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高い空に浮かぶ雲が見える。
遠い地平線に目を向ければ、空と海とが溶け合っていた。
足元には芝生。ちらほらと小さな花も芽吹いている。
「行かなきゃ」
私の手には花束が握られていた。
なぜここにいるのかわからないのに、これからすることだけは明確にわかっていて、足がすくんだ。
それでも行かなければならない。あの場所には、行かなければならないのだ。
着いた先にあったのは、小さな、丸い、墓石。
誰のものなんて考えるまでもない。
「ジェイドさん、来ましたよ」
花束をふわりと墓石の前に置いてから静かに屈んで、そっと手を合わせる。
瞼の裏に浮かんだのは、ともに過ごした様々な記憶。
甘やかな痛みが胸を刺す。
「まさか、人魚のジェイドさんが、私より先に逝ってしまうなんて」
こちらの世界に来て数年経ってから気づいた。私が、年齢を重ねなくなっていたことに。
世界を跨いだ代償だったのかなんなのかわからないけれど、いつの間にか人魚の年齢すら追い越すくらいに生きていたらしい。
結果、ジェイドさんが先にこの世を去ってしまった。
ホロリと頬を伝っていった涙は、自らの靴の上に落ちる。
そのラベンダー色のラウンドトゥパンプスは、ジェイドさんがくれた最後のプレゼント。
これを履いてたくさんたくさん、たくさんの場所へ、二人で出かけた。
『すぐに疲れてしまう貴女でも、この靴ならきっと大丈夫です。どこまででも行けるよう、願いを込めておきましたから』
どんな魔法が施されたかわからないけれど、本当に、どれだけ歩いても疲れない不思議な靴だった。
どこまでも行けた。一緒にいきたかった。それなのに。
「ジェイドさん、会いたい…どうして…ずっと一緒って、言ったのに。どうして連れて逝ってくれなかったの…っ!」
その言葉を口にした瞬間に、ハッと意識が覚醒する。
目の前には、先ほどまで見ていた空も、海も、地平線も、もちろん墓石すらも、何もなかった。
そこにあったのは、真っ暗闇。闇に目が慣れると、見えてきたのはオンボロ寮の天井だった。
荒い自分の呼吸に、目尻から伝ってくる水の感触に、泣いていることを知る。
「は…ハっ…ぁ…ふ………」
「怖い夢でも、見ましたか?」
そっと涙を掬いとってくれたのは、ジェイド先輩の指だった。
熱い頬に触れた掌はじわりと私の体温を奪っていく。
その手に自分の手を重ねて、すり、と擦り寄ったら、もう片方の手で身体ごと引き寄せられ、ジェイド先輩の胸にぎゅっと収められた。
「怖い、怖い夢を、見ました」
「…どんな夢か、伺っても?」
「っ…ジェイド先輩が、いなくなっちゃう夢…」
「それは…僕にとっても恐ろしい夢ですね。つまり貴女と離れることになってしまいます」
「私だけ、この世界に取り残されちゃうの…。もう会えないと思ったら、怖くて、」
「泣かないで。僕はここにいます。貴女の隣に」
優しい声でそう言われても、確かな力で抱きしめられても、今さっき見た鮮明な景色は私の中から消えない。
だから私は、こう言った。
「ジェイド先輩が、もし、もしも私よりも先に寿命を迎えてしまったら、私も連れていって」
「…貴女の命を、僕が頂いてしまってもいいのですか?」
「はい」
「そうですか」
「一人でジェイド先輩の面影を追いかけるのは、嫌なの。一緒に終わりを迎えさせてください」
「貴女が望むなら。貴女の思いのままに」
「お願い…忘れないでくださいね、お願いです…お願い、」
頭をいったり来たりする大きな手の一定のリズムに、また夢の世界に誘われる。
いや、嫌なの。またあの夢を見たら、私は。
「大丈夫です。僕を信じてください。貴女を置いては、どこにも逝きません」
「ぜ…ったい…です、ょ…ゃく、そ…く…」
閉じた瞼の向こうで、ジェイド先輩がそれはそれは幸せそうな表情をしていたことを、私は知らない。
次に見た夢の内容は覚えていない。でも、何か優しい夢だった気がする。
貴方と、ずっと、ずっと一緒に。最期を迎える時ですら、一緒に。
私の命の一端は、ジェイド先輩、貴方が握っていてくださいね。
