■読み切りログ(ルシファー以外)
コンコン
軽く響いたノック音に、知らず口角が上がった。思惑通り、春居はわたくしの願いに背くことはできなかった様子。どうぞと声をかければ、失礼致しますと返事があり、それからスッと襖が開いて、深々とお辞儀をした春居がそこにいた。
「寝酒をお持ちいたしました」
「ありがとうございます、春居。こちらまで持ってきていただいても良いでしょうか」
「っ、は、はい」
しずしずと歩く姿は普段とは比べ物にならない上品さである。ただ、こちらの姿は素ではなくて作られたものだろうと思うと愛おしさが先行するのだが。
「こちらに置かせていただきます」
「ええ、ありがとうございます」
「お酒の種類を伺わなかったもので、勝手ながらこちらで選ばせていただきました」
徳利を傾けてお猪口に注がれる酒からは少しだけ湯気が立っていて、温めてきてくれたのだとわかる。細やかな心遣いで満たされる胸の内。これが、以前彼女が言っていた「故郷のおもてなし」というものか。
「どうぞ」
「春居もどうです?一杯」
「い、いらない!もう!……もう、お酒は、飲みません……」
「そうですか。それは残念。それでは失礼して」
香り高いそれを喉に流し込むと、上質なアルコールが鼻に抜けて、なるほど、これで酔えるなら最高のお楽しみだなと感じる。悪魔はデモナス以外では酔わないのでなかなか世知辛い。
「……素晴らしい。こちら、帰りに購入することは可能でしょうか」
「そう思う!?美味しいでしょう?うちと長年取引してくれてる酒造の一級品なの!バルバトスにぜひ飲んでほしくて……って……す、みません、お客様に」
「構いませんよ。しかし本当に……こちらは一人で楽しむには勿体無い味ですね」
暗に、どうですか?という意図で目配せをしたが、やはりフルフルと首を振られてしまい、仕方がないと苦笑を返した。
「そ、それでは私はこの辺で失礼します!」
「おや、もうですか?……ちなみにこの後のご予定は」
「もうあとはお湯をいただいて眠るだ……っなんでもない!」
「仕事は終わっているわけですね」
その返事を聞いたわたくしは、これぞ悪魔として生を受けて何千年で培ってきた「らしさ」とばかりに春居の腕を引いてそのまま布団に押し倒す。一瞬のことで何があったのかわからなかったのだろう。春居の腕を引いてそのまま布団に押し倒す。一瞬のことで何があったのかわからなかったのだろう、春居は鳩が豆鉄砲を喰らったかのようにポカンとして、そのあとボンっと頭から火を吹いた。
「ばっ、バルバトス!?」
「少々酔いが回ったようでして、介抱をお願いしても?」
「はぁ!?いやいやいやいや悪魔は人間界の酒には酔わないって前にマモンが!?」
「おや、ご存知でしたか」
「知ってるよ!だからほら、そんなフリしてないでどいて!?」
「据え膳をいただける場面でそれをしないとは悪魔としてどうかと思いまして」
「会話になってない!?バルバトス、ほんとにど、んぅっ!?」
「ンッ、」
春居は覚えていないかもしれませんが、あの日、初めてした口付けをなぞるように、深く深く吐息を交わすキスをして、逃しはしないと耳を手で塞ぐ。
ぴちゃり、くちゅり。わたくしと春居の唾液の音が咥内でこだまして気持ちがいいでしょう。煽るのは得意なんです。
「ん、は、ふぅっ……ぁ、んぅ」
「ッふ、はぁっ、春居、」
「ン」
鼻と鼻が擦り合うほどの近距離で、殊更優しく……と言っても甘言語なども使っていないわけで。名前を吐息に乗せて告げるだけで蕩けた表情が返ってきて良い気分になる。
「あなたは先日のことを無かったことにしたいようですが、わたくしはずっと待っていましたよ」
「んぇ、」
「いつも思わせぶりで、わたくしの気持ちを聞こうともしない。ですから酒の力と分かっていても、それを利用させていただきました」
