも馬鹿ではありません。二度目があればこれからも、ですよ」
「そういうものかしらね……あっ! シカさん!」
そこにあった箱にチップを入れると鹿煎餅の袋を手に取って、アプリーリスは鹿の方にかけてゆく。バルバトスが、彼女は何をするつもりかとアプリーリスを見ていると、袋を開けてそこに手を突っ込み、煎餅を割っ……た瞬間、鹿に押し倒されてベロベロに舐め回されていた。そういうアクテビティなのかと思い静観しようかとも考えたバルバトスだが、やはりそうではないだろうと考え直すと、茶屋の店員に一言告げてからアプリーリスのほうへと歩み出す。
「ぶぇぇえ! カッ、カイっ、たす、けっぶひ!?」
「百戦錬磨のあなたでも動物には勝てないのですね。お手をどうぞ」
「びゃっ、わっ、」
「ふふっ、失礼しますね」
「わぁっ!?」
ふわり。アプリーリスの身体をバルバトスが抱き上げるときに彼女の手から煎餅の袋が落ちると、鹿たちはそちらの袋に夢中になった。
「ひぃん……! あ、ありがとう、カイっ!」
「お安い御用ですよ」
勢いで首に縋りついたアプリーリスを離すことなく、バルバトスはスタスタと歩き始める。んん? と頭にクエスチョンをたくさん並べたアプリーリスは、待って待ってとバルバトスに声をかけてみる。
「えっと、おろして?」
「まだ、危ないですから」
「危なくないわよ!? 私だって鹿煎餅さえなければっ」
「いいえ。ここはわたくしに任せてください。それに暴れると余計に目立ちますよ?」
なにをかくそうバルバトスはアプリーリスを抱き上げるのが好きだった、というより、人に世話を焼くのが好きだった。なので、アプリーリスのバディとして一緒に行動したり、何か起こればそれに対する策を考えたり、時に手を取り合ったりしているうちに、アプリーリスに対して並々ならぬ愛情を抱き始めていた。もとより「自分の仕事」を取られるのが嫌いな彼は、あたりまえのように自分の懐に入れた人間を取られるのも嫌いである。つまりはすでにアプリーリスは自分のものという認識であり、かつ、バディのポジションを誰に譲る気もなかった。
「か、カイはどうして私にこんなによくしてくれるの……?」
なんて、少しズレた質問だって愛おしいと思うくらいには。それをアプリーリスが理解する日は遠いかもしれないが、そういうことであった。
「あなた、わたくしのことを好意的に思っているでしょう?」
「好意的?」
「どちらかといえば好きでしょう、ということです」
「ん……そう、ねぇ……。カイは誠実だし、優しいし、信頼に値するわ。だから、好きね」
この何気ない一言が、後の未来を左右しようとは、誰も予想していなかったろう。仕掛人のバルバトス以外。
「そうでしょう。好意的に思われているなら、その人を嫌う理由はありませんから」
「なるほど」
その理屈ならなんとなくわかる、とアプリーリスは頷き、それから、じゃあこのまま旅館を探しに行きましょう、と提案したところで、ポシェットに入れていたスマホがぶぶぶと音を立てた。連絡なんて普段来ることは皆無なので一瞬何が起こったのかわからずぽかんとするも、「電話だ!」と、アプリーリスは慌ててスマホを手に取った。
「はれ? ボスから電話」
「の、ようですね。どうしたのでしょうか」
「わかんない……とりあえず出た方がいい、かしらね」
たしっ、と通話ボタンをタップするや否や、ろくに挨拶もなしに命令が飛んでくるあたりがモーニングスターらしかった。
『戻ってこい。緊急で頼みたいことがある』
「は……はぁ!? 馬鹿なこと言ってんじゃないのよ! ほんのさっきじゃない! あんたが言ったのよ、少し休暇」
『さっきはさっき、今は今だ。フライトはもう予約済だ。これからEチケットの番号と控えをメッセージする』
「ちょ、ま、」
『以上だ』
ブツッ。唐突に切られた電話に怒りを顕にしたアプリーリスはブルブル震えながら「人使い荒すぎ!」とこちらも通話終了のボタンをタップ。と同時に一通のメッセージが入る。そこにはフライトナンバーに添えて一言『席は二席確保した。隣の奴も連れて帰ってこい』とある。
「ふふ、やはり筒抜けでしたね」
「そういうとこばっかり!! 筒抜けになるなら私のこの「休暇がほしい!」ってところであってほしかったわ!」
「しかしこの便、もちろん国際便ですから……逆算するともうここを発たなければ間に合わないのでは?」
「えっ、あっほんと!! 何でこんなっも〜!! あとで覚えてなさいよボス!!」
「まずは空港に向かいましょう。話はそれから、ですね」
バルバトスの腕に抱えられたままであることも忘れ、二人はそのまま空港に戻ったのだった。
「あー……長閑ねぇ……」
「ええ、全くです」
カポーン! 店先の苔落としが音を立て、また清流の静かな音が戻ってきた。羽衣ミッションが拍子抜けの呆気なさに終わったので、二人は団子屋で茶をしばいている最中である。
「ボスにも報告はいれたけど、せっかくだから報告書の作成時間くらいは日本にいていいって。私も暇を出されたかしらね」
