◆一番星に口付けを
いつもと変わらない日々が続いていた。そんなことに安心できるようになるなんて、世界は一変するものだと春居はほぅっと息を吐きだす。
レッスンは順調、お披露目がてら出ている自社併設カフェライブでの固定客も徐々に増えてきたし、バルバトスと春居の関係も良好だ。メジャーデビューアルバムの売上に紐付き、ファンダムの盛り上がりもなかなかである。本日のレッスン終了後の様子は一味違った。
迎えにきたバルバトスから唐突に飛び出た言葉に、春居は固まるしかない。
「ここらで夏フェスに出ましょう」
「な、夏フェス?って、あの、大きな?」
「はい。実は先ほど、のっぴきならぬ事情で出演者枠が一つ空いてしまったとの通達がきました」
「エーッ!?」
「あれは基本はハードロック系アーティストのフェスなのですが、うちのNAGEKIもシークレットゲストで呼ばれていますしその辺りで萎縮する必要はありません」
「で、でも私、それに合うような楽曲は持ってな」
「作りました」
「はい?」
「原石を拾って参りました。当日はロックで挑みます」
「まっ、えっ?さっきロックじゃなくても萎縮するつもりはないとかって」
どんどん進む話に春居の頭は大混乱。固まった身体がやっと動き始めるも、そのまま座り込んでウンウン唸るしかなくなった。そんな彼女を他所にバルバトスはレッスンルームに立てかけてあったベースを手に取る。
「はぇ?プロフデューサー、あ」
ギャアアアアン!!
「!?」
バルバトスのベースから凄まじい電子音が響いて、ピャッと飛び跳ねた春居はパチクリと目を見開いた。彼がロックやヘビメタを好むであろうことはなんとなく感じていたが、まさか自身で弾けるとは思いもよらずである。
「え、え、プロデューサーって」
その間にバルバトスは胸ポケットから取り出したサングラスを着けた。スーツにサングラスにベースとはなんともアンバランスな組み合わせなはずなのに、バルバトスがやると似合ってしまうのがなかなか面白い。もう一度ギャギャァアアンと音がかき鳴らされて今度は春居の胸がドキドキと高鳴る。そうして手渡されたのはエレキギター。
「僭越ながら、ステージにはわたくしもあがらせていただきます」
「!!」
「ベースおよびエレキギターの知見はわたくしにもございますので、そのあたりの指導はカリキュラムを組み替えておこないます」
「えっ、えっ、でも歌、」
「ですから原石を拾いましたと申し上げたでしょう。歌詞はあなたが書いたものがあるではないですか」
「へ?」
「ハーデス」
ぴら、とバルバトスが取り出したのは春居がボツにした歌詞の案で、そこに描かれていたトゲトゲを纏うスピカがなんとも言えないオーラを醸し出している。
「そ、それはっ!!」
「こちらのデザインだと少しメタルよりになりますね。この歌詞ですとロックのほうが良いかと思います」
「なるほど!?」
「リディムはこちらに」
「リディム!?」
「ああ、音源のことです。そして当日はわたくしとセッションとなります。時間が許せば生バンドにも声かけいたしましょう」
「は!?へ!?」
どんどん決まっていく事項に目を白黒させる春居は、それでも生来の真面目さで必死で食らいつく。それから毎日、バルバトス先生のハードな練習が始まることとなる。時折鞭の音が聞こえたのだとはレヴィアタンの言葉だった。
これが、新生★ハーベストの誕生秘話である。
それからしばらく、やってきたのは夏フェス当日。舞台裏では早朝から慌ただしく準備が進んでいる。出演者が多いために一人一人のリハ時間はそう長くない。バミりと音出しなどの合わせ・チェックを早々に終えた春居は楽屋でスピカ ver.ロックを抱きしめてガタブルしていた。なにせステージも広ければ集客数も桁違いである。緊張は致し方ない。
「ハーベストちゃん、大丈夫ですよ、ほら、深呼吸!」
「それは私が教えてあげた方法だね!」