「んな、」
「春居がわたくしをこんなふうにしたのですよ?自信を持って、そして諦めてわたくしのものにおなりなさい」
「そ、れは、どう、いうこと」
「わたくしもあなたを好いています、春居」
もう一度口付けを落とすと、今度は恐る恐るといった様子で、それでも唇が薄く開いたので、遠慮なく舌を滑り込ませた。今度は抵抗もなく受け入れられたキスは、何千年も生きる間に何事にも動じなくなったわたくしの身体に火をつけたようで。内心、驚きながらもその心地よい気分に酔った。
しばらく違いを貪りあった
のち、震える春居から舌を引き抜けば、回らない口で「ばるばとしゅ」と小さくわたくしを呼ぶので、はい、と応えると、一言「すきだよ」と告げられた。
「やっと素直になってくださいましたね」
「っ、も、逃げられない、よぉ……」
「悪魔を虜にしたのです、逃げられるわけがないでしょう」
「だってぇ……振り向いてもらえるなんて思ってもいなかったから」
くす、と苦笑する春居は、もう逃げるのも隠れるのもやめたようだ。さて、それでは本題といきますよ。
「ところでこのような状況では、わたくしも悪魔である前に男ですので」
「へ、!?ああああごめっ、じゃ、あの、どいて」
「いえ。このままいただいても?」
スッと春居の腰に腕を回し、スルリと帯締めを解くと、流石に何をされるのか勘付かれたので、逃げられる前に首筋に吸い付いてもう一度布団にその身体を沈めた。
「人間界の夜は開ければとてもわかりやすいでしょう?ですからそれまでお相手をお願いいたします」
「なぁっ!?そんなサービス提供してなっんぅうううう!」
少しムード作りを覚えましょうか、春居。わたくし、調教にも造詣が深いのできっと良い関係が築けるかと思います。
声を抑えながらとは、なかなかに良いものでした、というのは、明日の朝一番でわたくしが春居にささやいた言葉になることでしょう。
軽く響いたノック音に、知らず口角が上がった。思惑通り、春居はわたくしの願いに背くことはできなかった様子。どうぞと声をかければ、失礼致しますと返事があり、それからスッと襖が開いて、深々とお辞儀をした春居がそこにいた。
「寝酒をお持ちいたしました」
「ありがとうございます、春居。こちらまで持ってきていただいても良いでしょうか」
「っ、は、はい」
しずしずと歩く姿は普段とは比べ物にならない上品さである。ただ、こちらの姿は素ではなくて作られたものだろうと思うと愛おしさが先行するのだが。
「こちらに置かせていただきます」
「ええ、ありがとうございます」
「お酒の種類を伺わなかったもので、勝手ながらこちらで選ばせていただきました」
徳利を傾けてお猪口に注がれる酒からは少しだけ湯気が立っていて、温めてきてくれたのだとわかる。細やかな心遣いで満たされる胸の内。これが、以前彼女が言っていた「故郷のおもてなし」というものか。
「どうぞ」
「春居もどうです?一杯」
「い、いらない!もう!……もう、お酒は、飲みません……」
「そうですか。それは残念。それでは失礼して」
香り高いそれを喉に流し込むと、上質なアルコールが鼻に抜けて、なるほど、これで酔えるなら最高のお楽しみだなと感じる。悪魔はデモナス以外では酔わないのでなかなか世知辛い。
「……素晴らしい。こちら、帰りに購入することは可能でしょうか」
「そう思う!?美味しいでしょう?うちと長年取引してくれてる酒造の一級品なの!バルバトスにぜひ飲んでほしくて……って……す、みません、お客様に」
「構いませんよ。しかし本当に……こちらは一人で楽しむには勿体無い味ですね」
暗に、どうですか?という意図で目配せをしたが、やはりフルフルと首を振られてしまい、仕方がないと苦笑を返した。
「そ、それでは私はこの辺で失礼します!」
