◆一番星に口付けを
「あの!サタンさん、ですよね」
「は?……ああごめん、ファンの子か?一人だけ特別扱いをするのは禁止されてるから話ならミーグリのときなんかにお願いし」
「すみません!わたし、違うんです!この間のお礼をしたくてっ!これっ!」
出会いは必然か、偶然か。手渡されたのは、この日だけの特別な気持ちだったのかもしれない。
NAGEKIは人気アイドルグループゆえ、メンバーそれぞれがピンでの仕事も多くもっている。当たり前だがそれら全てにマネージャーがついて動けるわけもないので一人で行動することがほとんどだ。
今日の俺には、手持ちの仕事の中でも毎週の収録を楽しみにしている「サタンの図書館」の収録があった。オススメの本を紹介するという小一時間のコーナーだが、得意分野なので足取りも軽い。鼻歌なんか歌いつつ。しかし今日は局の前には事務所専用タクシーが一台もおらず関係者口で手持ち無沙汰に空を見上げていた。
冒頭の会話はそんな最中で起きた出来事だ。
関係者口付近には一般人は入れないはずだが?と訝しみながらもお決まりの文句を口にすれば、深く被った帽子と大きな丸メガネを外した女には見覚えがあった。
「君は……あのときの」
「突然呼び止めてすみません。先日は助けて頂いてありがとうございました」
そう言って頭を下げた彼女は朝のニュース番組でお天気キャスターを務める人物。ニュース番組の収録時間はとてつもなく早い。だから帰りの時間にも放送局まわりに人気 が無いのが常で、危険なことにも巻き込まれやすいとは噂で聞いていた。
その日、朝イチで仕事があった俺が、いかにも怪しい風貌の男と口論していた彼女を助けたのはたまたまの偶然だったのだが……。
「どうしてもきちんとお礼がしたかったんです。待ち伏せみたいなことをしてごめんなさい」
「いや、あれくらいお礼を言われるようなことじゃないよ。でも今度からは気をつけてほしいかな。いつも俺みたいなのがいるわけじゃないからね」
「はい!それはもちろん!今日だってしっかり変装して!」
変装というのはその帽子とメガネのことだろうか?あまりにも可愛い考えと、気合いの入った返事に、つい笑いが溢れてしまう。
「ははっ!そのぐらいじゃダメだ。変装っていうならこのくらいはしなくちゃ!」
「えっ!?」
俺がパチンと指を鳴らした刹那、肩ほどの長さの彼女の茶色がかった髪が、俺と同じ金色に変わる。彼女はビルのガラスに映る自分を見てポカンとした。
「す、すごい……!」
「これなら君とはわからないだろ?」
「サタンさんとお揃いです!」
前のめりになり、頬を上気させる姿はお世辞でなく可愛らしくて、皆に愛される理由がわかってしまった。お揃い、と言われ、柄にもなく胸が躍る。
「っ、でもこれは俺にしかできない芸当かもしれない」
「あっ……そう、ですよね……カツラじゃこんな風にはならないですもんね……どうしよう……」
「それなら、俺が君のために力を尽くしてあげるよ」
「えっ……」
「困っている人を見捨てるなんて、アイドルの風上にも置けないしね」
サッと名刺がわりのブロマイドを取り出して、裏面に連絡先とサインをした。業界人同士だ。このくらいなんの規則違反でもない。
「なにかあったら連絡して。どこかの番組で会うこともあるだろうし」
「ありがとうございます……!っあ、わ、わたしのも、」
「いや、大丈夫。そこに連絡してくれたら折り返すから。ね?……これはありがたくいただくよ」
手渡された紙袋を掲げたとき、ちょうどやってきたタクシー。彼女をその中にエスコートしながらウインクをひとつ。バタンと扉を閉めて運転手に合図をした。
「また、近いうちに会えたら嬉しい」
「っ、はい!」
発車したタクシーを見送ってから暫くはD.D.D.に連絡がないかソワソワ待つ日々が続いたので、メンバーみなに変なサタンと小突かれたのは、言うまでもない。
