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彼女はいつだって何故だか場の中心に据えられている。心が狭いとか小さい男だとか思われたくないので、あまり気にしないようにしているが、気になるものは気になる。世間ではこれを嫉妬と呼ぶんだろう。
ジェイドにもフロイドにも他の寮生にも、誰にも目もくれずに僕を見ていてほしいだなんて、なんだか子供みたいで言葉にするのは憚られる。
結局のところ、人魚の僕は番への執着が強いのだ。一度溺れたらその思いを断ち切ることなんてできやしない。狂おしいほど、好きなんだから。
ラウンジ閉店後も手を動かしながら戯れる皆を横目に写せば苦しさが先行して、はぁ、と溜息を一つ。VIPルームに引きこもっているうちに全員いなくなっていてくれないだろうかとまで思いつつ、そっとその輪を抜け出した。
暫く自分の仕事に没頭していると、トントンと扉をノックする音が聞こえてハッとする。
時計を見れば、あれから一時間以上経過していて、通りで身体が固まっているなと伸びをした。
「どうぞ」
その声を聴くや否や、扉が開いて滑り込んできたのは彼女だった。けれどいつものように近づいてはこず、扉の前でピタリと止まったまま。
少し驚くとともに、じんわりと暗い気持ちが擡げる。
来てくれたことは嬉しいのに、素直に喜べない。感情とは複雑なものだ。
「どうしたんです?」
「あの、閉店作業、終わりました」
「そうですか。それならもう遅いので…誰かに送ってもら」
「アズール先輩がいい」
「…はい?」
「アズール先輩に、ついてきて、ほしい…です」
珍しく僕の言葉を遮るように異見するものだからパチクリと目を瞬かせてしまった。
それでも素直になれない僕の口からは、自分の気持ちと正反対の言葉しか出てこない。
「…貴女なら、頼めば誰でもついてきてくれるでしょう?今、少し手が離せないので、申し訳ありませんが」
「…じゃあ、待ってます」
「は?…っ…コホン…いえ、いつまでかかるかもわからないですし、遅くなったら困るでしょう」
仕方なしにペンを置き、はぁ、と彼女の方を見る。すると、どうだ。泣きたい気分なのはこちらの方なのに、彼女も涙を我慢するように真一文字に唇を結んでおり、ギョッとなった。
「え、あ、」
「だって、あずーるせんぱいっ、と、いつも、帰って…その時間っ…ふたりきり、に、なれるっからっ…」
「あの、ちょっと、」
「っ…せんぱい、今日、怒ってる…。私のこと、嫌に、なりましたっ…?何か、してしまったなら、ごめんなさい、」
給仕服のエプロンの裾を握りしめて俯いたので、慌てて駆け寄って顔を覗きこむ。
「貴女が謝ることはありません、あの、顔をあげて」
「っ…や、やくそく、」
「へ?」
そう言って、覗き込んだ僕の首に勢い抱きついてきた彼女。さすがに彼女の体重くらいは支えられる。倒れ込むことはなかったが、それでも少しふらついて、それを抱き止める。
暖かい体温。柔らかに香るのはシャンプーやボディーソープの類だろうか。明後日の考えが過ぎ、すり、と首筋に擦り付けられた頬の感触に眩暈すら覚えた。
「アズール先輩との約束が、先だから」
「!」
「アズール先輩が、嫌じゃなかったら、待っていたいの…っ、先輩が、いい…先輩じゃなきゃ、いや…わがまま言ってごめんなさい…」
何がわがままだ。
僕のせいで少なからず心を痛めたはずなのに、そんな可愛いお願いを聞かないはずないじゃないか。
結局のところ、僕の苦悩を溶かせるのは、彼女の愛情だけなのだから。
「悩ませてしまってすみません。すぐに終わらせますから、待っていてもらえませんか?」
「…いいん、ですか?」
「貴女のナイトを僕が務めなくて誰に任せられますか。僕が、します。だから、僕だけを待っていてください」
