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授業終わりに廊下を歩いていると、中庭に彼女の姿を見つけた。
近づくと珍しくイヤホンをしており、スマホの画面を見つめている。
何を見ているんだ?と不思議に思って画面を覗き込む。
すると、広いステージで派手なスーツに身を包んだ男性が七人でパフォーマンスを繰り広げているのが目に留まった。
こういうことに疎い僕ですら耳にしたことがある。彼らは、今、ツイステッドワンダーランド中で流行しているトップアイドルグループに違いない。
それがわかったのはよしとする。
しかし、これだけ近づいても僕の存在に気づかないほど熱中しているとはどういうわけかと少しイラついて、スマホと彼女の間に手を差し入れると、驚いたような顔でやっと僕の方を向いた。
「随分集中していたようですね」
「びっ…くりした…アズール先輩、どうしたんですか」
「どうした、じゃないですよ。アイドルなんて見て。珍しい」
「ああ…この人たち、やっぱりこっちの世界のアイドルなんですね」
「は?」
「いえ…私の世界にもアイドルって呼ばれる人たちがいて…その人たちにあまりにも似ていたからつい見入ってしまいました」
理由を聞いて、しまった、と思った。
彼女が見ていたのは彼らそのものではなく、彼らを通した『向こうの世界』だったらしい。
けれど、かけた言葉はなかったことにはならないし、ここで謝っても何か変な雰囲気になるかと逡巡した。
それを感じ取ってか、彼女は『気にしないでください』と笑う。
「すごいですよねアイドルって。私の世界で私が好きだったアイドルは、どんな辛いことがあってもファンの前では完璧なパフォーマンスをする素晴らしい人たちでした。その裏で素人が考えられないような努力をして、それでも、その辛いところは見せたくない見せないって、笑顔だけ届けたいって、だから楽しんで笑ってって、僕たちを使ってって、そう言う人たちでした。もちろん、そんなアイドルたちを、私たちファンは応援という形で支えてると思ってたんですけど」
でも、もう会えないんですよね
僕ではないどこか遠くを見つめて、言った。
その言葉は湖に落ちた一滴の雫のように僕の心に波紋をつくる。
それがどちらの意味の「会えない」なのかはわからなかった。
彼女が口ずさむ歌はこちらの世界のものか、それとも?
語られる内容は、憧憬なのか哀愁なのか?
わからない。
わからないけれど、僕に一つ言えることは。
「そんな顔をするくらいなら、思い切り泣きなさい」
「、へ」
「僕の前だから我慢しているんですか?故郷に帰りたい、誰かに会いたい、と思う気持ちは悪いことじゃない。貴女のそれは弱さでも甘えでもない。その先にいるのが僕じゃないのは正直癪ですが、貴女の積み重ねてきたものを僕はほんの少ししか知らない。これから知っていけばいいと言い聞かせても、知らないものは知らないし見たこともなければ見ることもできない。だからそれに対してかけられる言葉はありません。薄っぺらい言葉をかけられたって虚しいだけだ。それならいっそ」
そこまで一気に吐き出して、はぁっ、と一つ大きく呼吸をした。
それからグッと彼女の頭を抱き寄せて胸に埋める。
「見ないから、見えないから、泣いたらいいです」
「…っ…先輩の方が辛そうなのに、わたし、だけ、泣けません、よっ…ふふっ…ッ、ふ…」
ジンワリと胸を冷やすのは彼女の悲しみが流れ込んだからではなくて、彼女が涙を流した証拠だ。
ホームシックになったって好きな時に帰れもしなければ、電話するところも、手紙を出すところもない彼女の不安はどんなものだろうか。想像もできないが、一つ確実なことはある。
「僕は貴女の過去を忘れさせるなんて残酷なことはしませんが、貴女が帰りたいと思う場所は用意してあげられます」
「っ、」
「僕の腕の中は貴女専用ですから。いつでも飛び込んできてください。楽しいことがあったときも、悲しいことがあったときも、どんなときでも構わないです」
髪を撫でながら、ね、と囁けば、小さな声で、わかりましたと返事がきて安堵する。
次第に嗚咽が落ち着いても、僕は彼女を離さなかった。
彼女の膝の上に落ちたスマホの中では、アイドルたちが笑顔を寄せあってピースサインしている。
僕はスーパースターにはなれないけれど、貴女だけのスーパーヒーローくらいにはならせてほしい。
