【完結】僕らの思春期に花束を
ロマンチックすぎる告白劇は、終わってしまえばあっけなく、手元に残ったのは一本の深紅の薔薇のみ。
あのあと、ふわふわした心地のままに寮に戻ったアズールは、そのまま自室のベッドに寝転がりながら天井を見つめていた。
「本当に?本当に僕は彼女を番 にしたのか?」
起こった現実が信じられない。
しかしながら身体に感じた温もりは本物だった…気がする。
誰かに見られていたわけでもないし、言いふらすことでもない。
どうしようもなかった。
確かめるには自分が花屋に出かける以外に方法がないのだ。
「さっきの今で?できるわけないだろ!?」
自分の思いつきを大声で否定して、一人悶える。
やっぱり巻貝のアクセサリーを渡すべきだった。そうすればハッキリと気持ちの交換ができたのにと溜め息を吐いた。
それから。
悶々としつつも日常は過ぎてゆく。
こういうときこそ非情にも時間が取れないものだ。
もどかしく思えどどうすることもできなかった。
手元には書類の山。
相談アポイントも毎日埋まっていた。
商売繁盛。それは喜ぶべきことなのに。
どうして手放しで金勘定をしていられないのか。
ペンを走らせながら、次のアポまで表情筋をしばし休める。
人前で笑顔を作るのは慣れたものだけれど、疲れないのかと聞かれたら「もちろん疲れる」が正解だ。
以前もらったハーブティーはとうの昔に底をついていた。
彼女が恋しくて、会いたくて、話をしたい。
「ダメだな…恋に溺れるような人間ではないと思っていたが、全然じゃないか」
そう呟きながらこめかみを押さえた刹那、VIPルームの扉が叩かれた。
どうぞ、と入室を促せば、入ってきたのは一人の寮生だった。
確か彼の持ち場は…今日はキッチンだったはずだがどうしたのだろうか。
「寮長、失礼します!」
「なんです?食材でも尽きましたか?」
「いえ、そう言う訳では!…その、業者の方が、寮長と話したいとおっしゃっていまして」
「業者?」
「はい。どうしても寮長とじゃないとやり取りできないと…裏口のほうに」
「はぁ…こんなときに…。わかりました。すぐに行きます。あなたは持ち場に戻って構いません」
「承知しました、よろしくお願いします」
叩き込んだ通り礼儀正しく一礼してから出て行った寮生を見送り、緩慢な動作でVIPルームを出たアズール。
業者を蔑ろにするわけにはいかないが、事前にアポくらいとって欲しいものだ。一言、お小言をくれてやらなければと、勢いよく裏口に繋がる部屋の扉を開けて唖然とする。
そこにいたのは、花屋の娘だった。
夢か?と目を擦れど、娘はそこに存在しており、アズールの顔を見るやいなや、ぷくっと頬を膨らませて眉を顰めた。
「あ、貴女、どうして…」
「どうして、じゃありません」
「え、あ、あの」
どもるアズールに一歩近付いて、じっとその目を見つめる。
「アズールさん、どうして私が来たかわからないんですか?」
「え…と、また、お義父さんがお忙しかったから…代わりの配達、でしょうか?」
「違います。お父さんに頼んで、私が、来させてもらったんです」
「そ、れはまた、なぜ、」
誘導されるように問いと回答を繰り返したあと、徐に手を取られてビクついたアズールの肩にも構わず、娘はその指先をキュッと握った。
「んんッ!?」
「……寂しかったです」
「へ、?」
「ずっと、待ってたのに。会いにきてくれないんだもの…」
「!?」
「でも、思ったの。いつも待ってるだけだから…」
そう言うと、娘は一本の花を差し出した。
それは赤いアネモネ。
その意味をアズールが知らないわけはなかった。
愛読書のマークにもなっているアネモネの花言葉は、「君を愛す」だ。
そう、意味はわかる。わかるのだが、今それを差し出される意図が分からず、アズールが怪訝な表情を見せる。
すると、ずいっとそれを押し付けた娘は、唇を尖らせて言う。