「いえ、大方わたくしが共にいることに勘付いたのでは?」
「え?! いやいやいやまさか! ないよ!」
「ルシファーもあれでいてボスですからね」
「どうかなぁ……ていうか、リスちゃんの仕事がもうないだけかも? 私のお仕事、スポットなわけだし」
「それこそないでしょう。たった二回はされど二回。あなたの働きが認められたからこその今回の任務です。ルシファーも馬鹿ではありません。二度目があればこれからも、ですよ」
「そういうものかしらね……あっ! シカさん!」
そこにあった箱にチップを入れると鹿煎餅の袋を手に取って、アプリーリスは鹿の方にかけてゆく。バルバトスが、彼女は何をするつもりかとアプリーリスを見ていると、袋を開けてそこに手を突っ込み、煎餅を割っ……た瞬間、鹿に押し倒されてベロベロに舐め回されていた。そういうアクテビティなのかと思い静観しようかとも考えたバルバトスだが、やはりそうではないだろうと考え直すと、茶屋の店員に一言告げてからアプリーリスのほうへと歩み出す。
「ぶぇぇえ! カッ、カイっ、たす、けっぶひ!?」
「百戦錬磨のあなたでも動物には勝てないのですね。お手をどうぞ」
「びゃっ、わっ、」
「ふふっ、失礼しますね」
「わぁっ!?」
ふわり。アプリーリスの身体をバルバトスが抱き上げるときに彼女の手から煎餅の袋が落ちると、鹿たちはそちらの袋に夢中になった。
「ひぃん……! あ、ありがとう、カイっ!」
「お安い御用ですよ」
勢いで首に縋りついたアプリーリスを離すことなく、バルバトスはスタスタと歩き始める。んん? と頭にクエスチョンをたくさん並べたアプリーリスは、待って待ってとバルバトスに声をかけてみる。
「えっと、おろして?」
「まだ、危ないですから」
「危なくないわよ!? 私だって鹿煎餅さえなければっ」
「いいえ。ここはわたくしに任せてください。それに暴れると余計に目立ちますよ?」
なにをかくそうバルバトスはアプリーリスを抱き上げるのが好きだった、というより、人に世話を焼くのが好きだった。なので、アプリーリスのバディとして一緒に行動したり、何か起こればそれに対する策を考えたり、時に手を取り合ったりしているうちに、アプリーリスに対して並々ならぬ愛情を抱き始めていた。もとより「自分の仕事」を取られるのが嫌いな彼は、あたりまえのように自分の懐に入れた人間を取られるのも嫌いである。つまりはすでにアプリーリスは自分のものという認識であり、かつ、バディのポジションを誰に譲る気もなかった。
「か、カイはどうして私にこんなによくしてくれるの……?」
なんて、少しズレた質問だって愛おしいと思うくらいには。それをアプリーリスが理解する日は遠いかもしれないが、そういうことであった。
「あなた、わたくしのことを好意的に思っているでしょう?」
「好意的?」
「どちらかといえば好きでしょう、ということです」
「ん……そう、ねぇ……。カイは誠実だし、優しいし、信頼に値するわ。だから、好きね」
この何気ない一言が、後の未来を左右しようとは、誰も予想していなかったろう。仕掛人のバルバトス以外。
「そうでしょう。好意的に思われているなら、その人を嫌う理由はありませんから」
「なるほど」
その理屈ならなんとなくわかる、とアプリーリスは頷き、それから、じゃあこのまま旅館を探しに行きましょう、と提案したところで、ポシェットに入れていたスマホがぶぶぶと音を立てた。連絡なんて普段来ることは皆無なので一瞬何が起こったのかわからずぽかんとするも、「電話だ!」と、アプリーリスは慌ててスマホを手に取った。
「はれ? ボスから電話」
「の、ようですね。どうしたのでしょうか」
「わかんない……とりあえず出た方がいい、かしらね」
たしっ、と通話ボタンをタップするや否や、ろくに挨拶もなしに命令が飛んでくるあたりがモーニングスターらしかった。
『戻ってこい。緊急で頼みたいことがある』
「は……はぁ!? 馬鹿なこと言ってんじゃないのよ! ほんのさっきじゃない! あんたが言ったのよ、少し休暇」
『さっきはさっき、今は今だ。フライトはもう予約済だ。これからEチケットの番号と控えをメッセージする』
「ちょ、ま、」
『以上だ』
ブツッ。唐突に切られた電話に怒りを顕にしたアプリーリスはブルブル震えながら「人使い荒すぎ!」とこちらも通話終了のボタンをタップ。と同時に一通のメッセージが入る。そこにはフライトナンバーに添えて一言『席は二席確保した。隣の奴も連れて帰ってこい』とある。
「ふふ、やはり筒抜けでしたね」
「そういうとこばっかり!! 筒抜けになるなら私のこの「休暇がほしい!」ってところであってほしかったわ!」
「しかしこの便、もちろん国際便ですから……逆算するともうここを発たなければ間に合わないのでは?」
「えっ、あっほんと!! 何でこんなっも〜!! あとで覚えてなさいよボス!!」
「まずは空港に向かいましょう。話はそれから、ですね」
バルバトスの腕に抱えられたままであることも忘れ、二人はそのまま空港に戻ったのだった。