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「先輩は、ペルソナって知っていますか?」
「ペルソナ?…聞いたことがありません。どこかの国の名前ですか?」
「いいえ、国じゃないです。ペルソナっていうのは、人間が他人に見せる表情のことです。人は立場によって見せる顔が全然違うから、仮面をつけているみたいって、そういうことらしいです」
「ああ、本当の自分はどこに、というやつですか?」
「そう、それです。なーんだ、やっぱり知ってるんですね」
「まぁ、多少はその類の本も読みますから。人を動かす立場なので、僕も」
あと少しで終わるから、と言われて、それなら少しだけと今日もVIPルームで待たせてもらう。この一時が、私は割と好きだ。先輩と話すと、何気ない会話から世界が広がるから楽しいのだ…とは、もちろん後付けの理由でしかなくて、本当は一分一秒でも長く傍に居たいだけなんだけれど。
「そんなことは、考えるほうがナンセンスなんですよ。例えば、」
そこで言葉を切ると、先輩は徐に椅子から立ち上がり、私の飲んでいた紅茶に断りもなく、ぽちゃんと一つ角砂糖を入れた。
「貴女はブラックティーがお好きですよね」
「え…ぁ、はい、そうですね」
「では僕が砂糖を入れた紅茶を持ってきたら、そんなものは要らない、捨てろ、といいますか?」
「まさか!美味しくいただきますよ!だってアズール先輩は多分その時に一番合う味にして持ってきてくれるに決まっているから」
「ほら」
「へ?」
自分から振った話題なのに、私の脳内がクエスチョンマークでいっぱいになる。
「その時々に合うものを提供するのは当たり前のことです。相手にとって悪いものを出していいことなど一つもない」
「!」
「原材料は同じアッサムティーであったりダージリンであったりニルギリであったり…それは様々ですが、紅茶に違いはありません。それに砂糖をいれようがレモンをつけようが、紅茶です。貴女は貴女、僕は僕。どんなときでもそれは変わりません。何を言われたのか知りませんが、悩むに値しませんよ」
スッパリと言い切られて唖然としてしまったが、そうか、どんな私も、私なのか。
「それがわからない輩には、貴女の魅力が伝わっていないのだからこちらから願い下げしてやればいい。ああでも、貴女の魅力は僕だけが知っていればいいので…この場合悩ましいですね」
「な、」
「笑顔も泣き顔も膨れっ面も困った顔も悩んでいる顔も、こうして悩み事をわざと隠して取り繕うところも、貴女のお友達にみせる顔もそれこそ僕と見つめあって数秒で恥ずかしがるところも、自分から強請りにくる表情も」
「ちょ、ちょっ、ま、」
「全部、愛おしくてーーすき、ですよ」
先輩の口から、滅多に聞けない二文字が飛び出て、ついに私は顔を両手で覆った。
けれどすぐに、弱く、しかし絶対に抗えない力でもってその手は剥がされ、先輩の双眸が私の深淵を覗きこむ。
「人にはそれぞれ向き不向きがある。隠された本心、隠された表情。もちろんそれら全て把握するのはいくら僕でもできません。ただ、それがふと浮かんだ時はできるだけ掬い上げていくのが良い支配人で…恋人、だと思っていますよ」
「さ、さすが、です…」
「ですから貴女がまたグラスを壊して凹んでいることもお見通しです」
「えっ!?」
「三度目ですからね、きっと本当に向いていないのでしょう。フロアに出てもらうと華があっていいのですが…今後はキャッシャーやお客様の案内に徹してください」
「うっ…役立たずですみません…」
「いいえ、役立たずなんて言ってはいません。自分の価値を勝手に決めつけないことですよ。向いている場所をもってもらうだけです。そこで成果を出してくれればそれでいい。それとも僕の好意が信じられませんか?」
そんな風にいうのは卑怯だ。先輩の好意を受けられる人なんてこの世には数人しかいない。自信をもっていいんでしょうか。こんな私でも。
「これからは…先輩が好きって言ってくれた自分を、大事にできるように、頑張ります」
「良い心がけだ。そんな貴女も好きですよ」