チョコレートは、まだ手をつけられずに残っている。彼女から連絡がきたら、開けるつもりだ。
「は?……ああごめん、ファンの子か?一人だけ特別扱いをするのは禁止されてるから話ならミーグリのときなんかにお願いし」
「すみません!わたし、違うんです!この間のお礼をしたくてっ!これっ!」
出会いは必然か、偶然か。手渡されたのは、この日だけの特別な気持ちだったのかもしれない。
NAGEKIは人気アイドルグループゆえ、メンバーそれぞれがピンでの仕事も多くもっている。当たり前だがそれら全てにマネージャーがついて動けるわけもないので一人で行動することがほとんどだ。
今日の俺には、手持ちの仕事の中でも毎週の収録を楽しみにしている「サタンの図書館」の収録があった。オススメの本を紹介するという小一時間のコーナーだが、得意分野なので足取りも軽い。鼻歌なんか歌いつつ。しかし今日は局の前には事務所専用タクシーが一台もおらず関係者口で手持ち無沙汰に空を見上げていた。
冒頭の会話はそんな最中で起きた出来事だ。
関係者口付近には一般人は入れないはずだが?と訝しみながらもお決まりの文句を口にすれば、深く被った帽子と大きな丸メガネを外した女には見覚えがあった。
「君は……あのときの」
「突然呼び止めてすみません。先日は助けて頂いてありがとうございました」
そう言って頭を下げた彼女は朝のニュース番組でお天気キャスターを務める人物。ニュース番組の収録時間はとてつもなく早い。だから帰りの時間にも放送局まわりに
その日、朝イチで仕事があった俺が、いかにも怪しい風貌の男と口論していた彼女を助けたのはたまたまの偶然だったのだが……。
「どうしてもきちんとお礼がしたかったんです。待ち伏せみたいなことをしてごめんなさい」
「いや、あれくらいお礼を言われるようなことじゃないよ。でも今度からは気をつけてほしいかな。いつも俺みたいなのがいるわけじゃないからね」
「はい!それはもちろん!今日だってしっかり変装して!」
変装というのはその帽子とメガネのことだろうか?あまりにも可愛い考えと、気合いの入った返事に、つい笑いが溢れてしまう。
「ははっ!そのぐらいじゃダメだ。変装っていうならこのくらいはしなくちゃ!」
「えっ!?」
俺がパチンと指を鳴らした刹那、肩ほどの長さの彼女の茶色がかった髪が、俺と同じ金色に変わる。彼女はビルのガラスに映る自分を見てポカンとした。
「す、すごい……!」
「これなら君とはわからないだろ?」
「サタンさんとお揃いです!」
前のめりになり、頬を上気させる姿はお世辞でなく可愛らしくて、皆に愛される理由がわかってしまった。お揃い、と言われ、柄にもなく胸が躍る。
「っ、でもこれは俺にしかできない芸当かもしれない」
「あっ……そう、ですよね……カツラじゃこんな風にはならないですもんね……どうしよう……」
「それなら、俺が君のために力を尽くしてあげるよ」
「えっ……」
「困っている人を見捨てるなんて、アイドルの風上にも置けないしね」
サッと名刺がわりのブロマイドを取り出して、裏面に連絡先とサインをした。業界人同士だ。このくらいなんの規則違反でもない。
「なにかあったら連絡して。どこかの番組で会うこともあるだろうし」
「ありがとうございます……!っあ、わ、わたしのも、」
「いや、大丈夫。そこに連絡してくれたら折り返すから。ね?……これはありがたくいただくよ」
手渡された紙袋を掲げたとき、ちょうどやってきたタクシー。彼女をその中にエスコートしながらウインクをひとつ。バタンと扉を閉めて運転手に合図をした。
「また、近いうちに会えたら嬉しい」
「っ、はい!」
発車したタクシーを見送ってから暫くはD.D.D.に連絡がないかソワソワ待つ日々が続いたので、メンバーみなに変なサタンと小突かれたのは、言うまでもない。
チョコレートは、まだ手をつけられずに残っている。彼女から連絡がきたら、開けるつもりだ。