「今度は、私から渡そうって、思ったんです。いつももらってばかりだったので」
「では…これは、僕に?」
「そうです。………欲しかったものが手に入ると、途端にいらなくなっちゃう人って、いるでしょう?そうなられたら嫌だもの」
「は…はぁ!?僕が貴女のことをいらないと言うとでも!?」
「そうじゃないですけど、そうならないための努力は必要だって思ったんです。だから、今日からここの配達は私がします」
そのセリフに目を見開いたアズールは、声にならない声を出して、固まった。
会いに行かなくても会えると言うのか?それよりも寂しいってどう言うことだ?やっぱり、やっぱり彼女は。
「貴女、僕のこと、好きなんですか?」
「…?何言ってるんですか?告白しましたよね、私」
「あ、あれは白昼夢ではなかった…?現実でしたか?」
「…っふは…!」
「な!わ、笑い事じゃ…!」
「ふふっ、アハっ…!もしかして、アズールさん、夢だと思っていたんですか?」
その言葉にはイエスともノーとも返せなかったが、それこそが何よりの証拠になってしまった。
ムゥ、と口を噤 んだアズールに対し、娘がにっこり笑い返した、次の瞬間。
アズールの腕がグッと引かれて、よろめいたアズール。
その頬に、チュッと触れたものは。
娘の、唇だった。
ワンテンポ遅れて、間抜けな声を発したアズールは、頬に残った熱の上に自分の掌を押し当てた。
「…は、?」
「夢じゃないって、わかってもらうまで。何度でも来ます」
頬を少し上気させて、娘は悪戯に笑った。
『それじゃあお仕事頑張ってください。今日の伝票は置いておきましたから』
残された言葉はアズールを通り越し、後ろから覗いていた寮生たちに届いたようだ。
娘が出て行って、裏口の扉がしまったと同時。
『寮長に春が来たぞー!!』
と、バックヤードに響き渡った声に反応してオクタヴィネル寮生たちが騒ぎ始めたのは、想像に難くない。
いつぞやサクラとして手伝いに駆り出された寮生たちは、なんだかんだ、その恋の行方を見守っていたのだから。
あのあと、ふわふわした心地のままに寮に戻ったアズールは、そのまま自室のベッドに寝転がりながら天井を見つめていた。
「本当に?本当に僕は彼女を
起こった現実が信じられない。
しかしながら身体に感じた温もりは本物だった…気がする。
誰かに見られていたわけでもないし、言いふらすことでもない。
どうしようもなかった。
確かめるには自分が花屋に出かける以外に方法がないのだ。
「さっきの今で?できるわけないだろ!?」
自分の思いつきを大声で否定して、一人悶える。
やっぱり巻貝のアクセサリーを渡すべきだった。そうすればハッキリと気持ちの交換ができたのにと溜め息を吐いた。
それから。
悶々としつつも日常は過ぎてゆく。
こういうときこそ非情にも時間が取れないものだ。
もどかしく思えどどうすることもできなかった。
手元には書類の山。
相談アポイントも毎日埋まっていた。
商売繁盛。それは喜ぶべきことなのに。
どうして手放しで金勘定をしていられないのか。
ペンを走らせながら、次のアポまで表情筋をしばし休める。
人前で笑顔を作るのは慣れたものだけれど、疲れないのかと聞かれたら「もちろん疲れる」が正解だ。
以前もらったハーブティーはとうの昔に底をついていた。
彼女が恋しくて、会いたくて、話をしたい。
「ダメだな…恋に溺れるような人間ではないと思っていたが、全然じゃないか」
そう呟きながらこめかみを押さえた刹那、VIPルームの扉が叩かれた。
どうぞ、と入室を促せば、入ってきたのは一人の寮生だった。
確か彼の持ち場は…今日はキッチンだったはずだがどうしたのだろうか。
「寮長、失礼します!」
「なんです?食材でも尽きましたか?」
「いえ、そう言う訳では!…その、業者の方が、寮長と話したいとおっしゃっていまして」
「業者?」
