■読み切りログ(ルシファー以外)

書斎で本を読んでいたら、ふと視線を感じた。
顔を上げると、斜め前で同じく読書に耽っていたはずのサタンがこちらを見ている。
珍しいこともあるものだと、眉を少し動かして何?と問うと、読んでいた本の表紙を見せられてこんなことを告げられた。

「ロマンチックだなと思ったんだ」

どうやらサタンは人間界でも有名な恋愛小説を読んでいた模様。
本当になんでも読むんだなぁと感心しつつも、サタンの言葉は私に若干の違和感を植え付ける。

「人間界に?どうして。私は魔法とかがある魔界の方がロマンチックだと思うけど」
「隣の芝は青いってやつかもしれないが」

そう前置きをして立ち上がったサタンはゆっくりと歩きながら私の隣まで移動してきてすとんと座り、また私の方に顔を向ける。
『確かに隣の芝は青いかもね』と平静を保ちつつ返事したつもりだったけど、だんだん早くなる鼓動に、きっとサタンは気づいているんだろう。

「人間界には朝、昼、夜があるだろ」
「あるね」
「魔界にはそれがない。ずっと月が沈まないし、ずっと真っ暗闇だ」
「ランプがたくさん灯ってるから、慣れちゃえば暗くも感じないけどね」
「俺は……」
「うん?」
「陽が登って明るくなり始めたその瞬間、カーテンの隙間から君にそれが降り注いだらきっと信じられないほど美しいんだろうなとか」
「は!?」
「夕陽が差し込む教室で君にキスしたら君の頬はそれと同じ色に染まるんだろうなとか」
「っへ!?」
「本を読んでその表現に触れるたびに、そんなことを想像するんだ」

こういうのをロマンチックと言わず、なんと言うんだ?と、控え目に笑うサタンは、悪魔とは思えないほどに美しい。
そっと頬に伸びてきた指先が私に触れると、それだけで体温が上昇する。きっと頬は真っ赤になってしまっていると思う。
キスだってその先だって許してきた仲ではあっても、些細な恋人同士のやりとりは何度でも甘く私の心を締め付ける。
私を見つめる青みがかった瞳に息が止まりそうになった。

「……」
「っ、サ、タン…?」
「……いや、君が好きだなと、思って」
「!?な、なに突然!」
「俺は君がいてくれるなら魔界でも人間界でも構わない」
「え……」
「これから先のことも考えておいてくれ」

そう言いながら距離を詰めてくるサタンからは、逃げる術などない。

「キスをしても?」
「ちょっ、ま、」
「まぁ、返事は聞かないけど」

サタンは人間界がロマンチックっていうけど。
唇が触れ合ったら、もうそこからロマンは始まってると、私は思うの。
今この瞬間も文字に書き起こしたら、一つの恋愛小説になるんじゃないかなって。
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