小噺色々
イベント時のみならず、季節の変わり目はどんなお店も忙しい。いくら学内カフェとはいえ、このモストロ・ラウンジも例外ではなかった。
そんな中、彼女が花を届けに来たから『少しお付き合い頂けませんか』と誘えば、もちろんと着いてきてくれる。それだけで心が舞い上がる僕は未だ初々しいカップル代表かもしれない。
そうしてカウンターに並んだ新作の料理を見せればピンときたようで、お花!と目を輝かせる姿が可憐だった。
「今度はお花のフェアなんですか?これ、花びらみたいで可愛い!」
「ええそうですよ。花びらを飴細工にするかマジパンにするか、それとも他の食材で作るかはまだこれから選定することですがね」
「そうなんですね…わっ!これ、にんじん?こっちはダイコン!切り方でこんなに綺麗に見えるんですね」
「ジェイドもフロイドも手先が器用ですからね」
「えっ!これ、ジェイドさんとフロイドさんが作ったんですか!?すごい…!」
彼らの名前を出したのは自分だが、彼女の口から二人の名前が発され、さらに二人のことを褒めたのが、少しだけ僕の気持ちを揺さぶった。彼女には僕だけ見ていてほしいのに、と。しかし、次いで聞こえた言葉に、180度気分が変わるのだから僕も大概ゲンキンである。
「アズールさんが作ったものはないんですか?私、アズールさんのが見たいです」
「えっ、」
「あ、もしかしてアズールさんは支配人さんだから作ったりはしないんですか?」
「い、いえ!いえ!そんなことはないです!僕の実家はリストランテなので、食には拘りがありますし、そもそも企画を考えるのも僕ですし、作ることだってありますよ!今回は、」
「…っふふ…!」
「は、」
「元気になりました?」
「っ!」
「なんだかずっと眉間に皺が寄っていたから…心配してました」
全部バレていた。
なんでこう、彼女の前だと上手くいかないんだ。ツボがあったら入りたいと、少し項垂れたら、手をキュッと包まれて顔を覗き込まれる。
突然のことに身体がのけぞって頬が熱くなった。
「私はアズールさんのことを知りたいんです。もっと教えて?」
「へぁ!?」
「私が好きなアズールさんのことを。ね?」
「貴女は、なんで…そう…っ」
「?」
「僕はそんな貴女だから、」
好きになったんです、とは口には出せなかったが、かわりになんとか口角を上げて見せれば、安心したように笑ってくれた。
仕切り直しだ、と、咳払いを一つ。そうしてとある一品を彼女に差し出す。
「こちらのスイーツ、一つ試食していただけませんか」
「えっ?いいんですか?」
「ええ。女性視点での評価もいただきたく。ここは男子校なので、どうしても不足しがちなところが多いのです。それを埋めてもらえると助かるのですが」
「大役じゃないですか!わかりましたっ!」
本当は、「実は普段のお礼にと、貴女をイメージして僕が作りました」と言いたかったのに、この天邪鬼な口はそれを許さなかった。もしもマズイとでも言われたら立ち直れない。黙っておけばそれだけダメージは減るだろう。臆病な僕のささやかな抵抗だった。
「いただきます…!……ん…」
見た目はギモーヴのような小さなスイーツだが、中には生クリームと細かなアラザンが仕込んであり、齧ると口の中にパチパチと弾ける食感が面白い一品に仕上がったとは思うのだが。さて、評価は。
「ど、どうでしょうか…」
「んん…っ美味しいー!甘くて、柔らかくって…不思議、口の中で何かが弾けるんです!なんだかお花が芽吹いてるみたい!」
「そ、そうですか!お気に召したようで」
彼女の頬が綻んだのをみて、内心ガッツポーズ。美味しいの言葉が引き出せれば、試作としては上々だ。
「んっ、でもクリームが少し多いかも…?甘さが控えめな分バランスが…あっ、半分はカスタードにするとかどうですか?」
「なるほど…」
「薄くピンクや黄色を入れたらもっとお花みたいになるかも!」
言われた言葉をメモし終え、お礼を言おうと彼女に向き直ると口の端にクリームが付いているのが目に留まる。意外な一面があるものだとクスリと笑ってしまったら、む?と不可思議に彼女の表情が歪んだ。
「??私、なにか変なことを?」
「いえ、まさかそんなことは!ただ、ああ、少しそのままで」
「へ、ッ!?」
グローブを外し、付いていたクリームに徐に手を伸ばすと、ピクリと強ばる彼女の身体。もう片方の手で肩を緩く抑えて固定すると、指先でそれをなぞる。それから、ね、と彼女に指を見せて言った。
「クリーム、ついてましたよ」
「ッ、」
「貴女にもこういうところがあるんですね」
何か手を拭うものはと視線を泳がせてもめぼしいものがなく、味見にもなるしと仕方なくその指にそのままペロリと舌を這わせた。
