ワードパレット
名前変換設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
イソギンチャク事件のことを考えれば仕方ないものの、オクタヴィネル寮の人たちは悪徳業者というイメージが定着している。
けれどその事件の中心にいた私は真実を知っているので、とてもそうとは思えなかった。
たしかにやり方は汚かったものの、実際のところは契約を守り切れなかった生徒たちも悪いと言えば悪いのだ。
ジャックが言うように、実力でテストに挑もうとしなかったエースもデュースもそれからグリムも、悪かったと、私は思っている。
だから私は、オクタヴィネルの人たちを怖いとは思わないし、むしろ好きだとさえ感じる。
よくよく見ていると、立ち振る舞いも綺麗だし、頭脳も明晰だし、それに、優しいし。
そんなこんなでだんだんと近づいた距離に甘えてその懐に潜り込んでしまったら、抜け出せなくなってしまった。
「思い出してみれば、不思議な出会いだったなぁ…」
「はい?」
「いえ、先輩となんでこんな風に一緒にいられるようになったっけなって考えてて」
「……貴女ね…。今何をしているのかわかっていますか?」
「…………レポート…を、書いておりまする」
「そうですね。それで?何を考えていたんですか、貴女は」
「思い出を…アズール先輩との、」
「はぁ……」
心底呆れられた気がした。
アズール先輩は反応が大きいので何を思っているのか気配で感じ取りやすい。
「一瞬です!一瞬脳内が!ちょっとだけ!」
「脳内でお楽しみのところ申し訳ありませんね」
「ま、まって、待ってください」
「僕も暇じゃないんですよ。貴女がどうしてもというからこの世界の歴史について教えて差し上げているのに」
「わかってます!わかってますから!だからちゃんと取り組んでます!もうすぐ終わります!」
「ああ、慈悲の心で!貴女だから!貴女だからこそ、これほど親身に!」
「あああんごめんなさい!」
はあああ、と大きく溜め息をつかれては笑いで済ますこともできず、レポートをトントンと叩いた指に手を重ねて「いかないで!」と謝罪する。
スン、とした表情になったと思ったら、押さえられていない方の手で眼鏡のブリッジを押し上げたアズール先輩は、コホンと一つ、咳払いをした。
「…怒っちゃいました?」
「まぁ…なんです…。根を詰めすぎるのもよくありませんから」
「っですよね!」
「ここまでできていれば終わりも見えていますし、貴女の集中力も限界のようだ。一旦休憩にしましょうか」
「やったー!じゃあお茶淹れてきますね!」
「あ、その前に」
「?なんですか?」
立ち上がった私の腕をくい、と引いて、先輩は私を見つめる。
「その…僕と一緒にいるのに…何か、不満とか、あるんでしょうか」
「へ?」
「だ、だから!なんで出会いのことなど、考えたんです!?」
そのセリフの何が恥ずかしいのかわからないのだけど、頬を染めて苦々しく言葉を吐き出した先輩をきょとんと見つめた私。
コチ、コチ、と時計が秒針を刻む音がして、漸く私の時が動き出す。
「先輩が、優しいから」
「は?」
「どうして私にここまでしてくれるんだろうって。今までどうしてきたかなと思い出してました。彼女だって言っても、普通はこんなにしてくれないです」
「貴女のいた世界は、一体どんな荒廃した世界なんですか?」
「荒廃って…、そこまでではないですけど、なんていうか、こんなに紳士な人はあまりいなかったですね」
「理解に苦しみますね」
「うーん?勝手な想像ですけど、近しくなればなるほど何をしてもいい、何が起こっても受け止められる、って思うんでしょうかね?」
「親しき中にも礼儀あり、は世界共通じゃないんですか?」
「それすらも忘れてしまうってことなんじゃないですか?ある種、甘え、かなと」
いわゆる彼氏彼女とか夫婦とか、そういう親しい関係になればなるほど言葉も態度も雑になっていく気がするので、やっぱりそれは甘えなんだと思う。自分の発した台詞を改めて考えながら、うんうんと小さく頷いてしまった。
すると、先輩がふと、私から視線を外してこんなことを呟くので目を見開いた。
「じゃあ、貴女は僕に甘えられないと、そういうことですか?」
「え?」
「貴女の世界の常識では、お互いに分かり合えていれば甘えが出ると、そういうことでは?」
「違いますよ!あくまでも一般論です!私は、ちゃんと言葉や態度で示したほうがいいって思ってますよから、甘えたいときは言いますから!ほら、だってこうやって勉強見てもらうのだって甘えですよ」
