【完結】僕らの思春期に花束を

娘が配達にくる度に花を持ってくるものだから、それは徐々に溜まっていった。
しかし、アズールは特別花が好きなわけではない。見栄えという点では店に必要であるのでそれなりに買いはするが、好きかと聞かれれば好きでも嫌いでもない。もちろん、娘からもらったものだからそれはそれは大切にはしたが、どんなに丁寧に扱えど、命あるそれは枯れゆく運命を背負う。
枯れるそれらに自分を重ね、いつかこの関係が終わってしまうのではないかとすら思うのは馬鹿らしいだろうか。

そうして日に日に元気が無くなっていく寮長を見かねて、一人の寮生が帰り際の娘を呼び止めた。

「あのっ!」
「はい?」
「花屋さん、ですよね」
「ええ…っと…そうですけど、あなたは…?」
「俺、モストロ・ラウンジで働いてる学生です!その、今日、時間ってありませんか」
「え…?」

突然呼び止められた娘は、思いも寄らない言葉に困ったような表情を浮かべる。
腐っても接客業のプロである寮生は、それに気づいて、慌てて事のあらましを説明した。

「そういうわけで、理由はわからないんですが、」
「そうだったんですね…私、全然気づかなかった」
「あなたと一緒にいる時は楽しそうにしてます、寮長。だから気づかないのも無理はないかと」
「…!」
「だから、よかったら寮長ともう少し一緒にいてあげて欲しいんです」
「………わかりました」
「本当ですか?!」
「けど、今はあなたも含めてお仕事中でしょう?私も、店番をサボるわけにはいかないので…」
「あ、それなら!」

寮生は一つの案を口にした。それに「わかりました」と一言。そして笑顔を見せた娘を、不覚にも可愛いなぁと思ったなどとは口にすることはなかった。

そうしてそれから三時間後。
娘はまたオクタヴィネル寮を訪れていた。
寮生からのお誘いはこういうことだった。
すぐには無理と言うのなら、数時間後に花屋まで迎えに行きますと。
ラウンジが終わるまでは寮長は手が離せないが、それまでの間はオクタヴィネルにあるゲストルームに居ていい。なんなら泊まれるように手配をしておくから、それから少しの間だけでも会ってもらえないか。そしてどうして元気がないのか聞き出して欲しいと。
そう言われては無視できるはずもなく、こうして時間を作って再度ここにきたわけだった。

ただしゲストルームに案内される途中に、話の中心人物に出会う事ばかりは、予想外だったが。
アズールは二人の姿を見つめて、絶望したような表情を浮かべた。

「何、してるんです、あなたたち」
「!?寮長、なんでここに!?」
「今は、ちょうど相談の空き時間があったので…。それより、彼女がどうして」
「こ、これには理由が、」
「…理由、ですか…?どんな?僕を差し置いて、」

その物言いにアズールが勘違いしていることを感じ取った娘は、寮生とアズールの間に割って入って、アズールの腕を引っ張った。

「は、?」
「あの!アズールさん!」
「な、なんです、ッ」
「時間あるんですか、今」
「時間?ああ、ええ…少しなら」
「わかりました。ではこちらに来てください」
「は?いや僕は、」

そのまま、今しがた案内されたばかりのゲストルームにアズールを押し込み、「あっ!」と声を上げてからひょこっと顔をのぞかせた。
ぽかんとする寮生ににこりと笑いかけて、一言。

「連れて来てくださってありがとうございました!」
「あ、」
「お礼はまた、いつか!」
「はいっ!」

ビシッと礼をした寮生を横目に扉を閉めて、扉の前に仁王立ちした娘はそわそわしているアズールに対峙した。
見た感じ、体調が悪いわけではなさそうだと、そこは一安心。
しかし、言われてみれば確かに元気がなさそうだ。
告白してから頻繁に会っていると言っても、最近時間に限りがあるせいで、しっかりと顔を見ていなかったなと反省する。

「アズールさん」
「は、はいっ!?」
「アズールさんは人からの相談事を受けていると伺ったのですけど、」
「え?あ…はい、そうですね」

アズールがそう答えると、ずいっと一歩踏み出した娘が頭一個分下からジッとアズールを見つめる。そんな態度にドギマギしながらも、なんとか『な、なん、です』と声を発した。

