■読み切りログ(ルシファー以外)

 ディアボロ殿下のお墨付きプライベートビーチで海水浴をしよう!なんて誘われた、セレブな体験もひと段落。擬似的な太陽まで備えられたその区画は魔界でも人気のスポットらしく、プライベートビーチの枠外にも大勢の人が集まっていた。
 陽が落ちたら落ちたで今度は花火大会だと、兄弟たちが大騒ぎ。せっかくだからあなたの国の伝統衣装でも着ませんかと取り出された浴衣を身に纏った私と並ぶ皆が着ているのは甚平。見た目は外国人風なのにどんな服装でも似合ってしまう皆が憎い。私はちゃんと似合ってるかな?と不安になるのは、サタンくんがあまりにも完璧な笑顔を貼り付けて「よく似合ってるよ」と言ってきたから。その後は一向に目を合わせてくれない。皆が気を利かせてか、私とサタンくんを少し後ろに歩かせて二人きりにしてくれても、だ。当たり前だけど、そんな些細なこたがなんだか寂しくて、悲しくて。可愛く着飾ったって、サタンくんに本心で可愛いって言ってもらえないと意味がないと意気消沈。カラコロといかにも夏の音を立てながら歩いていたのもだんだんとゆるやかになり、ついには一人、道の真ん中で立ち止まってしまった。
 離れて歩いていた私の様子に振り返る者なんているはずもない。自分でしたことなのに置いてけぼりになったのに心細くなって、ぽつり呟いたのがこんなセリフだなんて、我ながら子どもみたいで恥ずかしかった。
「……サタンくん、おいていかないで」
「めいこ、どうした?」
「!」
 アスファルトに向いていた私の視界には入らない頭上から降ってきたのは大好きな声色。
足が痛むのか?おぶろうか?、なんて至極優しいことを言うものだから、驚くほど自然に本音がこぼれ落ちた。
「私、そんなに変?」
「ん?」
「似合わないならもう着ないから、はっきり言ってほしいの。サタンくんと目が合わないなら……サタンくんが見てくれないなら……こんなの意味ない」
「は?えっと、ちょっと待、」
「わたしのこと、ちゃんと見て?私のことだけ見て」
「落ち着いてくれ、そんなことはな、っ!」
 ぐっと背伸びしたのはサタンくんにキスするため。髪飾りについた鈴がチリンと小さく音を立てた。
 私からはうまくできないけど、唇に触れるだけの幼稚なものかもしれないけど。いつでも私だけ精一杯。
 こんなに好きにさせておいて、悪い|ヒト《悪魔》。
「ンッ……!」
「……なにが違うの?私だけこんなに好きで、好きで、大好きなのに!サタンくんは全然わかってな、ッ!」
「ん、ふっ……」
 言葉の途中で今度はサタンくんから口を塞がれた。ちゅっ、ちゅっと何度も何度も。喋るタイミングを失って、驚いて呼吸もおかしくなって、苦しさから咄嗟にギュッとサタンくんの服を引っ張ると、名残惜しそうに最後にちゅぅっと吸われた唇の端から吐息が漏れた。潤ったそれを親指でなぞられ、欲を孕んだ瞳に見つめられたら背を何かが駆け抜けた。ふるり。私の意志と関係なく、身体が震える。
「そんな眸で見ないでくれ」
「ぇ……」
「今日あまり目を合わせられなかったのは、明るい太陽の下で魅力的な装いをした君を見ていられなかったからなんだ」
「それっ、て」
「似合ってる、とても。水着も浴衣も似合いすぎて誰にも見せたくないくらい」
 すり、と頬を撫でる手のひらが熱くて。これじゃあ私のほっぺが赤いのか、サタンくんの体温が高いのかわからない。
「っ……わたしだって」
「?」
「もう夏なんてこなくていいのにって、思っちゃった」
「どうして?」
「プライベートビーチにいたとき、向こうの方から女の子たちが見てた。サタンくんのこと。だから、いやだった……だってサタンくん、彫刻みたいに綺麗な身体してるんだもん。今は暗いし、服を着ているからマシだけど、きっと人がいるところにいったらみんなサタンくんに見惚れちゃう」
「それは、嫉妬?」
「ッ……そうだよ嫉妬だよ」
「俺はいつも言ってるのに。君しか見えてないって」
「それでも。いつでも不安になるの。みんな、きっと私より魅力的だから」
 そこまで言うと、キョトンとしたサタンくんは少し間をおいて、嬉しそうにハハッと笑った。
「何で笑うの?!私は本気でっ、」
「君がそう言うならもう水着にはならないよ。でも君のために鍛えたんだから、君には見てもらいたいかな」
 その言葉の意味を私が理解したが早いか、畳み掛けるようにサタンくんは言った。
「今から部屋でじっくり見てもらっても?」
「……っ……二人、きり?」
「当たり前さ」
 二人でこっそり旅館への道を駆けて戻る。花火がなければ暗いからきっと気づかれないだろうとは思えど、ドキドキは大きくなるばかり。
 部屋に着いたタイミングで、ドォン、と一つ、光の華が暗闇に咲く。
 こんな夏の夜は二人きりを満喫したいな。
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