だからね先輩、と続けながら、私の腕を引くその手をキュッと握って微笑んだ。
「先輩にはたくさん甘やかしてもらってますから、私も先輩を甘やかしたいと思っています」
「!」
「今まではそういう場面があまりなかったのですけど、これからはどんどん言いたいことを言ってくださいね!」
「っ…貴女は、どうして…」
もごもごと口ごもったその言葉は、残念ながら私の耳では聞き取れなかったけれど、その様子は悔しそうでもあり嬉しそうでもあり、なんだか心が暖かくなる。
「あ!えっと、じゃあ早速、甘え…と言えるかはわかりませんが、私、アズール先輩と、もっと思い出たくさん作りたいです!先輩のこと、もっとたくさん知りたい!」
「…!?」
「だからもう少し暖かくなって、もし先輩が故郷に帰ることになったら、ついていってもいいですか?」
「す、好きに、すればいいでしょうっ…!ですがそれは、その時は、僕の両親に会ってもらいますからね!?」
「本当ですか?絶対ですよ!ご両親にお会いできるの楽しみです…!ありがとうございます!」
「…そんな、そんなの…それは、ご挨拶というやつでは…?つまり彼女は僕と?いや、まぁそれはそうなんだが、まさかそんなことを相手から言われるなんて」
「?どうしたんですか?」
「い、いえなにも!?」
この世界で私が手を取った彼は、周りからは良い噂がない人ではあるのだけれど。
私に対しては世界一優しくて、気を許した相手には存外柔らかい人なんだ。
私は私の気持ちと目を信じて、この人についていこうと思う。
「ただ、僕は元の姿には戻りませんよ?」
「先輩が嫌なことを無理矢理させる趣味はないので、全然いいですよ。でもじゃあはたから見たら人間二人が海の中を漂ってるように感じるのかぁ。それはそれで面白いですね!」
「そういうのもいいんじゃないですか?」
「私たちらしいかも?」
「そういうことです。…さて、随分時間が経ってしまったので、お茶はまた後程頂くとしましょう」
「え?う、うそ、そんな、」
「休憩時間は終わりです。さっさとレポートを終わらせましょう」
「ええええ!?」
「ただし終わったら、」
そこで言葉を切った先輩は、私の腕を引っ張って、その腕の中にすっぽり収めてからこう言った。
『目いっぱい甘やかしてあげますから、覚悟しておきなさい』
この、アズール・アーシェングロット先輩に敵う日は、まだまだ遠いようである。
けれどその事件の中心にいた私は真実を知っているので、とてもそうとは思えなかった。
たしかにやり方は汚かったものの、実際のところは契約を守り切れなかった生徒たちも悪いと言えば悪いのだ。
ジャックが言うように、実力でテストに挑もうとしなかったエースもデュースもそれからグリムも、悪かったと、私は思っている。
だから私は、オクタヴィネルの人たちを怖いとは思わないし、むしろ好きだとさえ感じる。
よくよく見ていると、立ち振る舞いも綺麗だし、頭脳も明晰だし、それに、優しいし。
そんなこんなでだんだんと近づいた距離に甘えてその懐に潜り込んでしまったら、抜け出せなくなってしまった。
「思い出してみれば、不思議な出会いだったなぁ…」
「はい?」
「いえ、先輩となんでこんな風に一緒にいられるようになったっけなって考えてて」
「……貴女ね…。今何をしているのかわかっていますか?」
「…………レポート…を、書いておりまする」
「そうですね。それで?何を考えていたんですか、貴女は」
「思い出を…アズール先輩との、」
「はぁ……」
心底呆れられた気がした。
アズール先輩は反応が大きいので何を思っているのか気配で感じ取りやすい。
「一瞬です!一瞬脳内が!ちょっとだけ!」
「脳内でお楽しみのところ申し訳ありませんね」
「ま、まって、待ってください」
「僕も暇じゃないんですよ。貴女がどうしてもというからこの世界の歴史について教えて差し上げているのに」
「わかってます!わかってますから!だからちゃんと取り組んでます!もうすぐ終わります!」
「ああ、慈悲の心で!貴女だから!貴女だからこそ、これほど親身に!」
「あああんごめんなさい!」
はあああ、と大きく溜め息をつかれては笑いで済ますこともできず、レポートをトントンと叩いた指に手を重ねて「いかないで!」と謝罪する。
スン、とした表情になったと思ったら、押さえられていない方の手で眼鏡のブリッジを押し上げたアズール先輩は、コホンと一つ、咳払いをした。
「…怒っちゃいました?」
「まぁ…なんです…。根を詰めすぎるのもよくありませんから」
