◆一番星に口付けを

 先日提出したレポートにまずまずの点数をつけてもらって一安心。やっとまともな業務に入れると思ったが、そうは問屋が卸さない。
「それで、これからの方針はたちましたか?」
 バルバトスさんからのこの一言は間違いなくくると思ってはいたが、あまりにも外さなくて内心で笑ってしまった。
「はい、もちろんです」
 私の返した言葉に対しては、お手並み拝見と言った視線が戻ってきたのみだった。GOサインが出たので、すぐに皆を集めてミーティングに入る。
「あなたたちの仕事を増やします」
「はぁ?今でもいっぱいいっぱいだってーの!つかきたばっかりのお前に言われる筋合いねーし」
 いの一番にそれに反応したのはマモンさんだった。彼は金儲けにしか興味がないように見えて、その実ファンを楽しませたい気持ちはピカイチにもっているパリピだったなと頭の中にプロファイルを思い浮かべる。
「みなさんは魔界のアイドルとしてすでに知名度も高くはなってきてはいますがトップとは言い難いこと、それから人間界のほうにも名を売りたいとのこと、それらを総合し、デビラを始めてもらいます」
「でびらぁ?」
「はい。正式名称をデビルライブ。ファンと直接交流できるライブツールです。バルバトスさんにかけあって導入してもらいました」
「えーっ!なにそれ面白そう!でもさぁ、今あるファンカムとかと何か違うの?」
 食いつきがいいのはやはりアスモデウスさんか。これも認識通りだと心中でガッツポーズ。
「ファンカムのような既存ツールでは網羅できない部分……例えば、ファンクラブ会員のみがアクセスできるSNSとしても機能させます。また、そこでなら個人的な番組をもつことも許可しますから、各々で受けた投げ銭は個人の収入にしてもらって構いません」
「マジか!」
「個人の番組ってことはじゃあチャンネル争いもなくなるんだね!よかったぁ!レヴィがゲーム配信し始めると長いからさぁ」
「ひどくない!?アスモだって美容ナンチャラ配信し始めたら大体午前様じゃん!?」
「ちなみに、番組は一人一つ必ずもってもらいます。配信周期は一旦個々にお任せしますが、あまりにも少ない場合は個別に話しかけるのでよろしくお願いしますね」
「あのさ、配信なんてしたことないから何やっていいかわかんないんだけど?」
 そう言ったのは末っ子のベルフェゴールさん。そんなときのための対策はすでに準備してあるのでペラガミ一枚を配布する。
「はい、これが参考ね。あなた達の趣味などなどから、こんなのはどうかなっていう例は出しておきました。あと、宿題として番組タイトルは自分で決めておくこと。その他質問は?」
 ぐるっと七人の顔を一人一人確認するが、リアクションがないのでこれで終わりとみなし、パンっと手を叩いた。
「じゃあ、今日のお仕事始めましょ!午前中は新曲のレコーディング。午後はダンスレッスンです。ところどころ別収録がある人には個別に声をかけるので、そのときはよろしくお願いします!十分後にまた集合ね、かいさーん!」
 誰からも否定の声が上がらないということは、そういうことだろう。みんなには一人一人にファンがいる。そしてそれがグループという大きな枠を支えている。だから誰か一人が疎かになるやり方ではいけない。得手不得手があることは理解しているが、やりたくないからやらない、では、三界一位を取ることなど到底不可能。だから全員平等にやってもらう。
 ファンはみんながみんならしくある姿を愛するものだ。このグループはすでに売れる要素を持っているのだから、あとは少し後押しするだけでいい。
「ふふっ、私もみんながどんなものを見せてくれるのか楽しみ!」
 廊下に出て一人になったところでホゥっと息を吐いたら緊張とはまた違った張り詰めたものが私の中から出ていった。じわじわと喜びが満ちてきて、「っしゃ!」と小さくガッツポーズした。その時だった。
「マネージャー」
「!」
 うわ、恥ずかしいところ見られちゃったかも、と声がした方へ振り向くと、そこにいたのはリーダーで、瞬時にキリッとした顔をつくる。
「どうしました?」
「いや、俺のデビルライブの資料のことなんだが」
「参考になりませんでしたか?それなら別案をすぐに」
「違う、そんなことじゃない」
「?じゃあ」
「なぜ俺が弾けることを知っている」
「……ああ、そんなことですか」
 少し拍子抜けして雑な返答になってしまったが、それは気にならないらしいルシファーさんは眉を寄せてただ回答を待つ。焦らすのは得策ではないと、言葉を紡いだ。
「観たからですよ」
「みた?何を」
「あなたの部屋と嘆きの館の中、それから今までの配信とか音楽番組全部」
「配信と音楽番組を全部だと?そんな時間、」
「二日もあったじゃないですか。まぁ言っても倍速で観たんですけど。だから知ってます。ただ、ルシファーさんの配信はほとんどなかったし、他のメンバーが少しだけ話していたのを拾っただけですけど」
「その上でこの資料を七人分作ったのか?」
「このくらい普通ですよ?」
「……君は」
「はい?」
 はぁ、と溜息をつかれても何をやらかしたのかわからず首を傾げると、顔を覆っていた手がそのまま私のほうに伸びてきたのでびくりと肩が跳ねてしまったが、それに反してルシファーさんの掌は、優しく優しく私の頭の上に下された。ぽんぽんと二度撫でられて、間抜けな声が漏れる。
「……へ?」
「俺たちはやるときはやる悪魔だ。君一人が背負う必要はない」
「それは」
 どういう意味ですか、と聴く前に、ルシファーさんはくるりと方向転換して今し方私が出てきたばかりの扉を開けた。未だ休憩中の皆に言うにはこうだ。
「お前たち。次の新曲、必ず人間界でも一位をとるぞ」
 その一言に、ぶわりと血が沸るのがわかった。そして同時に、どうしてルシファーさんがこのグループのリーダーであるのかも理解する。
「ルシファーが熱くなるの珍しいねっ!」
 とはアスモデウスさんのセリフ。
「俺はもともとそのつもりだった」
 とはサタンさんから。
「最初から目立っとけばあとが楽だもんね、賛成」
 と、ベルフェゴールさんが続く。
 皆がそれぞれやる気を見せてくれたのが嬉しくて、同じ方向を向いているのが誇らしくて、早速ウルッときたのを悟られないように、私は大きく拳を突き上げた。
「よっしゃー!取るぞ三界一位ーッ!!」
 そんな私を見るルシファーさんの瞳が柔らかく細められたところを私が見損ねたことだけは、今日の反省点だったかもしれない。

 それで、決まった番組名を公表しておくと、こうだ。

ルシファー:クラシック・シンドローム
マモン:未来予想!
レヴィアタン:レヴィのオタク講座
サタン:今週の一冊
アスモデウス:僕って美しい!
ベルゼブブ:ベールズキッチン
ベルフェゴール:ぼくASMR

 大方私の予想に外れはなかったのだが、実際始めてみると内容はてんでぐちゃぐちゃ。マモンさんなんて、「未来予想」とか大きいこと言ったくせに、初回の配信で「この番組は俺様、マモンと賭け事をする番組だ!」とか言っちゃって。
 でも思ったよりもファンにはウケが良く、だんだんと人間界のSNSでもトレンド入りを果たすようになったので、私はなんとか、バルバトスさんからお咎めを受けずにすんだのだった。
3/23ページ