【完結】僕らのフェアリーテイル

一人でいるときに何度でも思い出される言葉があるの。アズールさんのあの言葉。
『貴女、一度外に出てみませんか? 日がな海を見つめるだけでは飽きるでしょう』
その後もそういう素振りは何度か見せられたけれど、この家にきてからはその頻度は少なくなった。

私は外に居た時だってずっと一所で隠れて暮らしていただけだから、今、この暮らしになんの不自由も感じないし、逆に心地が良いくらい。でも、時間ができた時に見る映画や気分転換に読む本、それから定期的に来てくれるジェイドさんの恋人さんから聞くお話を思い描いてみれば、アズールさんと二人でどこかに出かける『デート』というものをしてみたくなるのも仕方の
ないことなのかもしれない。

「愛してもらえるだけで十分、なんて。本当にどうしてそんなことが言えていたのかしら。欲しがってばかりじゃダメなのに、アズールさんはもっと欲しがってって言うし。信じて甘えたら私自身、どうなっちゃうかわからない…」

ベッドの上だからって運動には違いないもの。言われたことはないけど、きっと疲れるに違いない。アズールさんは私みたいに座って作業しているだけじゃないって私、知ってる。

「会いたい…今すぐ…。アズールさんと会えないとね、私にはこのお家は広すぎるの…」

窓から空を見上げれば、真ん丸なお月様がぽっかりと浮かんで暗闇を照らしていた。その光はとても優しく、私に力を与えてくれる。それなのに『ねぇお月様、どうして私は妖精に生まれてしまったの?』と漏れた本音に、少しだけ涙を落とした。

どのくらい時間が経ったのかわからない。ふと肩に暖かなものが触れ、かと思ったらそのままふわりと何かに包まれた。

「全く。こんなところで寝ていては月で浄化されたところで風邪を引いてしまいますよ」

ああ、アズールさんの声だ。そう思うと安心感から余計に力が抜けて全身を預けてしまう。アズールさんの腕の中はとても心地が良い。すり、と凭れかかった身体に頬を擦りつけたら、『おや、寝たふりをしていたんですか?』と苦笑された。そっと瞳を開くと眼鏡の奥のブルーグレーが優しく細められる。そこに映った私を捉えたら、愛しいと心が泣いた。

「月が綺麗で、」
「ええ、もうすぐ満月だ。とても綺麗ですね」
「…それで、アズールさんのことを考えていたら、寂しくなったの」
「その気持ちが届いたから、僕が今ここにいるのかもしれません」

背中からすっぽりと抱きしめられていたら、それだけで幸せになれる。だって貴方の腕の中だけが私の世界だから。それは本当に、本当なの。でもね。

「アズールさん、私、アズールさんの世界を見てみたい」
「僕の世界?」
「そう。アズールさんの生きている場所を、もっと知りたい」
「貴女からそんなことを言われるとはどういう風の吹きまわしですか? 誰かに何か吹き込まれましたか? 無理をしなくていいのですよ」
「ううん。違うの…全然、そんなのじゃ、」
「それならなぜ」
「見せて欲しいの。一緒にいられる場所が増えるなら、それがいいと思ったの。だからお願い。アズールさんの世界を、私にも教えて」

そう言えば、一瞬きょとんとしたアズールさんは嬉しそうに笑って、『貴女がしたいなら、もちろん。ありがとうございます』と囁いた。

私は変わるの。この先もずっと一緒に居たいから。
大好きで愛してる貴方とこの世界で。
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