【完結】僕らの思春期に花束を

メイドと気持ちが通じ合ったジェイドはご機嫌だった。ついでに身体もつなげられたのだから、それはもうこれ以上ないほどにご機嫌に決まっていた。
朝起きれば同じベッドに眠るメイドを見つめ、夜はその腕にメイドを抱きしめる。
ことあるごとにキスを落とし、そのたびに恥ずかしがる顔の何と可愛らしいことか。
ああ世界はこんなにも美しい!
暫くは思春期が元気いっぱいすぎて、メイドが苦労をしたとかしなかったとか。

さて。そんな中である。
不幸の手紙VER.2が送られてきたのは。

メイドはなんだかんだ言っても、こんな日が長く続くとは到底思っていなかったので、貰った指輪を弄りながら「坊ちゃん…」と控えめに切り出した。
なお、指輪は業務の邪魔になるのでネックレスにしていたので、胸元で手をもじもじさせるメイドの可愛さに額を押さえて「少し待ってください」と思春期を抑えつけたジェイドは、いた。

「坊ちゃん、やっぱり親御さんたちに従ったほうがよかったんじゃ…」
「貴女、まだそんなことを言っているのですか?」
「だって、これ見てくださいよ。今回は一人ならず十人分はありますよ?」
「全く我が家も物分かりが悪いですね…。仕方ありません。こちらも全面戦争といきましょうか」
「なんでですか!?もう!!坊ちゃん、すぐ戦争するんだから!!」

ジェイドの母親から送られてきたのは良家の嬢様と思われるいくつもの写真と、それから手紙。手紙には長々と文章が連なっており、最後には「フロイドも一緒に連れてきなさい」と添えられていた。
呼ばれたのは海の中だ。今度こそ本気だという意気込みがひしひし伝わってくる。
いくら鏡でひとっとびとは言っても、今回ばかりはついては行けないので数日お暇ができるなぁと、メイドは思っていたのだが。

「アズールに魔法薬を頼まなくては」
「魔法薬?珍しいですね。何のですか?」
「もちろん貴女に尾鰭を生やすための、ですよ」
「へぇ~!そんなことがで…はぁ!?」
「何をそんなに驚くことがあるのです?この際ですから番として紹介しに行きます。わざわざあんな遠いところまで呼びつけられたのですから」
「は、え、い……いやいやいやいやいや!!!!」

ぶんぶんぶんと首がもげるほどに首を振ったメイドはものすごい形相でジェイドに詰め寄った。
しかしながらその背丈はジェイドの三分の二ほどしかないので、ジェイドの思春期を元気にさせる力しか持たない。

「今週末、開けておいてくださいね」
「開けておいても何も、坊ちゃんがこの屋敷にいないのであれば私にはやることがないので…」
「では決まりですね。ああ、まさか貴女に尾鰭を生やせる日がくるなんて…。僕は陸でも海でも問題ありませんよ。貴女と生きていけるならどこでも」
「早いです相変わらず脳内が爆速処理されていますよ坊ちゃん!!」
「そんなことはありません。元来人魚は番を大切にする生き物です。ですが海の中は危険も多いので、やはりこのまま陸に暮らす方がよいでしょうね」

式の手はずも整えなければなりませんし、と、どんどん進むその妄想を止めることなど、メイドにはできない。
最終的には、「もう!」と言いつつも嬉しそうな表情で苦笑するしかなかった。

そうしてやってきた週末。
アズールから手渡されたそれは、あまりにもヒトが飲む物という色を成していなかった。
いうなれば、ガマガエルそのもの、みたいな奇妙な緑色をしている上、横に傾けると「トロリ」ではなく「ドロリ」と瓶の中で動くのだ。
怪訝な顔になるのくらい、許されるだろうか。

「あの……この魔法薬、本当に大丈夫ですよね?」
「僕のことを疑うんですか?大丈夫に決まっているでしょう」
「で、でも、」
「飲みやすいですよ、」
「ほんとに?!」
「この類の薬にしては、ですが」

その言葉に、やっぱり味の保証はされないのかとゲンナリしたメイドは、それでも有無を言わさぬジェイドの瞳に見つめられては飲む以外の選択肢はないわけで。
連れてこられたナイトレイブンカレッジの鏡の間の前でゴクリとそれを一気飲みした。
しかしながら思ったよりもマシな味に「あら、案外いけるのね」と目をパチクリさせているうちに、すぐに足に異変を感じた。