「おや、もうですか?……ちなみにこの後のご予定は」
「もうあとはお湯をいただいて眠るだ……っなんでもない!」
「仕事は終わっているわけですね」
その返事を聞いたわたくしは、これぞ悪魔として生を受けて何千年で培ってきた「らしさ」とばかりに春居の腕を引いてそのまま布団に押し倒す。一瞬のことで何があったのかわからなかったのだろう。春居の腕を引いてそのまま布団に押し倒す。一瞬のことで何があったのかわからなかったのだろう、春居は鳩が豆鉄砲を喰らったかのようにポカンとして、そのあとボンっと頭から火を吹いた。
「ばっ、バルバトス!?」
「少々酔いが回ったようでして、介抱をお願いしても?」
「はぁ!?いやいやいやいや悪魔は人間界の酒には酔わないって前にマモンが!?」
「おや、ご存知でしたか」
「知ってるよ!だからほら、そんなフリしてないでどいて!?」
「据え膳をいただける場面でそれをしないとは悪魔としてどうかと思いまして」
「会話になってない!?バルバトス、ほんとにど、んぅっ!?」
「ンッ、」
春居は覚えていないかもしれませんが、あの日、初めてした口付けをなぞるように、深く深く吐息を交わすキスをして、逃しはしないと耳を手で塞ぐ。
ぴちゃり、くちゅり。わたくしと春居の唾液の音が咥内でこだまして気持ちがいいでしょう。煽るのは得意なんです。
「ん、は、ふぅっ……ぁ、んぅ」
「ッふ、はぁっ、春居、」
「ン」
鼻と鼻が擦り合うほどの近距離で、殊更優しく……と言っても甘言語なども使っていないわけで。名前を吐息に乗せて告げるだけで蕩けた表情が返ってきて良い気分になる。
「あなたは先日のことを無かったことにしたいようですが、わたくしはずっと待っていましたよ」
「んぇ、」
「いつも思わせぶりで、わたくしの気持ちを聞こうともしない。ですから酒の力と分かっていても、それを利用させていただきました」
「んな、」
「春居がわたくしをこんなふうにしたのですよ?自信を持って、そして諦めてわたくしのものにおなりなさい」
「そ、れは、どう、いうこと」
「わたくしもあなたを好いています、春居」
もう一度口付けを落とすと、今度は恐る恐るといった様子で、それでも唇が薄く開いたので、遠慮なく舌を滑り込ませた。今度は抵抗もなく受け入れられたキスは、何千年も生きる間に何事にも動じなくなったわたくしの身体に火をつけたようで。内心、驚きながらもその心地よい気分に酔った。
しばらく違いを貪りあった
のち、震える春居から舌を引き抜けば、回らない口で「ばるばとしゅ」と小さくわたくしを呼ぶので、はい、と応えると、一言「すきだよ」と告げられた。
「やっと素直になってくださいましたね」
「っ、も、逃げられない、よぉ……」
「悪魔を虜にしたのです、逃げられるわけがないでしょう」
「だってぇ……振り向いてもらえるなんて思ってもいなかったから」
くす、と苦笑する春居は、もう逃げるのも隠れるのもやめたようだ。さて、それでは本題といきますよ。
「ところでこのような状況では、わたくしも悪魔である前に男ですので」
「へ、!?ああああごめっ、じゃ、あの、どいて」
「いえ。このままいただいても?」
スッと春居の腰に腕を回し、スルリと帯締めを解くと、流石に何をされるのか勘付かれたので、逃げられる前に首筋に吸い付いてもう一度布団にその身体を沈めた。
「人間界の夜は開ければとてもわかりやすいでしょう?ですからそれまでお相手をお願いいたします」
「なぁっ!?そんなサービス提供してなっんぅうううう!」
少しムード作りを覚えましょうか、春居。わたくし、調教にも造詣が深いのできっと良い関係が築けるかと思います。
声を抑えながらとは、なかなかに良いものでした、というのは、明日の朝一番でわたくしが春居にささやいた言葉になることでしょう。