■2022/4までの読み切りログ(ルシファー)

意識が引き上げられると、久しぶりに瞼に明るい光が降り注いでいるのが分かった。ああそうか、今日は人間界にいるんだと、寝起きの脳が理解する。
隣で眠るルシファーは窓に背を向け、私のほうを向いているのでまだ起きる気配はなかった。元より朝は苦手なルシファーのことだ。私が起こすか、アラームがけたたましい音を立てない限りは目を覚まさないだろう。
昨日だって、執行部の仕事が…と言いながらも、約束通りに人間界に来てくれて、その上夜通し私を愛することも忘れなかったのだからその推測はきっと事実になるはずだ。
先に起きて朝食の支度でもしておいたら、ちょっとは見直してもらえるかもしれないと、どこか浮足立つ。
魔界のルシファーの部屋のベッドの何分の1しかない小さなそこを、狭いと言いつつも気に入ってくれていることには気づいていた。
ルシファーの寝顔を見ていたら、なんだか胸の奥がきゅぅんとして、私たち以外誰もいない部屋を見回すと、深呼吸を一つ。

「また後で起こしに来るね」

小さな声で囁いて、髪に触れるだけの口づけを贈っておいた。
なんだか満足してベッドを抜け出し、キッチンへ向かう私を、頬を染めたルシファーが見つめていたことを、私は知らない。

魔界で振る舞ってもらっていた朝食を思い浮かべつつ、準備を進める。
あそこでは定期的に八人分(と言いつつベールが人の何倍も食べるので実のところはもっとたくさん)を作っていたので、気づかないうちにすごく手際が良くなった。
テキパキと仕上げるのは英国風ブレックファースト。薄めのトーストは半分ずつ。それからサクサクのミニクロワッサン。その横にスクランブルエッグとカリカリベーコンを添えて。
あちら特有の飲み物はないから……とコーヒーと紅茶を並べて思案。どっちがいいだろう。ルシファーは気分によって飲み分けている気がするので勝手に準備するのは気が引けた。

「本人に聞いたほうが早いかな」

呟いて、クルリ、身体を反転しようとしたら、それを阻んだ二本の腕は、キッチンにつけられて私を囲う。

「!」
「一人でベッドを抜け出すとは……躾が足りなかったか?」
「っ、な、」
「おはよう」

掠れた低めの寝起きの声を耳元で発されて、一気に体温が高くなる。忘れていたはずの昨晩のことが思い出されて恥ずかしい。
けれどここで腰を抜かしていてはせっかくの朝食が台無しだ。ぐっと足腰に力をいれて、努めて冷静に挨拶を返す。

「おはっ、よう!!今、起こしにいこうと、思って、」
「おまえの体温がなくなって、冷えたから起きた」
「はひ!?」
「勝手なことをするな。風邪を引いたらどうしてくれるんだ」
「なっ、何言って、っあ、あくま、は悪魔風邪しかひかない、でしょっ!」

ぐりぐりと肩口に額を押し付けるそのしぐさは子どものようでときめきを隠せない。
実際は私よりも随分大きな背丈を無理に曲げているはずで、傍から見たら笑いものかもしれないけれど、そんなことは私たちには関係ない。大事なのは私の気持ちと、それからルシファーが幸せそうであること、それだけだ。
しかしだんだんと手の動きが怪しくなってきたのでそろそろ抗議しなくてはならない。柔くお腹のあたりで組まれていた指がシャツの裾を捲って肌に触れたところで本格的にストップをかけた。

「るし、ふぁ、も、だめ、」
「だめ?何がだ?」
「しらばっくれないの!ステイするよ!?」

精一杯の抵抗に、くすくす笑うと『それはごめんだ』と、案外素直に手を放してくれるあたり、今日は機嫌がいいらしかった。それからキッチンテーブルに乗った二つのプレートを見て言う。

「朝食を作ってくれたのか」
「うん!早く食べよ?人間界料理だってそこそこおいしいから」
「おまえが作ってくれるなら何だっておいしく感じるよ」

ほわんと笑うルシファーの破壊力は半端ない。本当、この悪魔は自分のスペックをちゃんと理解してほしい。あと服を着てほしい。

「そういう殺し文句はいいから!!ほら!早くテーブルについて」
「わかったよ」
「あ、ルシファー、飲み物は紅茶でいい?」
「……ああ、…そう、だな……」
「?」

飲み物のリクエストを取っただけなのに、なぜか神妙な顔つきになったルシファーは、私を上から見下ろしてじっと私を見つめる。
え、この数秒で何かしたっけ?と不安になってきて、ルシファー?と小さく尋ねると、返ってきた台詞は斜め上。

「……本来なら」
「え?」
「おまえを味わいたい、というべきところだろうが」
「は…………はぁ!?」

私の頬に指を滑らせながらとんでもないことを口走ったルシファーの瞳は、これでもかというくらい甘く蕩けて私を誘う。この流れに身を任せてしまったらいけないと、必死で目をそらすとクツクツと楽しそうに笑われて、ハッとする。

「か、からかったの!?」
「おまえの反応があまりにもかわいいから、つい、な。だが今はせっかく作ってもらった朝食が冷めないうちにいただこうか」
「っ~~!」
「おまえを食べるのはそのあとでも遅くないだろう?デザートにぴったりだからな」

ちゅっとほっぺに一つ、リップノイズを残してテーブルに向かうルシファーはいつの間にかガウンを羽織っていて、なんだかそこだけ映画のワンシーンみたいに別次元になってしまった。
悔しいけれど、勝てるわけない。
まだ熱の残る頬っぺたを撫でながら、私も席に着く。
魔界だって人間界だって、ルシファーがいれば、日常はこんなに素敵なものになる。愛しいあなたとまた一日を始めよう。

「いただきます!」

まずは愛情をたっぷり、召し上がれ。
13/26ページ