お願い!マイヒーロー!

ドォォォン…
その日、地を震わせた大きな音。
それは大地が干からびた音だった。
その時空には巨大な雲丹うにが浮かんでいたというが、その姿を見た者は誰もいなかったという。



時を同じくして、ここは海の底のオクタヴィネル寮談話室。

「………揺れましたね……」
「あー?なんの話ー?」
「いえ…少し地上が気になります。覗いてきましょう」

異変を敏感に察知したジェイドは鏡を抜けて外へ…出たはずだった。
が、しかし、そこに広がっていたのは見慣れた鏡舎ではなくだだっ広い荒野だ。
『これは…』と一言呟いただけだったので驚いているように見えなかったかもしれないが、これでもジェイド・リーチはいつにないほど驚いていた。瞳の煌めき具合がそれを物語る。
もう少し様子を見るべきか、それとも。
そう思案した、ちょうどその時。
空から一つ、何かが降ってくるのがジェイドの目に留まった。

「星が、落ちてきますね」

流れ星はどんどんジェイドの方に向かってきて、ついにはそれが巨大なヒトデであることが判明した。
それ程までに近距離…否、今、既に目の前に着陸したヒトデは、生き物でなく乗り物のようだ。
キュイン、と音がしたと思うと、何やら白い小さなモノが姿を現す。

「ぴぃ!」

その白い物体は鳴き声を上げて、ぴょん、と跳ね出て来た。鞠が跳ねるようにぴょんぴょんするそれを観察する。
形からすればそれはうさぎのようである。耳は頭の中央に二本…ただし、離れているのかくっついているのかは遠目ではわからない。三角の真っ白の山が頭のてっぺんに乗っているようにも見える。
更に気になるのはその頭身。頭と身体は一体型なのか、顔から短い手と足、それからもっふもふの尻尾が伸びている。

「…捕まえてみましょうか」

そのフォルムや動きにジェイドの興味関心がMAXに惹きつけられた刹那。
白い生き物を追ってヒトデから降りてきた人影が一つ。念の為、身を屈めてそれを伺う。

「ぴぃちゃん!一人で出て行っちゃダメだよ!」
「警官?」

出てきたのは一人の女だった。そのいでたちは警官。絵に描いたような警官。
だが女の服はどこかの寮生が持っていたいかがわしいコスチューム…なんとも布面積の少ない服に似ていたので、ジェイドは少し眉を顰めた。
胸元はかなりはだけており、それはよっぽど水着に見間違うほどの大きさしかない上、サイズが小さいのかパツパツである。チャックで寄せられていて谷間がバインとしている。もちろん腹は丸見えだ。
下はと言えばホットパンツに太いベルト、太ももまで隠れるニーハイの上にブーツを履いていた。
隠す場所を盛大に間違えたその格好を一般的な男子が見たら悩殺だったかもしれない。
ただそれを見たのはジェイドだったのだから、イレギュラー中のイレギュラー。
捕まえたいのは女ではなく謎の生物でしかない。
さて、女を撒いてあの生き物をどう捕まえようか。
ジェイドはそんな事を考えたのだが、次の瞬間、思考が脳から飛んでいってしまった。

「っ危ない!!」
「ぴ?」
「えっ!?」

ジェイドが叫んだと同時、強い閃光が散った。声に反応した女と一匹、それからジェイド本人が見た光景は。

「バインド・ザ・ハート!」
「!」
「間に合いましたね」
「フロイド…それにアズールじゃないですか」
「こんな時間に珍しくお前が外に出るというから見にきてみれば。なんですこれは」

閃光はフロイドのユニーク魔法に弾かれ、キラキラと散って行った。次いで皆を囲ったのはアズールが魔法で出した滝の壁。
そのとばりが下りている隙にまた鏡の中に吸い込まれた三人は、存外冷静に女ともふもふを連れてオクタヴィネル寮に戻ったのだった。

「助けてくださってありがとうございます!」

戻ってきた談話室。第一声で女が礼を述べる。
ぺこりとお辞儀をしたその後ろではホットパンツからお尻が見えそうで見えない際どい状況になっており、女の背後を取っていた寮生何人かが目を見開いたとかなんとか。

「礼には及びません。しかし、その対価に説明を求めたいと思っています。地上で一体何があったのです?」
「てかさ、ジェイドが出て行ったときにはもうあんな状態だったわけ?」
「ええそうです。そもそも僕が地上に出ようと思ったのは、何やら地響きがしたのを感じ取ったからなのですが…」
「…どこから…話したらいいのでしょうね」

女は腕を組み、顎に手をやって、う〜んと暫く空中に視線を泳がせるも、暫くしてからポツリポツリと話すにはこういう事だった。

自分はさまざまな星を宇宙船に乗って転々としている身である。そうなった理由は自身が住んでいた星が謎の生命体PYOMAぴょーまによって滅ぼされてしまったからなのだが、生き残りである自分達を追ってPYOMAもまた宇宙を彷徨っている状況だ。たまたまこの地に辿り着き、そうして地上は焼き尽くされた。いくつもの星がこのような有様になっている。PYOMAを必ず倒さなくてはならない。けれどあれを倒すためには、一定の生命エネルギーを貯める必要がある。それが溜まらず、打開策を探している……と、そういうことらしい。
つまりは賢者の島は、関係のない戦いに巻き込まれて荒廃してしまったのだ。