「…!坊ちゃん、足が」
「さすがアズール。効果が出るのが早い」
「当たり前だろう。効き目は丸っと二十四時間で切れる。言うまでもないが気をつけてくださいね」
「ええもちろん」

自らの足で陸に立っていられなくなったメイドを抱き上げて、鏡に向かったジェイドはさながら王子のようだった。

言い忘れていたが、学園長は既に買収済みである。

「最初は慣れないかもしれませんが、慌てずに呼吸をしてください。普段と同じで構いません」
「わかりましたっ…」
「怖いですか?」
「…少しだけ。海の中は初めてですし…」
「貴女とは長い間連れ添ってきましたが、そうですね、初めて、ですね。海の中に貴女を連れていけるとは思いませんでした」
「ふふっ…たしかに。私も坊ちゃんの故郷を見れるなんて、思いもよらなかった」
「嬉しいものですね、思いの外」

そう言いつつ、ジェイドがメイドの額にキスを落とすと、背後から、「早く行け!見てるこっちが恥ずかしい」とお小言が入れられたために、二人苦笑して鏡を潜った。

「…!」

とぷん。
それはメイドにとって初めての経験だった。
鏡を抜ければそこはすぐに暗い海…かと思いきや、魔法薬の影響で網膜も変化したのだろうか、そこには極彩色の世界が広がって、そういう意味で息をすることを忘れた。
肌に感じるのはヒンヤリとした水の感触なのに、溺れているなんて不安は微塵もない。
ジェイドの腕に抱かれているのだから当たり前かもしれないが、それを抜いても。

「坊ちゃん…!凄い!」
「ふふっ…心配はなかったようですね。呼吸もきちんとできていますし」

今、メイドの腰から下の部分は、青と紫と、それから…人の言葉では言い表し難い、しかしありきたりな表現をすれば虹色、だろうか。そんな美しい色の鰭になっていた。
つまりは、ジェイドと同じ、人魚である。

「……」
「本当に尾鰭がある…!!坊ちゃん、すごい!坊ちゃんと同じですよ!ほら見……坊ちゃん?」
「………貴女のこんな姿が見られるとは……ついぞ思っていなかったので…本当に…ああ…」
「ひぇ!?」

そう言うと、メイドの腰に添えられていた手が怪しく動いた。
普段は見ることのない、と言っても、ここ数日の間に何度触れられたかわからないわけだが、とにかく夜、ベッドの中以外では見ることも触れることも叶わないその肌にこうも簡単に手を添えられるとは、と人魚姿の時には目立たないはずの思春期がぎゅんぎゅんと波打ったその時。

「オレもいんだけど」
「きゃっ!?」
「……フロイド、邪魔をしないでくれますか」
「あのさぁ、邪魔も何も……一緒に来いって言われたの忘れたの?ただでさえ一緒に来ればいいところを海の中で待ち合わせにしてやってんのに」
「本当なら二人で報告に行けるはずが」
「てか報告で済むかどうかっていう問題もあるけど。それより早く行かねぇともっと怒られるんじゃね」
「……そうですね。まずは全てを終わらせましょう」
「まぁ大丈夫でしょ。メイドちゃん、そんなびくつかなくっても。ジェイド、マジでつぇえから心配しなくていーよ、いろんな意味で」

そうフロイドも笑うものだから、メイドもなんだか気が抜けてしまった。

「早く帰らねぇ?」
「ですね……ああでもその前に」
「…、っわ!?」

ジェイドがマジカルペンを一振りすると、胸当てと鰭だけだったメイドにキラキラが降り注ぐ。
そのキラキラがなくなったとき、そこにいたのはドレスアップされたメイドだった。
と言っても、人魚界でいうドレスアップがどの程度なのか、メイド自身は知る由もなかったが。
ただこの煌びやかさなら、どこからどうみてもメイドに見えないどころか、どこかの令嬢にさえ見間違うほどだとなんとなく感じたのは、フロイドの「お~」という感嘆の声からだ。