額に落とされた口付けは、とてもとても優しくて、ちょっぴり瞳が潤んだのを、やっぱり隠してしまった。
「ペルソナ?…聞いたことがありません。どこかの国の名前ですか?」
「いいえ、国じゃないです。ペルソナっていうのは、人間が他人に見せる表情のことです。人は立場によって見せる顔が全然違うから、仮面をつけているみたいって、そういうことらしいです」
「ああ、本当の自分はどこに、というやつですか?」
「そう、それです。なーんだ、やっぱり知ってるんですね」
「まぁ、多少はその類の本も読みますから。人を動かす立場なので、僕も」
あと少しで終わるから、と言われて、それなら少しだけと今日もVIPルームで待たせてもらう。この一時が、私は割と好きだ。先輩と話すと、何気ない会話から世界が広がるから楽しいのだ…とは、もちろん後付けの理由でしかなくて、本当は一分一秒でも長く傍に居たいだけなんだけれど。
「そんなことは、考えるほうがナンセンスなんですよ。例えば、」
そこで言葉を切ると、先輩は徐に椅子から立ち上がり、私の飲んでいた紅茶に断りもなく、ぽちゃんと一つ角砂糖を入れた。
「貴女はブラックティーがお好きですよね」
「え…ぁ、はい、そうですね」
「では僕が砂糖を入れた紅茶を持ってきたら、そんなものは要らない、捨てろ、といいますか?」
「まさか!美味しくいただきますよ!だってアズール先輩は多分その時に一番合う味にして持ってきてくれるに決まっているから」
「ほら」
「へ?」
自分から振った話題なのに、私の脳内がクエスチョンマークでいっぱいになる。
「その時々に合うものを提供するのは当たり前のことです。相手にとって悪いものを出していいことなど一つもない」
「!」
「原材料は同じアッサムティーであったりダージリンであったりニルギリであったり…それは様々ですが、紅茶に違いはありません。それに砂糖をいれようがレモンをつけようが、紅茶です。貴女は貴女、僕は僕。どんなときでもそれは変わりません。何を言われたのか知りませんが、悩むに値しませんよ」
スッパリと言い切られて唖然としてしまったが、そうか、どんな私も、私なのか。
「それがわからない輩には、貴女の魅力が伝わっていないのだからこちらから願い下げしてやればいい。ああでも、貴女の魅力は僕だけが知っていればいいので…この場合悩ましいですね」
「な、」
「笑顔も泣き顔も膨れっ面も困った顔も悩んでいる顔も、こうして悩み事をわざと隠して取り繕うところも、貴女のお友達にみせる顔もそれこそ僕と見つめあって数秒で恥ずかしがるところも、自分から強請りにくる表情も」
「ちょ、ちょっ、ま、」
「全部、愛おしくてーーすき、ですよ」
先輩の口から、滅多に聞けない二文字が飛び出て、ついに私は顔を両手で覆った。
けれどすぐに、弱く、しかし絶対に抗えない力でもってその手は剥がされ、先輩の双眸が私の深淵を覗きこむ。
「人にはそれぞれ向き不向きがある。隠された本心、隠された表情。もちろんそれら全て把握するのはいくら僕でもできません。ただ、それがふと浮かんだ時はできるだけ掬い上げていくのが良い支配人で…恋人、だと思っていますよ」
「さ、さすが、です…」
「ですから貴女がまたグラスを壊して凹んでいることもお見通しです」
「えっ!?」
「三度目ですからね、きっと本当に向いていないのでしょう。フロアに出てもらうと華があっていいのですが…今後はキャッシャーやお客様の案内に徹してください」
「うっ…役立たずですみません…」
「いいえ、役立たずなんて言ってはいません。自分の価値を勝手に決めつけないことですよ。向いている場所をもってもらうだけです。そこで成果を出してくれればそれでいい。それとも僕の好意が信じられませんか?」
そんな風にいうのは卑怯だ。先輩の好意を受けられる人なんてこの世には数人しかいない。自信をもっていいんでしょうか。こんな私でも。
「これからは…先輩が好きって言ってくれた自分を、大事にできるように、頑張ります」
「良い心がけだ。そんな貴女も好きですよ」
額に落とされた口付けは、とてもとても優しくて、ちょっぴり瞳が潤んだのを、やっぱり隠してしまった。