小噺色々

意識が覚醒したのは暗闇の中。
窓から差し込む月明かりにホッと心が落ち着いた。
身体を動かそうとすると、耳の間近でフワリと空気が揺れて、ああ、今日も坊ちゃんの腕の中で眠ってしまったんだと思い出す。

私の背中にぴたりとくっつく素肌の感触は暖かくて心地よい。緩くお腹に巻きついた手に触れると、無意識なのかキュッと力が強まって引き寄せられる。

「こういうところは可愛いんだから…」

幼いころは一緒に寝ましょうかと言えば頑なに断られたりしたけれど、いまでは逆に頼まれるのだから、人生とは数奇なものだ。
そんなことを考えていると心が浮き足立って、擽ったくて。ふふっと笑いが溢れた刹那、首筋に唇が押し付けられ、カプリと食まれた感触がして身体が跳ねた。

「っ…ッぁ!」
「んっ…可愛いのは貴女です」
「ぁ、だめ、」

私の身体をするすると撫でる大きな手になんなく反転させられた。
天井が見えたと思ったのは束の間、すぐに跨ってきた坊ちゃんで視界が埋め尽くされた。
交わす言葉はなく、代わりにオッドアイがキラキラと私を見つめる。
綺麗、と呟いたはずの言葉は坊ちゃんの口内に消えた。
冷えた唇は、触れて、離れて、そうしてまた触れて。そうしているうちにだんだん暖かくなり、同じくして呼吸は荒く。

「ンッ…ふ、ぁふ…」
「はぁ、んん、ぁ、」

徐々に深くなるキスで、舌を絡めて、吸って、嬲って遊んで互いの呼吸を交換する。こんなことをしてはいけないと何度も何度も思ったのに、心と身体は裏腹で、どんどんと溺れてしまった。
そんなことを心で懺悔している間にも、つ、と身体を這う指が私の心を開いていく。

「んんぅ、は、ぅ、」
「ッハ、ふ、ンッ、ん、」

絶妙な刺激に感じた身体がピクリと揺れたことを合図に唇が離れると、坊ちゃんはキスの余韻を残して潤うそれをキュッと拭いて私と視線を合わせる。
そんな風に見つめられたら、ね、もうダメですよ、なんて言えるわけなくて、その背にそっと手を添える。すると、何か瘡蓋のようなものに指先があたり、ハッとした。

「私また引っ掻いてしまいました!?」
「ふふっ、昨日も、激しくしましたから」
「っもう!そうじゃなくって…!ごめんなさい、痛かったでしょう…?」
「貴女は普段から爪もきちんと切り揃えているでしょう?ですから、この程度問題ありません。貴女を思う愛おしい気持ちに比べたら、本当に小さなものですしね」

そう言うと、弧を描いた唇。
そんな風に嬉しそうに微笑まれたら何も言えなくなってしまう。
それでももう一度、ごめんなさい、と言うと、返答はこうだった。

「では、そうですね…僕も貴女にたくさん痕を残します。そうすれば気になりませんか?」
「えっ!?そ、そういうことじゃなくって…!」
「傷など気しなくていいんです。僕だけを感じてくれれば、それで」

真夜中に囁かれる愛の言葉は密やかに暗闇を満たす。
ごめんなさい、本当に。
やっぱり、好きになってしまったの。
今だけは、坊ちゃんこの深い海に溺れさせて。
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