「ん、確かに…もう少し甘さがあっても良さそうだ」
「!?」
「スイーツは普段あまり口にしないもので、つい自分の味覚に合わせてしまいます。ご意見助かりました」
「あ、あず…!今、っ、!」
「はい?」
ボボっと音がするほどに顔を真っ赤に染めた彼女に、何かあったか聞こうとしたら、部屋の扉からおかしな音がした。
「う、うわ!押すなよ!」
「ちょ、」
「わ、わぁっ!!」
「「!?」」
「あ、」
「り、りょう、ちょう…あはは…」
僕と同じハットを被り、寮服を着た何人かの生徒が部屋に雪崩れ込んできて、驚きで固まった僕ら。
皆を見つめて数秒、なにが起こったのか悟ると、僕はわなわなと震えた。
「あーなーたーたーちー…!」
「寮長っ待ってくださいっ!これには訳が!」
「言い訳は無用!!持ち場に戻りなさいっ!」
「「「はぁあああいごめんなさあああい!!」」」
皆が出て行くと、また静けさが戻ったけれど、この微妙な空気はどうしたらよいだろう。はぁ、もう。上手くいっていたのにどうして…。
落胆した僕は、しかし、それを表に見せてはいけないと、頭を奮って彼女に話しかけようとした、刹那。
トンっと背中に倒れ込んできたものに驚き、頓狂な声を上げてまたもや硬直してしまった。
「へッ!?」
「…アズールさん、ずるいっ…!」
「は、」
「私っ…そんな、クリームっ…」
「クリーム?」
なにを言われたかわからず、数分前のことを思い出すのにしばしの時間を要するも、思い当たった事実に、顔から火が出た。
「あっ!?い、いや、あれは、その!?す、すみませんでした!?決して狙ってやったわけでは、っ!?」
背中に預けられた体温は、ジャケット越しではあまり感じられなかったけれど、代わりにグローブを外した手に指を這わされて、ゾクリと背が泡立った。
「っちょ、」
「今度は…」
「は、はい!?」
「今度は…指でじゃなくて、」
口付けてね
小さく小さく呟かれた言葉は、それでも僕の心を掴んで離さない。
なんて可愛いおねだりだ。
こんな事態はフラワーロードにだって書いてなかった。
これから先にも、たくさん、たくさんあるといい、本にも載っていない、甘い甘い、こと。
「また、……食べに来てください。そのときは、きっと」
どう答えたら正解か、なんて、誰にも分からないから。僕ら二人で、正解を作っていけたらと。願うばかりだ。
そんな中、彼女が花を届けに来たから『少しお付き合い頂けませんか』と誘えば、もちろんと着いてきてくれる。それだけで心が舞い上がる僕は未だ初々しいカップル代表かもしれない。
そうしてカウンターに並んだ新作の料理を見せればピンときたようで、お花!と目を輝かせる姿が可憐だった。
「今度はお花のフェアなんですか?これ、花びらみたいで可愛い!」
「ええそうですよ。花びらを飴細工にするかマジパンにするか、それとも他の食材で作るかはまだこれから選定することですがね」
「そうなんですね…わっ!これ、にんじん?こっちはダイコン!切り方でこんなに綺麗に見えるんですね」
「ジェイドもフロイドも手先が器用ですからね」
「えっ!これ、ジェイドさんとフロイドさんが作ったんですか!?すごい…!」
彼らの名前を出したのは自分だが、彼女の口から二人の名前が発され、さらに二人のことを褒めたのが、少しだけ僕の気持ちを揺さぶった。彼女には僕だけ見ていてほしいのに、と。しかし、次いで聞こえた言葉に、180度気分が変わるのだから僕も大概ゲンキンである。
「アズールさんが作ったものはないんですか?私、アズールさんのが見たいです」
「えっ、」
「あ、もしかしてアズールさんは支配人さんだから作ったりはしないんですか?」
「い、いえ!いえ!そんなことはないです!僕の実家はリストランテなので、食には拘りがありますし、そもそも企画を考えるのも僕ですし、作ることだってありますよ!今回は、」
「…っふふ…!」
「は、」
「元気になりました?」
「っ!」
「なんだかずっと眉間に皺が寄っていたから…心配してました」
全部バレていた。
なんでこう、彼女の前だと上手くいかないんだ。ツボがあったら入りたいと、少し項垂れたら、手をキュッと包まれて顔を覗き込まれる。
突然のことに身体がのけぞって頬が熱くなった。
「私はアズールさんのことを知りたいんです。もっと教えて?」
「へぁ!?」
「私が好きなアズールさんのことを。ね?」
「貴女は、なんで…そう…っ」
「?」
「僕はそんな貴女だから、」
好きになったんです、とは口には出せなかったが、かわりになんとか口角を上げて見せれば、安心したように笑ってくれた。
仕切り直しだ、と、咳払いを一つ。そうしてとある一品を彼女に差し出す。