「っですよね!」
「ここまでできていれば終わりも見えていますし、貴女の集中力も限界のようだ。一旦休憩にしましょうか」
「やったー!じゃあお茶淹れてきますね!」
「あ、その前に」
「?なんですか?」
立ち上がった私の腕をくい、と引いて、先輩は私を見つめる。
「その…僕と一緒にいるのに…何か、不満とか、あるんでしょうか」
「へ?」
「だ、だから!なんで出会いのことなど、考えたんです!?」
そのセリフの何が恥ずかしいのかわからないのだけど、頬を染めて苦々しく言葉を吐き出した先輩をきょとんと見つめた私。
コチ、コチ、と時計が秒針を刻む音がして、漸く私の時が動き出す。
「先輩が、優しいから」
「は?」
「どうして私にここまでしてくれるんだろうって。今までどうしてきたかなと思い出してました。彼女だって言っても、普通はこんなにしてくれないです」
「貴女のいた世界は、一体どんな荒廃した世界なんですか?」
「荒廃って…、そこまでではないですけど、なんていうか、こんなに紳士な人はあまりいなかったですね」
「理解に苦しみますね」
「うーん?勝手な想像ですけど、近しくなればなるほど何をしてもいい、何が起こっても受け止められる、って思うんでしょうかね?」
「親しき中にも礼儀あり、は世界共通じゃないんですか?」
「それすらも忘れてしまうってことなんじゃないですか?ある種、甘え、かなと」
いわゆる彼氏彼女とか夫婦とか、そういう親しい関係になればなるほど言葉も態度も雑になっていく気がするので、やっぱりそれは甘えなんだと思う。自分の発した台詞を改めて考えながら、うんうんと小さく頷いてしまった。
すると、先輩がふと、私から視線を外してこんなことを呟くので目を見開いた。
「じゃあ、貴女は僕に甘えられないと、そういうことですか?」
「え?」
「貴女の世界の常識では、お互いに分かり合えていれば甘えが出ると、そういうことでは?」
「違いますよ!あくまでも一般論です!私は、ちゃんと言葉や態度で示したほうがいいって思ってますよから、甘えたいときは言いますから!ほら、だってこうやって勉強見てもらうのだって甘えですよ」
だからね先輩、と続けながら、私の腕を引くその手をキュッと握って微笑んだ。
「先輩にはたくさん甘やかしてもらってますから、私も先輩を甘やかしたいと思っています」
「!」
「今まではそういう場面があまりなかったのですけど、これからはどんどん言いたいことを言ってくださいね!」
「っ…貴女は、どうして…」
もごもごと口ごもったその言葉は、残念ながら私の耳では聞き取れなかったけれど、その様子は悔しそうでもあり嬉しそうでもあり、なんだか心が暖かくなる。
「あ!えっと、じゃあ早速、甘え…と言えるかはわかりませんが、私、アズール先輩と、もっと思い出たくさん作りたいです!先輩のこと、もっとたくさん知りたい!」
「…!?」
「だからもう少し暖かくなって、もし先輩が故郷に帰ることになったら、ついていってもいいですか?」
「す、好きに、すればいいでしょうっ…!ですがそれは、その時は、僕の両親に会ってもらいますからね!?」
「本当ですか?絶対ですよ!ご両親にお会いできるの楽しみです…!ありがとうございます!」
「…そんな、そんなの…それは、ご挨拶というやつでは…?つまり彼女は僕と?いや、まぁそれはそうなんだが、まさかそんなことを相手から言われるなんて」
「?どうしたんですか?」
「い、いえなにも!?」
この世界で私が手を取った彼は、周りからは良い噂がない人ではあるのだけれど。
私に対しては世界一優しくて、気を許した相手には存外柔らかい人なんだ。
私は私の気持ちと目を信じて、この人についていこうと思う。
「ただ、僕は元の姿には戻りませんよ?」
「先輩が嫌なことを無理矢理させる趣味はないので、全然いいですよ。でもじゃあはたから見たら人間二人が海の中を漂ってるように感じるのかぁ。それはそれで面白いですね!」
「そういうのもいいんじゃないですか?」
「私たちらしいかも?」
「そういうことです。…さて、随分時間が経ってしまったので、お茶はまた後程頂くとしましょう」
「え?う、うそ、そんな、」
「休憩時間は終わりです。さっさとレポートを終わらせましょう」
「ええええ!?」
「ただし終わったら、」
そこで言葉を切った先輩は、私の腕を引っ張って、その腕の中にすっぽり収めてからこう言った。
『目いっぱい甘やかしてあげますから、覚悟しておきなさい』
この、アズール・アーシェングロット先輩に敵う日は、まだまだ遠いようである。