オーディション。アタシを値踏みするスポンサーの目が光る。
その静寂も無音も嫌いじゃない。これから始まる、そんな気分が高められるから。
でもそんなとき、アタシの瞳には灰色の世界しか映らない。世界はこんなにもカラフルなのに。
どうしてーー

「はぁ…。アタシらしくないわね。」

学園内にある小さな聖堂には、今日もステンドグラスから淡い光がキラキラと差し込んでいる。
そんな場所で一人、目を閉じて喧噪から遠ざかっていれば、遠い記憶がよみがえることもしばしば。
特定の宗教に所属しているわけではないし、神がいるなんて思ったこともない。
信じているのは自分の身体と感情、それだけだもの。
けれどこの聖堂は、独特の静けさに包まれて心地が良いから、精神統一のためにたまに足を踏み入れる。
自分を見つめ、向き合い、そして研ぎ澄ます。
それは表現者にとって最も必要なことだ。
下手をすれば自分を失い、空っぽになりそうな、そんなこともあるのだから。

「ヴィルさん…？」
「…！あら珍しい。ここに来る生徒がいるなんて。しかもアンタ。こういう場所に興味があるの？」
「あ、いえ…。ここ、静かだからたまにくるだけです。邪魔してごめんなさい。」
「アタシと同じね。」
「え？」
「アタシも、この静けさが好きなの。自分の奥深くに入っていくのに、ちょうどいいから。」

何故かするりと出てきた本音に、自分でも驚いた。
こんな、業界人以外が聞いても伝わりそうにないことを口に出して、何がしたかったのだろう。
とっさに『戯言よ、忘れてちょうだい』と言おうとした刹那。
悲しそうにゆがんだ瞳が、アタシの心を揺さぶった。

「わかります…。自分のこと、忘れそうになるとき、ありますよね。」
「…軽率だった。泣かせたかったわけじゃないわ。ごめんなさい。」
「っ、ご、ごめんなさい、こちらこそ、そんなつもりじゃ、」
「いいえ、今のはアタシが悪かったわ。アンタも、苦労してるのね。」

強くあろうと仮面で顔を隠すほど、脆い自分が殻をかぶって何も曝け出せなくなる。
そうして、何重もの仮面をし、その上から分厚いお化粧をして、自らを覆い隠す。
結果として、自分でも自分がわからなくなって。
鏡に映るのは誰なんだろうか。

空虚になっていく、アタシが。

「わかるわ。その気持ち。だから、ごめんなさい。」
「…ヴィルさんでも、そんなことが？」

その言葉に答えるわけにはいかないわ。
アタシはアタシの。アンタはアンタの。
答えは、自分の中にしかないんだから。

「神に願いを託す、なんて言ってきたらこのまま見捨てようかと思ったけど、」
「ふふ…ヴィルさんらしいですね…」
「自分で考えて行動できる人間は、嫌いじゃないわ。」
「…同情されるより、何倍も励みになります。」
「それならよかった。」
「…一緒に、座っても？」
「えぇ、アンタなら、いつでも。」

知らず知らずのうちに深いところまで入り込むことを許してしまう、不思議な子だわ。
アンタにならいつか。
この仮面の下を見せてしまう日がくるかもしれないわね。