「もー!社長!今はそんなこと言ってる場合じゃないですよぉ!」
デビルキャニオンからも何組かの出演があるからか、今回は次期社長自らアイドルたちに声かけに来ているらしい。しかしそれどころではない春居はガチガチで、バルバトスの代わりとして新しく入社した秘書に肩をぽんぽん腕をさすさすとされていた。
「う〜む。バルバトス流のノウハウはないのかい?」
「彼女のことは心配しておりません。ステージに登れば変わりますので」
「本当ですか〜!?こんなに掌冷たくして、緊張してらっしゃるのに……」
「ふむ……。春居、いえ、ハーデス!」
「っ!!」
ど緊張の最中の春居は、バルバトスの声に反応してハッと顔を上げる。そんな春居の手を、今度はバルバトスが握った。
「あなたはもう一人前のアイドルです」
「……ッ、はい」
「パフォーマンスを、できますね?」
「……!」
ピンと張り詰めた糸がぷつりと切れた音がした。それは悪い音ではなく、彼女が解き放たれた音。楽屋備え付けのテレビにはリハの様子が映し出されていて、そこには別グループの姿があった。
「みんなーっ!アタシに魂、解放してくれるわよねーっ!」
力強い彼女の声が知らず春居の心にも染み込む。ワァアアア、と、今聞こえるはずもない大歓声が耳に届く。こんな幻聴なら悪くないと、春居はふっと口元に微笑みを浮かべた。
「ロック……」
「はい」
「一番暑い夏 に、してみせますっ……!」
「ええ、もちろんですよ」
二人の様子に顔を見合わせて笑った次期社長と秘書は、そっと楽屋を後にした。
さらに数時間後、フェス開幕。
迫り上がってきた舞台から飛び上がって登場したハーベスト、もとい、ロックなアイドルハーデスは、開口一番こう叫ぶ。
「お前ら全員!!!!アタシに堕ちろーっ!!!!」
初出演とは思えない堂々たるステージの幕開け。力強いリリックとリディムに会場の熱は最高潮。熱唱するハーデスの後方斜め左では、ベースを掻き鳴らすスーツにサングラスの男が異彩を放っていたとかいなかったとか。
ちなみに当日、司会者が体調不良で倒れるというハプニングがあったのだが、代役はなんとデビルキャニオンの警備員。そんなことで不甲斐ないぞと叫んでいたところ、発声が素晴らしいのとそのポテンシャルを買われ抜擢されたという話だ。
関係者席から彼の姿を見て一番驚いたのは、秘書であった。
「あのとき面接で一緒になったメフィストさんじゃない!!」
そう。彼もまた、ディアボロに人柄を買われてデビルキャニオンに入社していた者だった。
なんとまぁ、人の縁とは奇妙なものよ。
レッスンは順調、お披露目がてら出ている自社併設カフェライブでの固定客も徐々に増えてきたし、バルバトスと春居の関係も良好だ。メジャーデビューアルバムの売上に紐付き、ファンダムの盛り上がりもなかなかである。本日のレッスン終了後の様子は一味違った。
迎えにきたバルバトスから唐突に飛び出た言葉に、春居は固まるしかない。
「ここらで夏フェスに出ましょう」
「な、夏フェス?って、あの、大きな?」
「はい。実は先ほど、のっぴきならぬ事情で出演者枠が一つ空いてしまったとの通達がきました」
「エーッ!?」
「あれは基本はハードロック系アーティストのフェスなのですが、うちのNAGEKIもシークレットゲストで呼ばれていますしその辺りで萎縮する必要はありません」
「で、でも私、それに合うような楽曲は持ってな」
「作りました」
「はい?」
「原石を拾って参りました。当日はロックで挑みます」
「まっ、えっ?さっきロックじゃなくても萎縮するつもりはないとかって」
どんどん進む話に春居の頭は大混乱。固まった身体がやっと動き始めるも、そのまま座り込んでウンウン唸るしかなくなった。そんな彼女を他所にバルバトスはレッスンルームに立てかけてあったベースを手に取る。
「はぇ?プロフデューサー、あ」
ギャアアアアン!!