だからいつでも呼び出して。
貴女の心は、僕が守る。
近づくと珍しくイヤホンをしており、スマホの画面を見つめている。
何を見ているんだ?と不思議に思って画面を覗き込む。
すると、広いステージで派手なスーツに身を包んだ男性が七人でパフォーマンスを繰り広げているのが目に留まった。
こういうことに疎い僕ですら耳にしたことがある。彼らは、今、ツイステッドワンダーランド中で流行しているトップアイドルグループに違いない。
それがわかったのはよしとする。
しかし、これだけ近づいても僕の存在に気づかないほど熱中しているとはどういうわけかと少しイラついて、スマホと彼女の間に手を差し入れると、驚いたような顔でやっと僕の方を向いた。
「随分集中していたようですね」
「びっ…くりした…アズール先輩、どうしたんですか」
「どうした、じゃないですよ。アイドルなんて見て。珍しい」
「ああ…この人たち、やっぱりこっちの世界のアイドルなんですね」
「は?」
「いえ…私の世界にもアイドルって呼ばれる人たちがいて…その人たちにあまりにも似ていたからつい見入ってしまいました」
理由を聞いて、しまった、と思った。
彼女が見ていたのは彼らそのものではなく、彼らを通した『向こうの世界』だったらしい。
けれど、かけた言葉はなかったことにはならないし、ここで謝っても何か変な雰囲気になるかと逡巡した。
それを感じ取ってか、彼女は『気にしないでください』と笑う。
「すごいですよねアイドルって。私の世界で私が好きだったアイドルは、どんな辛いことがあってもファンの前では完璧なパフォーマンスをする素晴らしい人たちでした。その裏で素人が考えられないような努力をして、それでも、その辛いところは見せたくない見せないって、笑顔だけ届けたいって、だから楽しんで笑ってって、僕たちを使ってって、そう言う人たちでした。もちろん、そんなアイドルたちを、私たちファンは応援という形で支えてると思ってたんですけど」
でも、もう会えないんですよね
僕ではないどこか遠くを見つめて、言った。
その言葉は湖に落ちた一滴の雫のように僕の心に波紋をつくる。
それがどちらの意味の「会えない」なのかはわからなかった。
彼女が口ずさむ歌はこちらの世界のものか、それとも?
語られる内容は、憧憬なのか哀愁なのか?
わからない。
わからないけれど、僕に一つ言えることは。
「そんな顔をするくらいなら、思い切り泣きなさい」
「、へ」
「僕の前だから我慢しているんですか?故郷に帰りたい、誰かに会いたい、と思う気持ちは悪いことじゃない。貴女のそれは弱さでも甘えでもない。その先にいるのが僕じゃないのは正直癪ですが、貴女の積み重ねてきたものを僕はほんの少ししか知らない。これから知っていけばいいと言い聞かせても、知らないものは知らないし見たこともなければ見ることもできない。だからそれに対してかけられる言葉はありません。薄っぺらい言葉をかけられたって虚しいだけだ。それならいっそ」
そこまで一気に吐き出して、はぁっ、と一つ大きく呼吸をした。
それからグッと彼女の頭を抱き寄せて胸に埋める。
「見ないから、見えないから、泣いたらいいです」
「…っ…先輩の方が辛そうなのに、わたし、だけ、泣けません、よっ…ふふっ…ッ、ふ…」
ジンワリと胸を冷やすのは彼女の悲しみが流れ込んだからではなくて、彼女が涙を流した証拠だ。
ホームシックになったって好きな時に帰れもしなければ、電話するところも、手紙を出すところもない彼女の不安はどんなものだろうか。想像もできないが、一つ確実なことはある。
「僕は貴女の過去を忘れさせるなんて残酷なことはしませんが、貴女が帰りたいと思う場所は用意してあげられます」
「っ、」
「僕の腕の中は貴女専用ですから。いつでも飛び込んできてください。楽しいことがあったときも、悲しいことがあったときも、どんなときでも構わないです」
髪を撫でながら、ね、と囁けば、小さな声で、わかりましたと返事がきて安堵する。
次第に嗚咽が落ち着いても、僕は彼女を離さなかった。
彼女の膝の上に落ちたスマホの中では、アイドルたちが笑顔を寄せあってピースサインしている。
僕はスーパースターにはなれないけれど、貴女だけのスーパーヒーローくらいにはならせてほしい。
だからいつでも呼び出して。
貴女の心は、僕が守る。