小噺色々
この地方には雨ばかり降る季節があるらしい。山の天気は変わりやすかったけれどその分晴れやすくもあって、こんなにずっと月が見えない日が続くことはあまりなかったから、これほど体調に影響が出るなんて知らなかった。
アズールさんはここ数日帰ってきていない。「テスト」というものがあると言っていたから、きっと忙しいのだと思う。
そんな中で会いに行くこともできないし、本当に眠ることしかできなくて、自分の不甲斐なさに涙ばかり流し、それにすら辟易して弱っていく日々。
ほろほろと涙が落ちるのに、それは落ちた端からコロコロと小さな宝石のカケラになっていき、ヒステリックになりそう。
それは私がアズールさんと別の生き物だというなによりの証拠だから。
いつかアズールさんが私に指輪をくれた日、「これも持っていてください」といって手渡してくれた巻貝のネックレスは、大切なものだから壊してはいけないと、普段は机の上に大事に飾っているのだけれど、寂しくなると手にしたまま眠ったりもする。
それはただの貝殻のはずなのに、頬に寄せているとなんだか安心するから。
「アズールさんの生まれた『海』ってどんな場所…?湖とは違う、あの綺麗な蒼。お魚がいっぱいで…アズールさんはどんな姿なのかしら…きっと美しいんだろうな…」
見せて、なんて言えるはずもないけれど、アズールさんの全部が知りたいと思うことくらいは許されるかな。
「会いたい…」
呟きはベッドサイドのランプの灯に溶けて消えた。
瞼が重くなる。
ゆらゆらとゆれる影が見えなくなって。
意識が暗闇に吸い込まれていく。
ああ今日もまた、ひとり、で…
「………?」
どのくらいの時間がたったのかわからない。
けれど、なんだか良い心地がしてゆっくりと瞼を持ち上げた。視界に何かが入り込むより先に鼻腔を満たした香りで喜びが込み上げる。
「アズールさん…?」
「ああ、起こしてしまいましたね、申し訳ない」
「ううん…全然大丈夫ですっ…でも、なんで、」
「前例があったので」
「ぜんれい?」
「ええ、以前もなかなか帰ってこられなかったときに、貴女、体調を崩したでしょう。だから心配していたのですが…その心配が当たってしまいましたね」
「あ…っ心配させて、ごめんなさい…」
喜んだのも束の間、迷惑をかけてしまった事実に胸が締め付けられた。体質なので仕方がないとはいえ、役に立たないどころかお荷物な自分にまた視界が滲んだ。
「ごめん、なさいっ…」
「謝ることではありませんよ。ほら、涙をふいて」
「でもわたしっ…」
「まずは元気を取り戻して。それが一番大切です」
「んんっ」
言葉を発する前に引き寄せられた腕の中はとても暖かくて、私の涙は宝石になる前にアズールさんの服に吸い込まれていった。
「抱きしめているだけでも愛情は伝わるでしょう。ある程度回復したらちゃんと、もっとしてあげますから」
「っ…そ、そんな、風に言われたら、なんだか私がインランみたい」
「ふふっ、実際そうじゃないんですか?」
「ち、違いますっ…!ただ、ただ、わたしっ、アズールさんと、」
「冗談ですよ。わかってますから。とにかく今は一旦眠って」
その言葉にちょっと不安を覚えたのは事実で、甘えるように顔を少し上げたら、額に口づけられた。
それだけでも満たされるものが確かにあって、素直にまたその腕の中にもぞもぞと戻ってこちらからも抱きつくと、背中をゆっくりゆっくり撫でられて徐々に瞼が落ちてくる。
「あずーるさん」
「はい」
「晴れたら…また一緒に月光浴してくれる?…一緒に踊って…それから…たくさん愛してほしいの…」
「もちろんですよ。断る理由もありませんから」
「じゃあ、今日はこのまま眠ります…」
「じゃあって…こんな状態でスるつもりだったんですか?全く…」
「だって…いつも一緒にいれない、から…少しでも…おきて……」
「…言っているそばから眠ってしまうくらいに弱っているくせに。素直なのはいい傾向ですけれどね…。おやすみなさい、元気になったらまた、ね」
約束ですよ、とはきっと現実で言葉にならなかったけど、アズールさんには届いたかな。