「!?」
バルバトスのベースから凄まじい電子音が響いて、ピャッと飛び跳ねた春居はパチクリと目を見開いた。彼がロックやヘビメタを好むであろうことはなんとなく感じていたが、まさか自身で弾けるとは思いもよらずである。
「え、え、プロデューサーって」
その間にバルバトスは胸ポケットから取り出したサングラスを着けた。スーツにサングラスにベースとはなんともアンバランスな組み合わせなはずなのに、バルバトスがやると似合ってしまうのがなかなか面白い。もう一度ギャギャァアアンと音がかき鳴らされて今度は春居の胸がドキドキと高鳴る。そうして手渡されたのはエレキギター。
「僭越ながら、ステージにはわたくしもあがらせていただきます」
「!!」
「ベースおよびエレキギターの知見はわたくしにもございますので、そのあたりの指導はカリキュラムを組み替えておこないます」
「えっ、えっ、でも歌、」
「ですから原石を拾いましたと申し上げたでしょう。歌詞はあなたが書いたものがあるではないですか」
「へ?」
「ハーデス」
ぴら、とバルバトスが取り出したのは春居がボツにした歌詞の案で、そこに描かれていたトゲトゲを纏うスピカがなんとも言えないオーラを醸し出している。
「そ、それはっ!!」
「こちらのデザインだと少しメタルよりになりますね。この歌詞ですとロックのほうが良いかと思います」
「なるほど!?」
「リディムはこちらに」
「リディム!?」
「ああ、音源のことです。そして当日はわたくしとセッションとなります。時間が許せば生バンドにも声かけいたしましょう」
「は!?へ!?」
どんどん決まっていく事項に目を白黒させる春居は、それでも生来の真面目さで必死で食らいつく。それから毎日、バルバトス先生のハードな練習が始まることとなる。時折鞭の音が聞こえたのだとはレヴィアタンの言葉だった。
これが、新生★ハーベストの誕生秘話である。
それからしばらく、やってきたのは夏フェス当日。舞台裏では早朝から慌ただしく準備が進んでいる。出演者が多いために一人一人のリハ時間はそう長くない。バミりと音出しなどの合わせ・チェックを早々に終えた春居は楽屋でスピカ ver.ロックを抱きしめてガタブルしていた。なにせステージも広ければ集客数も桁違いである。緊張は致し方ない。
「ハーベストちゃん、大丈夫ですよ、ほら、深呼吸!」
「それは私が教えてあげた方法だね!」
「もー!社長!今はそんなこと言ってる場合じゃないですよぉ!」
デビルキャニオンからも何組かの出演があるからか、今回は次期社長自らアイドルたちに声かけに来ているらしい。しかしそれどころではない春居はガチガチで、バルバトスの代わりとして新しく入社した秘書に肩をぽんぽん腕をさすさすとされていた。
「う〜む。バルバトス流のノウハウはないのかい?」
「彼女のことは心配しておりません。ステージに登れば変わりますので」
「本当ですか〜!?こんなに掌冷たくして、緊張してらっしゃるのに……」
「ふむ……。春居、いえ、ハーデス!」
「っ!!」
ど緊張の最中の春居は、バルバトスの声に反応してハッと顔を上げる。そんな春居の手を、今度はバルバトスが握った。
「あなたはもう一人前のアイドルです」
「……ッ、はい」
「パフォーマンスを、できますね?」
「……!」
ピンと張り詰めた糸がぷつりと切れた音がした。それは悪い音ではなく、彼女が解き放たれた音。楽屋備え付けのテレビにはリハの様子が映し出されていて、そこには別グループの姿があった。
「みんなーっ!アタシに魂、解放してくれるわよねーっ!」
力強い彼女の声が知らず春居の心にも染み込む。ワァアアア、と、今聞こえるはずもない大歓声が耳に届く。こんな幻聴なら悪くないと、春居はふっと口元に微笑みを浮かべた。
「ロック……」
「はい」
「一番暑い
「ええ、もちろんですよ」
二人の様子に顔を見合わせて笑った次期社長と秘書は、そっと楽屋を後にした。
さらに数時間後、フェス開幕。
迫り上がってきた舞台から飛び上がって登場したハーベスト、もとい、ロックなアイドルハーデスは、開口一番こう叫ぶ。
「お前ら全員!!!!アタシに堕ちろーっ!!!!」
初出演とは思えない堂々たるステージの幕開け。力強いリリックとリディムに会場の熱は最高潮。熱唱するハーデスの後方斜め左では、ベースを掻き鳴らすスーツにサングラスの男が異彩を放っていたとかいなかったとか。
ちなみに当日、司会者が体調不良で倒れるというハプニングがあったのだが、代役はなんとデビルキャニオンの警備員。そんなことで不甲斐ないぞと叫んでいたところ、発声が素晴らしいのとそのポテンシャルを買われ抜擢されたという話だ。
関係者席から彼の姿を見て一番驚いたのは、秘書であった。
「あのとき面接で一緒になったメフィストさんじゃない!!」
そう。彼もまた、ディアボロに人柄を買われてデビルキャニオンに入社していた者だった。
なんとまぁ、人の縁とは奇妙なものよ。