「はい。どうしても寮長とじゃないとやり取りできないと…裏口のほうに」
「はぁ…こんなときに…。わかりました。すぐに行きます。あなたは持ち場に戻って構いません」
「承知しました、よろしくお願いします」
叩き込んだ通り礼儀正しく一礼してから出て行った寮生を見送り、緩慢な動作でVIPルームを出たアズール。
業者を蔑ろにするわけにはいかないが、事前にアポくらいとって欲しいものだ。一言、お小言をくれてやらなければと、勢いよく裏口に繋がる部屋の扉を開けて唖然とする。
そこにいたのは、花屋の娘だった。
夢か?と目を擦れど、娘はそこに存在しており、アズールの顔を見るやいなや、ぷくっと頬を膨らませて眉を顰めた。
「あ、貴女、どうして…」
「どうして、じゃありません」
「え、あ、あの」
どもるアズールに一歩近付いて、じっとその目を見つめる。
「アズールさん、どうして私が来たかわからないんですか?」
「え…と、また、お義父さんがお忙しかったから…代わりの配達、でしょうか?」
「違います。お父さんに頼んで、私が、来させてもらったんです」
「そ、れはまた、なぜ、」
誘導されるように問いと回答を繰り返したあと、徐に手を取られてビクついたアズールの肩にも構わず、娘はその指先をキュッと握った。
「んんッ!?」
「……寂しかったです」
「へ、?」
「ずっと、待ってたのに。会いにきてくれないんだもの…」
「!?」
「でも、思ったの。いつも待ってるだけだから…」
そう言うと、娘は一本の花を差し出した。
それは赤いアネモネ。
その意味をアズールが知らないわけはなかった。
愛読書のマークにもなっているアネモネの花言葉は、「君を愛す」だ。
そう、意味はわかる。わかるのだが、今それを差し出される意図が分からず、アズールが怪訝な表情を見せる。
すると、ずいっとそれを押し付けた娘は、唇を尖らせて言う。
「今度は、私から渡そうって、思ったんです。いつももらってばかりだったので」
「では…これは、僕に?」
「そうです。………欲しかったものが手に入ると、途端にいらなくなっちゃう人って、いるでしょう?そうなられたら嫌だもの」
「は…はぁ!?僕が貴女のことをいらないと言うとでも!?」
「そうじゃないですけど、そうならないための努力は必要だって思ったんです。だから、今日からここの配達は私がします」
そのセリフに目を見開いたアズールは、声にならない声を出して、固まった。
会いに行かなくても会えると言うのか?それよりも寂しいってどう言うことだ?やっぱり、やっぱり彼女は。
「貴女、僕のこと、好きなんですか?」
「…?何言ってるんですか?告白しましたよね、私」
「あ、あれは白昼夢ではなかった…?現実でしたか?」
「…っふは…!」
「な!わ、笑い事じゃ…!」
「ふふっ、アハっ…!もしかして、アズールさん、夢だと思っていたんですか?」
その言葉にはイエスともノーとも返せなかったが、それこそが何よりの証拠になってしまった。
ムゥ、と口を
アズールの腕がグッと引かれて、よろめいたアズール。
その頬に、チュッと触れたものは。
娘の、唇だった。
ワンテンポ遅れて、間抜けな声を発したアズールは、頬に残った熱の上に自分の掌を押し当てた。
「…は、?」
「夢じゃないって、わかってもらうまで。何度でも来ます」
頬を少し上気させて、娘は悪戯に笑った。
『それじゃあお仕事頑張ってください。今日の伝票は置いておきましたから』
残された言葉はアズールを通り越し、後ろから覗いていた寮生たちに届いたようだ。
娘が出て行って、裏口の扉がしまったと同時。
『寮長に春が来たぞー!!』
と、バックヤードに響き渡った声に反応してオクタヴィネル寮生たちが騒ぎ始めたのは、想像に難くない。
いつぞやサクラとして手伝いに駆り出された寮生たちは、なんだかんだ、その恋の行方を見守っていたのだから。