「事情は理解しました。しかしそれで…貴女のそれはなんなのです?何かのコスプレですか?」
「コスプレ?違いますよ!そうでした、自己紹介がまだでしたね!」

そこで言葉を切った女はなぜか一回転し、腰のホルダーから光線銃を取って頭上に構え、恐らく決めポーズをした状態でこう言った。

「私たちは宇宙警察、P機関です!」
「ぴぃー!」

しん、と静まり返る男どもを目の前に、決まった…!と満足気な表情をした女と一匹を一瞥し、今度はジェイドが質問を投げかける。

「先程『生命エネルギー』が必要とおっしゃっていましたが、それはどのように貯めるのでしょう」
「生命エネルギーは、このぴぃちゃんが!」
「ほぅ?この生物、何か特別な力を持っているのですか」
「いえ!ぴぃちゃんがエッチな事をされると、生命エネルギーが溜まるんです!」
「は?!」
「スケベはパワーよ!」
「オレ、お前の星がなんで滅びたかわかったわ」

フロイドの華麗なツッコミが入ったところで、少し悲しそうな顔をした女が呟く。

「でも、ぴぃちゃんを見るとみんなエッチなことをするのを躊躇うの。どうしてかしら、こんなに可愛いのに。可愛すぎるのが罪なのかしら」
「いや、この顔見たらそんな気失せるでしょ。可愛いのかお笑いなのかわっかんねぇよ」
「そうですか?僕は可愛いと思いますが」
「はぁ!?ジェイドマジで言ってんの!?」
「ええ、大マジです。このフォルム。この瞳。このしっぽ。どこを取っても愛らしい」
「ぴぃ?」

ふわふわのモコモコをそっと抱き留めたジェイドは、ぴぃちゃんと呼ばれたそれを指でこしょこしょと弄る。
ぴ!ぴ!ぴ!と声を上げながらも楽しそうにしているので、どうやら好かれているようだ。

「しかし、いかがわしい事とはどのような事を指すのでしょうか…見たところ生殖器があるわけではなさそうですが」
「いやジェイド、お前何しようとしてんだよ!」
「何って、ナニ、ですよ」
「お、お、お前たち…!そのような話はこんな場所でするんじゃない!!」

ニコ!としたジェイドに、うわぁ…とジト目を送るフロイド。その横ではアズールがわなわなと肩を震わせている。
弄っていた手が尻尾を触り、その手触りに思わずホワ…とジェイドの頬が緩んだ。次いでキュムッと付け根を引っ張ると。

「ぴっ!?」
「おや、尻尾はいやで…ッ!?」

ボフン!
大きな音がして、一帯が煙に包まれる。そして数秒後にそこにいたのは。

「人間!?」
「ぴぃ?」
「貴女まさか…」
「ぴぃちゃん!」
「ぴぃ〜!」
「えっマジで!?」
「人型を取れる生き物だったんですね…。貴女は知っていたんですか?」
「…っも、もちろん知っていたわ!」
「知らなかったんですね」
「人型でも喋れないのですか?」
「あ、話せます」
「喋ったぁああああああ!?」

一同は騒然である。
ぴぃちゃんと呼ばれるその生き物は、今や完全なる人。ただの女の子であった。
ショートヘアから覗く白い耳、それからなぜか手首や足首に残った毛玉のようなモコモコ。
こちらも胸はかろうじてサラシのようなリボンで覆われており、下もモコモコホットパンツで隠されていてそこは安心だった。
お尻からは尻尾が生えていて、やはり「ぴぃ」そのものだと判断ができる。

「この形だったら全然いけんじゃん。エッチなことってやつ」
「わかりました、今すぐにシましょう。僕に任せてくださいそれでは」
「ぴっ!」
「あっ!」

どこかに走り去ったジェイドの後は追いかけることができなかった。
オレの部屋でやられてたらめっちゃ嫌なんだけど〜。と言うフロイドの小言は果たして叶っているだろうか。

「てかさ、ヒトデちゃんに直接エッチなことしたらもっと溜まんじゃねぇの、そのパワー」
「ヒトデちゃん?」
「ん。なんか星みたいなマシンに乗って落ちてきたデショ?だからヒトデちゃんね」
「あ、そういえばさっき名前を名乗るの忘れたわね。でもそのヒトデっていうの、響きがかわいいわね。そう呼んでもらっても構わないのよ。それで…そうね、私がされるのは考えたこともなかったです」
「んならやってみようよ。オレやってやろーか」
「え?」
「待ちなさいフロイド!ここは寮長の僕に任せて」
「でもアズールそういうの無理っしょ?」
「で、できます!僕にだって!」
「ん〜まぁオレはどっちでもいいけど」
「私も。試せるならどちらでも」
「貴女ね!自分の身体なんだから大事にしなさい!」

そんなことを話しているうちに、ぴゃ〜〜〜〜〜ん♡、という声が寮内に響き渡った。
ああー…と残念そうな声がフロイドから聞こえたが、対して女はそれに反応して光線銃を手に取ると、歓喜した。

「すごいわ!!あの人のおかげでエネルギーがぐんぐん溜まってる!」
「…ジェイドマジでやりやがった…」
「ジェイドのああいうところは本当に尊敬しますね…」

こうして、宇宙警察と謎の生命体PYOMA、それに巻き込まれてしまったオクタヴィネル寮生たちの戦いは、幕を開けたのだった。

design
1/7ページ