誰がなんと言おうと、これが、私たちの愛の形
遠い地平線に目を向ければ、空と海とが溶け合っていた。
足元には芝生。ちらほらと小さな花も芽吹いている。
「行かなきゃ」
私の手には花束が握られていた。
なぜここにいるのかわからないのに、これからすることだけは明確にわかっていて、足がすくんだ。
それでも行かなければならない。あの場所には、行かなければならないのだ。
着いた先にあったのは、小さな、丸い、墓石。
誰のものなんて考えるまでもない。
「ジェイドさん、来ましたよ」
花束をふわりと墓石の前に置いてから静かに屈んで、そっと手を合わせる。
瞼の裏に浮かんだのは、ともに過ごした様々な記憶。
甘やかな痛みが胸を刺す。
「まさか、人魚のジェイドさんが、私より先に逝ってしまうなんて」
こちらの世界に来て数年経ってから気づいた。私が、年齢を重ねなくなっていたことに。
世界を跨いだ代償だったのかなんなのかわからないけれど、いつの間にか人魚の年齢すら追い越すくらいに生きていたらしい。
結果、ジェイドさんが先にこの世を去ってしまった。
ホロリと頬を伝っていった涙は、自らの靴の上に落ちる。
そのラベンダー色のラウンドトゥパンプスは、ジェイドさんがくれた最後のプレゼント。
これを履いてたくさんたくさん、たくさんの場所へ、二人で出かけた。
『すぐに疲れてしまう貴女でも、この靴ならきっと大丈夫です。どこまででも行けるよう、願いを込めておきましたから』
どんな魔法が施されたかわからないけれど、本当に、どれだけ歩いても疲れない不思議な靴だった。
どこまでも行けた。一緒にいきたかった。それなのに。
「ジェイドさん、会いたい…どうして…ずっと一緒って、言ったのに。どうして連れて逝ってくれなかったの…っ!」
その言葉を口にした瞬間に、ハッと意識が覚醒する。
目の前には、先ほどまで見ていた空も、海も、地平線も、もちろん墓石すらも、何もなかった。
そこにあったのは、真っ暗闇。闇に目が慣れると、見えてきたのはオンボロ寮の天井だった。
荒い自分の呼吸に、目尻から伝ってくる水の感触に、泣いていることを知る。
「は…ハっ…ぁ…ふ………」
「怖い夢でも、見ましたか?」
そっと涙を掬いとってくれたのは、ジェイド先輩の指だった。
熱い頬に触れた掌はじわりと私の体温を奪っていく。
その手に自分の手を重ねて、すり、と擦り寄ったら、もう片方の手で身体ごと引き寄せられ、ジェイド先輩の胸にぎゅっと収められた。
「怖い、怖い夢を、見ました」
「…どんな夢か、伺っても?」
「っ…ジェイド先輩が、いなくなっちゃう夢…」
「それは…僕にとっても恐ろしい夢ですね。つまり貴女と離れることになってしまいます」
「私だけ、この世界に取り残されちゃうの…。もう会えないと思ったら、怖くて、」
「泣かないで。僕はここにいます。貴女の隣に」
優しい声でそう言われても、確かな力で抱きしめられても、今さっき見た鮮明な景色は私の中から消えない。
だから私は、こう言った。
「ジェイド先輩が、もし、もしも私よりも先に寿命を迎えてしまったら、私も連れていって」
「…貴女の命を、僕が頂いてしまってもいいのですか?」
「はい」
「そうですか」
「一人でジェイド先輩の面影を追いかけるのは、嫌なの。一緒に終わりを迎えさせてください」
「貴女が望むなら。貴女の思いのままに」
「お願い…忘れないでくださいね、お願いです…お願い、」
頭をいったり来たりする大きな手の一定のリズムに、また夢の世界に誘われる。
いや、嫌なの。またあの夢を見たら、私は。
「大丈夫です。僕を信じてください。貴女を置いては、どこにも逝きません」
「ぜ…ったい…です、ょ…ゃく、そ…く…」
閉じた瞼の向こうで、ジェイド先輩がそれはそれは幸せそうな表情をしていたことを、私は知らない。
次に見た夢の内容は覚えていない。でも、何か優しい夢だった気がする。
貴方と、ずっと、ずっと一緒に。最期を迎える時ですら、一緒に。
私の命の一端は、ジェイド先輩、貴方が握っていてくださいね。
誰がなんと言おうと、これが、私たちの愛の形