◆一番星に口付けを

 欲しいものなど最初からたった一つしかなかった。それがこの手の内にあるのだとわかれば、可愛がりたくもなるもの。つまりはそういうことだ。

 俺たちの人間界デビューが話に上がってきたとき、マネージングを任されたのは入社したばかりの人間だった。それを兄弟は皆鼻で笑ったが、バルバトスはそんな俺たちを見て逆に失笑した。
人間界むこうのアイドル業界での経験があるそうです。せいぜいあなた方が手玉に取られないようご注意なさい」
 結果は御覧の通り。彼女は日々の大量の業務を愚痴一つ溢さず完璧にこなし、みごと俺たちをトップアイドルまで導いた。
 実績を認めさせた彼女がメンバーたちと良い関係を築くのに時間はかからなかった。というよりも、みな彼女にべたべたになったので、それを引きはがすのに一苦労するくらいだ。
 なぜ引きはがす必要があったか?理由なんて聞くまでもない。
「んっ……ふ、」
 腕を取って引き寄せ、腰を抱いて頭を固定する。口づけは深く、ゆっくり。優しく、静かに、犯してゆく。
 そのまま指を背中に這わせ、服の上からプツリとホックを外すと、ハッと見開かれた瞳と俺の視線が絡み合った。
「ふぐっ、ン、ぁふ」
「ふ、ハァッ」
 離れようと暴れるので少し強めに唇を押し付けて逃がさないぞと暗に訴える。その意図はすぐに通じて、諦めたとばかりに首に腕が巻き付いて来たのは良い気分だ。それをいいことにスッと抱き上げて、すぐそこにあったベッドに乗り上げると、彼女を押し倒して俺はその上に跨がった。
「っはぁ……いいな?」
「ン、は、ま、まって、そんな、ひゃ!?」
 乱れた衣服の間から手を滑り込ませ、肌をなぞる。その感覚にぴくんと跳ねた身体は隠せるはずもなく、真っ赤に染まる頬にキスを落として愛を囁いたのだった。
 それからしばらく。
 お楽しみもひと段落し、少し眠りの淵を彷徨ったあと、ぼんやりと覚醒した意識で彼女の体温を探すと、あろうことか俺に背を向けているではないか。む、と眉を顰めて手を伸ばす。何の迷いもなくその身体を背中から腕に収めた。
「ふぁ……?」
 さすがに目を覚ました彼女。しかし起き抜けの間抜けな声までも愛おしくて、くつりと笑いが漏れた。素肌が触れ合う感触が心地よく、無言でギュッと抱き続ける。
「んん……るしふぁ?ふふ、どうしたの?」
「……」
「む、寝たふり?ふーん、じゃあ私もるしふぁーのこと好きにしちゃお」
 そんなことを言ったかと思えば、腹に巻き付けていた俺の手を取り、指を絡めて遊び始めた。だんだんとそれでは物足りなくなってきたのか、もじもじソワソワし始める。つい先ほどまで自分の身体を暴いていた指を弄んでいるのだからそうなるのも頷けはするのだが、最後まで見届けたい気持ちが勝り、好きにさせてみることにした。
 すると。
「だいすきだよ、るしふぁー」
 呟くように聞こえた声のあと、掌に触れたのは柔らかな唇の感触。ここまでしてもらえれば満足で、これ以上黙っていることもないと勢いよく体勢を入れ替える。彼女を下に、自分は上に。ぱちくりと目を見開く表情は幼いのに、奥で燻る熱を魅せた。
「その言葉を吐いているときのおまえは、一番嬉しそうだ」
「っ!?」
「くくっ……真っ赤だな」
「い、いわない、でっ」
「いいじゃないか。俺もそう言ってもらえて嬉しい。ウィンウィンだ」
「!」
「愛してるよ」
 例えこの部屋を一歩出れば、マネージャーとアイドルの関係を装わなければならなかったとしても。これが本物で偽りのない気持ちだ。
「っ……わたしには、嘘つかないで」
「おまえはファンじゃなくて恋人だから、一時の夢を見せたりしない。これは本物だ」
「本物って信じられなかったら?」
「信じられるまで俺をくれてやる」
 不安は俺が呑み込んでやろうと、唇を喰むと、嬉しそうに吐息が揺れた。あとはお互い、気の向くままに求め合う。それだけで、充分。

 いつか俺たちの関係を公表できるような日が来たとしても、秘密のままでいるのも悪くないんじゃないかと。
 二人だけしか知らない理想郷で、ひっそりと、愛を語ろう。
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