◆一番星に口付けを
ここで働きたいと思えた会社で、心から惹かれた人に付いて仕事をする。それだけで彼女にとっては大満足であったが、この時期にソワソワしてしまうのは仕方のないことである。
「こ、これは別に、日頃のお礼、だからっ」
誰に聞かせるでもない言い訳を口の中で小さく転がして。真っ黒のショップバッグには金の文字で店名が書かれているだけ。どこからどうみても質の良い小ぶりのバッグの中身は、義理とは程遠い魔界の高級チョコレートだ。
バレンタインの行事はもともと魔界にはなかったものだったが、人間界からの輸入行事としてここ数年で爆発的人気イベントとなった。仕掛け人はもちろんデビルキャニオンだが、今はその詳細を語る必要はないだろう。重要なのはこの二週間の間、外に出るたびに「そうか!もうすぐバレンタインだねぇ!おお!あそこにチョコレートのオブジェがある!ああ、あっちにはLOVEなんて!ほらほら!」と、車の中で意味深に大騒ぎしていた次期社長・ディアボロへのチョコレートをどうするか。ただその一点だったのだから。
徹底的に調べ上げた社内規定には、社員へのチョコ贈呈禁止、なんて文字はなかった。アイドルに手作りのお菓子がくる可能性があるので、マネージャーは細心の注意を払うように、と指示があったのみだ。故に、秘書の秘書がディアボロに、買ったチョコレートを渡すのは、なんの問題もない……はずだ。喜んでもらえたらいいけど。いや、別にそういう意味で渡すわけでもないのだけど。
「いい?わたし。社長がいたら、『日頃の感謝の気持ちです!』。いなかったら、机の上にこのメモとチョコを置く。ただそれだけよ。できる、でき」
「おや?君、こんなところでなにを意気込んでるんだい?」
「!?!!」
タイミングがいいのか悪いのか、気合いを入れていたら声を掛けてきたのは、彼女がチョコレートを渡したかった張本人、ディアボロである。なぜいま、このタイミングで?だっていつもこんな早くに社長はいなくて!?と驚いたのも束の間。にこやかに、「おはよう!朝から君に会えるなんていい一日になりそうだ!」と笑うディアボロに、「あぁ、やっぱり私はこの社長の元で働けて幸せだなぁ」と思った彼女の口から飛び出したのは、トンデモナイ言葉だった。
「すきです」
「へ?」
キョトンと目を見開いたディアボロは、そのまま秘書をじっと見つめた。そこでハッと我に返った彼女だったけれど、音になった言葉を取り消すことはできるわけもなく取り繕うしかない。
「っちぁ!?!?あの!!いつもありがとうございますって言おうと!いえ!社長のことは尊敬していて!っっだからその!社長、これ、食べてください!!」
「これは……チョコレー」
「それじゃあサヨウナラ!!」
「えっ!?」
がちゃ!ばたん!
一瞬のうちに目の前の社長室の扉を開けて中に滑り込んだ伊彼女はそのまま部屋の鍵をかけてへなへなと座り込んだ。
「な、な、なんて、ことを」
昨日食べた茹でたこのように真っ赤な顔をどう隠せばいいと言うのか。わたしは、社長が、好きなの??そんなばかな。これはただの尊敬の念で、ああそうよ、これは尊敬の好きに違いない……本当に?と、ぐるぐる回る言葉たちが示すものは、さて、なんだろうか。
扉の向こうではディアボロが口元を隠しながら、手の中にあるチョコレートをひどく優しい瞳で見つめていたのだが、それは彼女の知らないところである。
「おーーい!ここは社長室だからわたしもここに……ってああ、困ったなぁ……困ったな……はは!嬉しいなぁ!」
バルバトスマネが出社するまで、あと三十分。
「こ、これは別に、日頃のお礼、だからっ」
誰に聞かせるでもない言い訳を口の中で小さく転がして。真っ黒のショップバッグには金の文字で店名が書かれているだけ。どこからどうみても質の良い小ぶりのバッグの中身は、義理とは程遠い魔界の高級チョコレートだ。
バレンタインの行事はもともと魔界にはなかったものだったが、人間界からの輸入行事としてここ数年で爆発的人気イベントとなった。仕掛け人はもちろんデビルキャニオンだが、今はその詳細を語る必要はないだろう。重要なのはこの二週間の間、外に出るたびに「そうか!もうすぐバレンタインだねぇ!おお!あそこにチョコレートのオブジェがある!ああ、あっちにはLOVEなんて!ほらほら!」と、車の中で意味深に大騒ぎしていた次期社長・ディアボロへのチョコレートをどうするか。ただその一点だったのだから。
徹底的に調べ上げた社内規定には、社員へのチョコ贈呈禁止、なんて文字はなかった。アイドルに手作りのお菓子がくる可能性があるので、マネージャーは細心の注意を払うように、と指示があったのみだ。故に、秘書の秘書がディアボロに、買ったチョコレートを渡すのは、なんの問題もない……はずだ。喜んでもらえたらいいけど。いや、別にそういう意味で渡すわけでもないのだけど。
「いい?わたし。社長がいたら、『日頃の感謝の気持ちです!』。いなかったら、机の上にこのメモとチョコを置く。ただそれだけよ。できる、でき」
「おや?君、こんなところでなにを意気込んでるんだい?」
「!?!!」
タイミングがいいのか悪いのか、気合いを入れていたら声を掛けてきたのは、彼女がチョコレートを渡したかった張本人、ディアボロである。なぜいま、このタイミングで?だっていつもこんな早くに社長はいなくて!?と驚いたのも束の間。にこやかに、「おはよう!朝から君に会えるなんていい一日になりそうだ!」と笑うディアボロに、「あぁ、やっぱり私はこの社長の元で働けて幸せだなぁ」と思った彼女の口から飛び出したのは、トンデモナイ言葉だった。
「すきです」
「へ?」
キョトンと目を見開いたディアボロは、そのまま秘書をじっと見つめた。そこでハッと我に返った彼女だったけれど、音になった言葉を取り消すことはできるわけもなく取り繕うしかない。
「っちぁ!?!?あの!!いつもありがとうございますって言おうと!いえ!社長のことは尊敬していて!っっだからその!社長、これ、食べてください!!」
「これは……チョコレー」
「それじゃあサヨウナラ!!」
「えっ!?」
がちゃ!ばたん!
一瞬のうちに目の前の社長室の扉を開けて中に滑り込んだ伊彼女はそのまま部屋の鍵をかけてへなへなと座り込んだ。
「な、な、なんて、ことを」
昨日食べた茹でたこのように真っ赤な顔をどう隠せばいいと言うのか。わたしは、社長が、好きなの??そんなばかな。これはただの尊敬の念で、ああそうよ、これは尊敬の好きに違いない……本当に?と、ぐるぐる回る言葉たちが示すものは、さて、なんだろうか。
扉の向こうではディアボロが口元を隠しながら、手の中にあるチョコレートをひどく優しい瞳で見つめていたのだが、それは彼女の知らないところである。
「おーーい!ここは社長室だからわたしもここに……ってああ、困ったなぁ……困ったな……はは!嬉しいなぁ!」
バルバトスマネが出社するまで、あと三十分。