ほんの些細な綻びでも、彼女の心のことならば放ってはおけない。

「男子も女子もみんなルシファーのこと見てる。周りのことちゃんと見たことある？可愛い子もたくさんいるよ。こんなただの留学生よりずっと魅力的な子。私は…リリスとの繋がりがなかったらみんなに見向きもされないなんでもない人間で、っんぅ！？」

口付けで黙らせるなんて卑怯だ、と思われるかもしれないが、キスは俺がしたいときにする。
人前でなるべく彼女に対する感情を見せないようにしているのは、彼女が嫌な目に合わないようにだ。俺が俺のことをどう思っていようが、執行部メンバーには一人一人のファンクラブが存在し、その中に過激な輩が一人もいないとは言い切れない。彼女を守るには外ではなるべくそっけなく。そして内側に入れたら目一杯の愛情を。それが最善と思っていた。けれど彼女的にはそうではないらしい。今の発言を聞く限り、彼女はいつでも俺の一番でありたいと、そう言うことで間違いはないだろうか。
こんな夜を何度越えたかわからないが、彼女にはわからせなければならない。何度でも。俺が彼女を、彼女自身を、狂おしいほどに愛しているということを。
…そんなことをつらつら考えながら彼女を抱き潰して同じベットで眠る今、彼女は耳をすまさなければ聞こえないほど小さな寝息を立てながら、俺の腕の中で呼吸を繰り返していた。

「君は俺を翻弄するのが上手いな…」

さらりと落ちた髪を掬って後ろへ流し、そのまま耳を撫でて頬を包む。寝息と同じく小さな存在。誰よりも大切な兄弟たちとも違う。彼女に向けるのは、別の感情。
じっと見つめていると瞼が不自然に動いて、その奥からぽやんとして瞳が現れた。暫くぱちりぱちりと瞬きしたあと、双眸が俺を映す。

「すまない、起こしたな」
「…ううん、ぜんぜん、」
「まだ夜明けには程遠い。昨日も無理をさせたからな。もう少し眠るといい」

そう語りかける傍から恥ずかしそうに俺の胸元に顔を隠すものだから、逆に欲を煽られたが、何か言いたそうな雰囲気を感じとってじっと彼女の言葉を待つ。

「あの…お願いが、あって、」
「なんだ？ほしいものでもあるのか？言ってみろ。…もしやまだ俺が君のことをどう思っているか伝わらなかったとは言わないだろうな」
「っ！？ルシファーが、私のこと大切にしてくれるのはわかった、よーくわかったからそんなこと言わないよ！」
「ふ…それならいい。で、それならなんだ、お願いって」

髪を弄びながら問いかけると、少しの間の後口を開く彼女は、脈絡のないセリフをはいた。

「起きたらルシファーの香りがするから、ここ、大好きなんだけどね」

なにを言いたいのかわからず反応が遅れた俺に構わず、彼女は言葉を続ける。

「ここが心地よければ心地いいほど、自室で眠るとき少しだけ寂しいから…もしルシファーが私の部屋で何度か過ごしてくれたら、ルシファーの香りが移ってくれるかなって、そう思ったの」

お互いの部屋がそうなればもう少し安心できるかもしれないでしょ？、とは、どれだけ可愛らしいことを言っているか自覚がないのかもしれない。
その上、もぞもぞと胸元から顔が上がってきたかと思えば、ふや、と花畑でも目にしたかのようにとろりと微笑んで俺を見返すものだから、始末が悪い。あまりの可愛さに思わずその言葉を紡いだ唇を塞いでしまった。そのまま身体を反転して彼女に跨りながら甘い吐息を貪る。
そう。甘いのだ。彼女の何もかもが。
これが愛というものなのか？
我ながら馬鹿げた考えだが、それも悪くないと思えるほどに、俺は、彼女を、大切にしているのだと。
そうしているうちに無我夢中で俺の身体を這ってきた手は首に回され、指は髪に絡められて、ますます止まれなくなる。時折息継ぎのために隙間を開けるのすら憚られる。
溺れている。この俺が。たった一人の女に。
しかしそれすら愛おしい。

「っはぁ…！」
「ハッ…はぁ、ふ、」
「ンッ、も、はふっ、ハァッ…るし、ふぁ…ど、して…」
「息継ぎはさせてやったろう？」
「そうじゃなっ、」

二人の間を繋ぐ唾液は仄暗いライトに照らされてきらりと淫靡に煌めいた。名残惜しいが親指で拭ってやれば、んぅ、と悩ましい声が上がって、こちらの口角が上を向く。
もう一度触れるだけのキスをしてから、唇からゼロ距離で囁くように告げた言葉に、さて、どんな反応を示してくれるか楽しみだ。

「その願い、もちろん聞いてやるが、まずはもう一度君を骨の髄まで味わうのが先だ」

この大きなベッドはもう俺だけのものではない。ここから愛情が溢れた暁には、次はもちろん、君のベッドを満たしに行こう。