ゆるりと髪を撫でれば、彼女の力が少し緩まった。額に触れるだけのキスを一つ。
夜はまだ、終わらない。
ジェイドにもフロイドにも他の寮生にも、誰にも目もくれずに僕を見ていてほしいだなんて、なんだか子供みたいで言葉にするのは憚られる。
結局のところ、人魚の僕は番への執着が強いのだ。一度溺れたらその思いを断ち切ることなんてできやしない。狂おしいほど、好きなんだから。
ラウンジ閉店後も手を動かしながら戯れる皆を横目に写せば苦しさが先行して、はぁ、と溜息を一つ。VIPルームに引きこもっているうちに全員いなくなっていてくれないだろうかとまで思いつつ、そっとその輪を抜け出した。
暫く自分の仕事に没頭していると、トントンと扉をノックする音が聞こえてハッとする。
時計を見れば、あれから一時間以上経過していて、通りで身体が固まっているなと伸びをした。
「どうぞ」
その声を聴くや否や、扉が開いて滑り込んできたのは彼女だった。けれどいつものように近づいてはこず、扉の前でピタリと止まったまま。
少し驚くとともに、じんわりと暗い気持ちが擡げる。
来てくれたことは嬉しいのに、素直に喜べない。感情とは複雑なものだ。
「どうしたんです?」
「あの、閉店作業、終わりました」
「そうですか。それならもう遅いので…誰かに送ってもら」
「アズール先輩がいい」
「…はい?」
「アズール先輩に、ついてきて、ほしい…です」
珍しく僕の言葉を遮るように異見するものだからパチクリと目を瞬かせてしまった。
それでも素直になれない僕の口からは、自分の気持ちと正反対の言葉しか出てこない。
「…貴女なら、頼めば誰でもついてきてくれるでしょう?今、少し手が離せないので、申し訳ありませんが」
「…じゃあ、待ってます」
「は?…っ…コホン…いえ、いつまでかかるかもわからないですし、遅くなったら困るでしょう」
仕方なしにペンを置き、はぁ、と彼女の方を見る。すると、どうだ。泣きたい気分なのはこちらの方なのに、彼女も涙を我慢するように真一文字に唇を結んでおり、ギョッとなった。
「え、あ、」
「だって、あずーるせんぱいっ、と、いつも、帰って…その時間っ…ふたりきり、に、なれるっからっ…」
「あの、ちょっと、」
「っ…せんぱい、今日、怒ってる…。私のこと、嫌に、なりましたっ…?何か、してしまったなら、ごめんなさい、」
給仕服のエプロンの裾を握りしめて俯いたので、慌てて駆け寄って顔を覗きこむ。
「貴女が謝ることはありません、あの、顔をあげて」
「っ…や、やくそく、」
「へ?」
そう言って、覗き込んだ僕の首に勢い抱きついてきた彼女。さすがに彼女の体重くらいは支えられる。倒れ込むことはなかったが、それでも少しふらついて、それを抱き止める。
暖かい体温。柔らかに香るのはシャンプーやボディーソープの類だろうか。明後日の考えが過ぎ、すり、と首筋に擦り付けられた頬の感触に眩暈すら覚えた。
「アズール先輩との約束が、先だから」
「!」
「アズール先輩が、嫌じゃなかったら、待っていたいの…っ、先輩が、いい…先輩じゃなきゃ、いや…わがまま言ってごめんなさい…」
何がわがままだ。
僕のせいで少なからず心を痛めたはずなのに、そんな可愛いお願いを聞かないはずないじゃないか。
結局のところ、僕の苦悩を溶かせるのは、彼女の愛情だけなのだから。
「悩ませてしまってすみません。すぐに終わらせますから、待っていてもらえませんか?」
「…いいん、ですか?」
「貴女のナイトを僕が務めなくて誰に任せられますか。僕が、します。だから、僕だけを待っていてください」
ゆるりと髪を撫でれば、彼女の力が少し緩まった。額に触れるだけのキスを一つ。
夜はまだ、終わらない。