届いているといいな。
いつかの未来を、心待ちにしているの。
ずーっとずーっと一緒に時間を過ごせるように願いを込めて。
アズールさんはここ数日帰ってきていない。「テスト」というものがあると言っていたから、きっと忙しいのだと思う。
そんな中で会いに行くこともできないし、本当に眠ることしかできなくて、自分の不甲斐なさに涙ばかり流し、それにすら辟易して弱っていく日々。
ほろほろと涙が落ちるのに、それは落ちた端からコロコロと小さな宝石のカケラになっていき、ヒステリックになりそう。
それは私がアズールさんと別の生き物だというなによりの証拠だから。
いつかアズールさんが私に指輪をくれた日、「これも持っていてください」といって手渡してくれた巻貝のネックレスは、大切なものだから壊してはいけないと、普段は机の上に大事に飾っているのだけれど、寂しくなると手にしたまま眠ったりもする。
それはただの貝殻のはずなのに、頬に寄せているとなんだか安心するから。
「アズールさんの生まれた『海』ってどんな場所…?湖とは違う、あの綺麗な蒼。お魚がいっぱいで…アズールさんはどんな姿なのかしら…きっと美しいんだろうな…」
見せて、なんて言えるはずもないけれど、アズールさんの全部が知りたいと思うことくらいは許されるかな。
「会いたい…」
呟きはベッドサイドのランプの灯に溶けて消えた。
瞼が重くなる。
ゆらゆらとゆれる影が見えなくなって。
意識が暗闇に吸い込まれていく。
ああ今日もまた、ひとり、で…
「………?」
どのくらいの時間がたったのかわからない。
けれど、なんだか良い心地がしてゆっくりと瞼を持ち上げた。視界に何かが入り込むより先に鼻腔を満たした香りで喜びが込み上げる。
「アズールさん…?」
「ああ、起こしてしまいましたね、申し訳ない」
「ううん…全然大丈夫ですっ…でも、なんで、」
「前例があったので」
「ぜんれい?」
「ええ、以前もなかなか帰ってこられなかったときに、貴女、体調を崩したでしょう。だから心配していたのですが…その心配が当たってしまいましたね」
「あ…っ心配させて、ごめんなさい…」
喜んだのも束の間、迷惑をかけてしまった事実に胸が締め付けられた。体質なので仕方がないとはいえ、役に立たないどころかお荷物な自分にまた視界が滲んだ。
「ごめん、なさいっ…」
「謝ることではありませんよ。ほら、涙をふいて」
「でもわたしっ…」
「まずは元気を取り戻して。それが一番大切です」
「んんっ」
言葉を発する前に引き寄せられた腕の中はとても暖かくて、私の涙は宝石になる前にアズールさんの服に吸い込まれていった。
「抱きしめているだけでも愛情は伝わるでしょう。ある程度回復したらちゃんと、もっとしてあげますから」
「っ…そ、そんな、風に言われたら、なんだか私がインランみたい」
「ふふっ、実際そうじゃないんですか?」
「ち、違いますっ…!ただ、ただ、わたしっ、アズールさんと、」
「冗談ですよ。わかってますから。とにかく今は一旦眠って」
その言葉にちょっと不安を覚えたのは事実で、甘えるように顔を少し上げたら、額に口づけられた。
それだけでも満たされるものが確かにあって、素直にまたその腕の中にもぞもぞと戻ってこちらからも抱きつくと、背中をゆっくりゆっくり撫でられて徐々に瞼が落ちてくる。
「あずーるさん」
「はい」
「晴れたら…また一緒に月光浴してくれる?…一緒に踊って…それから…たくさん愛してほしいの…」
「もちろんですよ。断る理由もありませんから」
「じゃあ、今日はこのまま眠ります…」
「じゃあって…こんな状態でスるつもりだったんですか?全く…」
「だって…いつも一緒にいれない、から…少しでも…おきて……」
「…言っているそばから眠ってしまうくらいに弱っているくせに。素直なのはいい傾向ですけれどね…。おやすみなさい、元気になったらまた、ね」
約束ですよ、とはきっと現実で言葉にならなかったけど、アズールさんには届いたかな。
届いているといいな。
いつかの未来を、心待ちにしているの。
ずーっとずーっと一緒に時間を過ごせるように願いを込めて。