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おねだりをしてはいけない。
いつの頃からか身体に染み付いた教えは、私に纏わりつく呪いだ。
誰に言われてもいないのだけれど、自分より歳下の妹や弟、親戚、後輩…そういうものが増えるに従って勝手に覚えてしまって、この身体から抜けない。
だからいざ、こうして何か…自分だけの幸せを手に入れてしまうと、どうやって享受したらいいのか、わからなくなることがまだまだある。
洗面台に並んだお揃いの歯ブラシ。
それからベッドに色違いのパジャマ。
扉の前には二つの靴が綺麗に揃って。
クローゼットには、ひっそり私のお泊まりセットも置かれているのに。
それら一つ一つが、私と彼だけのもので、それだけで嬉しさも幸せも心のコップから溢れるほどに満ちているはずなのに。
なんで足りなくなる時があるんだろう。
無い物なんてない。
足りないものなんて。
これ以上を求めるのは、おねだりになってしまう。
ぐるぐると考えながら窓から海を見つめていると、ひたり、私を囲うように背後から腕が二本伸びてきて窓ガラスに手がついた。
簡易な檻。でも先輩がする場合は、蛸壺と言ったほうがあっているかもしれない。
「また、不足しているんじゃないですか?」
「…?そんな、私はいつでも幸せでいっぱいですよ、アズール先輩のおかげで」
「でも、貴女は何かが足りなくなると僕に甘えてくるじゃないですか」
「?」
「おや、自分では気づいていなかったのですか?不安定になると僕の部屋に何かを残して行くくせに」
そう言うと、窓についていた手はふわりと私を抱き寄せた。その腕の中はひどく優しい香りがして、よくわからないけど泣きたくなった。
「僕の部屋に貴女の私物が増えていく度に、僕も貴女の中に何かを残せていますか?」
「ぇ?」
「貴女が僕を求めて会いに来てくれる。僕はそんな貴女を受け入れてこうして抱きしめる。それだけではなくて、貴女は僕の部屋に私物という残り香を置いて行くでしょう?それでは対価が釣り合わない」
その言葉を聞いて、ああこの人はどうしてこんなに優しいんだと。釣り合わないなんて、そんな。私が勝手に。何かあっても私を忘れないでほしいと思って遺していっているだけなのに。
涙を隠すためにすり、とその胸に擦り寄った。
「アズール先輩からも、もらっています。釣り合うものを、たくさん」
「それは、なんですか?」
「私がもらっているのはね、先輩に会いにくる権利。だから、そう、私にはいつだって、アズール先輩がいつでも足りないんです」
「それはいけない。では毎日毎日、満たさなければ」
ふふ、と嬉しそうに笑うその声が、私の世界の全て。アズール先輩で満たしてって、おねだりしなくても、先輩から満たしてくれるなんて。それはとても幸せな世界。