「うわぁ…きれい……!」
「ついてきていただいた御礼も兼ねて、です」
「で、でも、」
「……それから、先に謝罪させてください」
「?」
「恐らく貴女に不快な思いをさせるような発言も飛び出すと思います。なるべく回避したいとは思いますが、何ぶん我が親ながらに過激なもので」
「坊ちゃん……ありがとうございます、私のこと、考えてくれて」
「当たり前です。貴女は僕の番なので」
「幸せものですね、私は。その心遣いだけで、どんなことがあってもやっていけそうです」

そっとジェイドの頬を撫でて微笑んだメイドは、もはやメイドではなくジェイドにとっての御姫様に他ならない。
今度こそ唇を重ねようとした瞬間、またもやフロイドに邪魔されて、ジェイドのやる気は燃え上がった。
これはもう、皆に番として宣言し、認めてもらって、早く二人きりになって甘い時間を堪能しなければ思春期が死んでしまう!由々しき事態だ!と。

「行きましょうフロイド。家族とはいえ、これは戦争です」
「ほんっと極端だよなぁジェイドは!!でもまぁ嫌いじゃねぇよそういうとこ」

そんな会話をしたのも束の間。
鏡を通ってきているので、すぐにリーチ家の前についた。
扉を開けるなり、こんな言葉を発したジェイドがいたのは想像に難くなかったが、場は一時的に固まってしまった。

「あらジェイドにフロイド、早かっ」
「僕の番を紹介しますね」
「…?ジェイド、貴方何を」
「あちゃ~……」

しかし、さすが商売に置いて右に出るものはないと謡われるリーチ家である。
一度会ったことのある人物の顔はインプット済のようで、いくらキラキラを纏っていてもその顔を一目見て気づいたのだろう。
すぐに同級生のリドル・ローズハートのごとく顔を真っ赤にして怒り始めた。
それを咎めるように父親の方が努めて静かに声をかける。

「そちらさんはお前のメイドだろう。よもや本気じゃあるまいね」
「いいえ父上。僕の番は彼女しかいません。もう陸式の婚姻は済ませましたのであとはあなた方の同意を得るのみです」
「お前はまだ若いからそういうことを言うのだ。もう少し大きくなればわかる。彼女はやめておきなさい」
「なぜです?身分が釣り合わないなどという前時代的な意見以外でしたら、聞く耳くらいは持ちましょう」
「身分だけじゃない!ヒトと人魚でどう番うと言うんだ!子も成せない、財産もない、何もない!選ぶ意味がないじゃないか!」
「…言いたいことは、それだけですか」
「お前はどうして!」
「あなたは今、彼女と、それから僕を侮辱しましたね。自分の生きる道くらいは自分で決めます。あなたたちだってそうしてきたから今の地位にいるのでしょう。でなければこの家系で突発的に事業者など生まれるはずがありませんしね」

そう言われては返す言葉もないわけで。
それでも数秒待った後、ふっとにこやかに笑ってジェイドは言った。

「僕を納得させられるだけの言葉は持たないようですね?それでは今日は失礼します」
「えっ、坊ちゃん、せっかくなのに、」
「特にすることもありませんし、これ以上話すこともありませんから」
「フロイド、貴方はいてくれるわよね、今日は、」
「ジェイドが帰るならオレも帰るに決まってんじゃん」

メイドがおたおたとするも、その手を引いて胸に抱きとめたジェイドは勢いよくその場を去った。
親二人の目は最後の砦フロイドに向いたが、フロイドは屈託なく笑うだけだ。

「二人ともわかってんでしょ~オレは自由で居たいいだけ~。期待に応えられなくてゴメンねぇ」

ぴらぴらと手を振って長い尾鰭を翻したと思えば、フロイドも後を追って優雅に海を泳いでいった。
自我が強い子供をもったことを後悔するべきか、それとも喜ぶべきか。
とにもかくにも、リーチ家の行方がこの先どうなるかは誰にもわからない。
ただ一つ、わかることは。

「これで晴れて僕らは番です。誰にも邪魔されることなく、誰のものさしで図られることもない、番」
「もう…本当に……仕方ないですねぇ……!私、坊ちゃんに一生お供しますよ!」

二人の未来が、笑顔にあふれているということ、それだけ!

きっちり二十四時間海のハネムーンを楽しんだ後、戻った陸で、仲睦まじく暮らしたそうな。

ちなみに言うまでもないが、ジェイドの思春期は、今日も変わらず、元気である。
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