「…アズールさんは、相談事をするのは慣れていませんね?」
「まぁ…する…ことは、ない、ので…相談など、」
「………なりませんか」
「はい?」
「私は、頼りになりませんか?」

グッと下唇を噛んで、それから下を向いてしまった娘は、少しだけ肩を震わせてアズールのストールを掴む。
急激に意気消沈した娘を気遣って、今度はアズールが娘の肩に手を添え、顔を覗き込んだ。
今、彼女は頼りにならないと言ったか?
そういえば、お義父さんがいつか話してくださったか。彼女は最近『私、何も知らないから。もっと勉強して、できることを増やさなくっちゃ』と言うようになったんだと。
なんだろうこの違和感は。
彼女は何か勘違いをしているのではないかと、アズールは一抹の不安に襲われる。

「あの…もしや僕は、知らないうちに何かしてしまいましたか?」
「違います…っ…ごめんなさい、アズールさんは悪くないです。…ただ、その…」
「すみません、何かあるなら言ってもらえませんか?」
「…アズールさん、何か元気がないので…なのに、私、何もできないし…私には何も言ってくれないし…。寮の方はアズールさんがおかしいって気づいたのに、私はそれに気づくことすらできなくて、せっかく、たくさん想ってもらってるのに、何もお返しできなくて…悲しい…です」

すでに潤んでいた瞳から、ポロリと涙が滑ったのを目に止めて、アズールは慌てて声を発した。

「は、はぁ!?な、僕がいつ貴女にお返しを求めましたか!?」
「っ…な、なんですか!そ、そんなに、お、驚かなくっても…ふ、普通、です、そんなの…だって、好き、なんだもの」
「す、ァ!?」
「だって、好きになっちゃったんだもの…!アズールさんのために何ができるかって、考えて、でも、頻繁に会っても、あまり言葉を交わせないから…私、私…私は、アズールさんに、好きって言ってもらってない、し、きっと、足りないんだって、そう想って」

ぐずぐずと鼻を鳴らしながら、ポロポロ流れる涙は止まる様子を見せない。
なんでこんなことに、なんてアズールが頭を抱える暇はなかった。
つまりは全てが杞憂だったのだ。
いつの間にか、アズールと同じくらい、娘もアズールのことを好きになっていたのだから。
それを信じないのはそれこそ失礼に値すると、アズールはついに覚悟を決めて、娘をそっと腕の中に収める。
突然のその行動に、娘の身体は一瞬びくりと跳ねたが、嗅ぎ慣れた香りを鼻腔に感じたことで、徐々に力を抜いた。
逃げられないことに安堵したアズールは静かに言葉を紡ぐ。

「好きです」
「…!」
「僕は、貴女のことが、好きです。だから、元気がなかったのかもしれません」
「え…?」
「いただく花をどうしたらいいかわからず、枯れていくのを見つめては、貴女がいつかいなくなってしまうんじゃないかと、怯えていたんです」
「っ、そんな」
「あるわけない、とは言えないでしょう?でも、貴女も同じだったんですね」
「あ、」
「だから、少しだけ安心しました。貴女が頼りにならないとか、そんなことは一切ありません。これは僕の弱さで、呆れられてもおかしくない性格ですから」
「…私…、何度でも好きって言います。アズールさんが安心するまで。だから、不安になったら呼び出して…?お花はね、水を浴びたら元気になるの。私が何度でも、何度でも、アズールさんを満たすから。たくさんたくさん、愛をあげる。そうしたらきっと、元気になる…でしょ?」

少し悲しげに笑ったアズールの頬をそっと包み込んだ手のひらは、優しい熱をその頬に残した。気持ちが通じて、安堵する。自然と惹かれた唇をそっと互いのそれに重ねた、その瞬間。
「寮長!アポイントの時間です!」と寮生が飛び込んできた、なんていうのは、誰もが予想した未来だ。
二人は目を見開いてから顔を真っ赤にして。
それでも、とても幸せそうに、相好を崩した。

フラワーロード。それは恋の花道。
季節は移ろえど、その度に、いろいろな花を咲かせて。何度でも何度でも、満開になる。
きっといつでも咲き誇る満開の花たちに囲まれて、二人はずっと、幸せ。
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