「こちらのスイーツ、一つ試食していただけませんか」
「えっ?いいんですか?」
「ええ。女性視点での評価もいただきたく。ここは男子校なので、どうしても不足しがちなところが多いのです。それを埋めてもらえると助かるのですが」
「大役じゃないですか!わかりましたっ!」
本当は、「実は普段のお礼にと、貴女をイメージして僕が作りました」と言いたかったのに、この天邪鬼な口はそれを許さなかった。もしもマズイとでも言われたら立ち直れない。黙っておけばそれだけダメージは減るだろう。臆病な僕のささやかな抵抗だった。
「いただきます…!……ん…」
見た目はギモーヴのような小さなスイーツだが、中には生クリームと細かなアラザンが仕込んであり、齧ると口の中にパチパチと弾ける食感が面白い一品に仕上がったとは思うのだが。さて、評価は。
「ど、どうでしょうか…」
「んん…っ美味しいー!甘くて、柔らかくって…不思議、口の中で何かが弾けるんです!なんだかお花が芽吹いてるみたい!」
「そ、そうですか!お気に召したようで」
彼女の頬が綻んだのをみて、内心ガッツポーズ。美味しいの言葉が引き出せれば、試作としては上々だ。
「んっ、でもクリームが少し多いかも…?甘さが控えめな分バランスが…あっ、半分はカスタードにするとかどうですか?」
「なるほど…」
「薄くピンクや黄色を入れたらもっとお花みたいになるかも!」
言われた言葉をメモし終え、お礼を言おうと彼女に向き直ると口の端にクリームが付いているのが目に留まる。意外な一面があるものだとクスリと笑ってしまったら、む?と不可思議に彼女の表情が歪んだ。
「??私、なにか変なことを?」
「いえ、まさかそんなことは!ただ、ああ、少しそのままで」
「へ、ッ!?」
グローブを外し、付いていたクリームに徐に手を伸ばすと、ピクリと強ばる彼女の身体。もう片方の手で肩を緩く抑えて固定すると、指先でそれをなぞる。それから、ね、と彼女に指を見せて言った。
「クリーム、ついてましたよ」
「ッ、」
「貴女にもこういうところがあるんですね」
何か手を拭うものはと視線を泳がせてもめぼしいものがなく、味見にもなるしと仕方なくその指にそのままペロリと舌を這わせた。
「ん、確かに…もう少し甘さがあっても良さそうだ」
「!?」
「スイーツは普段あまり口にしないもので、つい自分の味覚に合わせてしまいます。ご意見助かりました」
「あ、あず…!今、っ、!」
「はい?」
ボボっと音がするほどに顔を真っ赤に染めた彼女に、何かあったか聞こうとしたら、部屋の扉からおかしな音がした。
「う、うわ!押すなよ!」
「ちょ、」
「わ、わぁっ!!」
「「!?」」
「あ、」
「り、りょう、ちょう…あはは…」
僕と同じハットを被り、寮服を着た何人かの生徒が部屋に雪崩れ込んできて、驚きで固まった僕ら。
皆を見つめて数秒、なにが起こったのか悟ると、僕はわなわなと震えた。
「あーなーたーたーちー…!」
「寮長っ待ってくださいっ!これには訳が!」
「言い訳は無用!!持ち場に戻りなさいっ!」
「「「はぁあああいごめんなさあああい!!」」」
皆が出て行くと、また静けさが戻ったけれど、この微妙な空気はどうしたらよいだろう。はぁ、もう。上手くいっていたのにどうして…。
落胆した僕は、しかし、それを表に見せてはいけないと、頭を奮って彼女に話しかけようとした、刹那。
トンっと背中に倒れ込んできたものに驚き、頓狂な声を上げてまたもや硬直してしまった。
「へッ!?」
「…アズールさん、ずるいっ…!」
「は、」
「私っ…そんな、クリームっ…」
「クリーム?」
なにを言われたかわからず、数分前のことを思い出すのにしばしの時間を要するも、思い当たった事実に、顔から火が出た。
「あっ!?い、いや、あれは、その!?す、すみませんでした!?決して狙ってやったわけでは、っ!?」
背中に預けられた体温は、ジャケット越しではあまり感じられなかったけれど、代わりにグローブを外した手に指を這わされて、ゾクリと背が泡立った。
「っちょ、」
「今度は…」
「は、はい!?」
「今度は…指でじゃなくて、」
口付けてね
小さく小さく呟かれた言葉は、それでも僕の心を掴んで離さない。
なんて可愛いおねだりだ。
こんな事態はフラワーロードにだって書いてなかった。
これから先にも、たくさん、たくさんあるといい、本にも載っていない、甘い甘い、こと。
「また、……食べに来てください。そのときは、きっと」
どう答えたら正解か、なんて、誰にも分からないから。僕ら二人で、正解を作っていけたらと。願うばかりだ。
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