【完結】僕らの思春期に花束を
「どうすればいいんだ」
「どうするもこうするも会いに行けばいいのですよ」
「でも」
「じゃあやめればぁ?」
「っ!!お前たちは僕の独り言にいちいち反応するなっ!」
「アズールの独り言が大きいんですよ」
「そうそう~。てかそもそもなんでそんな悩んでるって話なんだけど?アズール、あの娘と仲いいじゃん」
「………仲が良い?そう見えますか?」
アズールが帳簿を付けながらも悩んでいると、横からちょっかいが入る。
作業も脳内シミュレーションも思うように進まずにイライラしていたが、フロイドのその一言でその機嫌は180度変った。
「僕と彼女は懇意にしているように見えるのか…!?」
「とはいっても番 にできるかどうかはまた別問題ですけどね」
「ジェイドは本当に一言多いな!」
「申し訳ありません。僕、素直なので思ったことがすぐに口に出てしまうんですよねぇ」
「でたっ、ジェイドの大嘘!」
「おやおや、フロイドは失礼ですね」
「だから話を逸らすな!」
はぁあ……と大きな溜め息を一つしたアズールは考える。
たしかに、向こうから会いに来てくれたのだ。嫌われてはいないと思う。むしろあの様子だと、好きになってもらった、と言っても過言ではないだろう。けれど、自分のプラン通りのステップを踏んでいないので、心配でもあった。あの娘 に限って、ヒトをからかって遊ぶようなタイプではなさそうだが、一抹の不安はいつだってあるのだ。
『思い込みだ』『そんなわけない』『好かれているだなんて、そんな思い上がりな』
彼女にそんな風に言われたら、また蛸壺で暮らすことになってもおかしくない。
「でもさぁ、あんな、プレゼンントまでもらったわけだしー。思い込みじゃなくねぇ?さすがに」
「ですね。唯一無二のものを作ってもらっておいて、アズールは本当に恵まれていますね」
「ジェイドはなんでそんなにイラついているんだ?」
ジェイドはつい先日、メイドがお見合いをすることを知ったためにピリピリしていたのでアズールをいびっていただけだった。
ただ、フロイドもジェイドも言っているように、ここまでされて一歩進まないのはそれこそ不誠実なのかもしれない。
元はと言えば、自分から、彼女に出会って恋をして。あのフラワーロードのお話のように『彼女との恋の花を咲かせたい』と思ったのだから。
「明日はラウンジもお休みですし、きちんと会って話してみては?」
「あれからもう一週間経ってんだからもう忘れられてるかもしんねーけどね」
「こらこらフロイド、そのようなことを言ってはいけませんよ」
「あっそうだよねごめんジェイド」
「謝るなら僕にでは!?」
こうして夜は更けていく。
余談だが、この日のはぴはぴラヂオは、例のアプリでハピヲ先生が可愛がっていた「はっぴーちゃん」がお亡くなりになったとのことでお通夜になっていた。
幸先が良くない放送だったが、自分の良い結果を報告できたらいいな、なんてアズールが思っていたことは、ここに記しておく。
次の日。
鏡の前で何度も何度も身だしなみをチェックしたアズールは、自ら決めたジンクス通りに右足から靴を履き、部屋を出た。
手にしているのは、代々アーシェングロット家に伝わる金の巻貝…がついているバレッタ。番になった暁には、金の巻貝をあしらったアクセサリーをパートナーに贈るのが慣しだ。本当はネックレスか指輪にしようかと思ったのだが、フロイドに「それだけはやめろ」と止められたので、仕方なくこうしたのだ。
「きちんと御礼と詫びを告げてから、花を購入して、そうして僕の気持ちを伝えて、花と一緒にこのバレッタも贈る」
今日の流れは頭の中で何度も繰り返しシミュレーション済だ。間違えるわけがない。間違えるはずもない。
なのに。
「なんだい花屋んとこのフィアンセはまぁだ告白もしとらんとな!?」
「してなくはないんですよマダムたち!!というかあの、ついてこないでください!」
「なーんでじゃ!アタイたちはみーんなの恋の味方じゃよ!」
「っ、でも、僕は、」
「まぁまぁ!アズちゃんの恋のきゅ~ぴっとは、このっ、商店街シスターズに任せなぁね!」
「いや!!だから!!待ってくださ…待つんだ!!」
商店街に入った瞬間、当たり前のようにシスターズに捕まってしまった。
いくらなんでもシスターズに手荒な真似はできないと、頑張って言葉で対応していたアズールではあったが、全くもって話が通じないので頭を抱えていた。
恥ずかしいとかそういうレベルの話ではないのだ。これは一世一代の愛の告白。
そんなつもりで出てきたのに、パリッとしたジャケットはすでによれよれ、眼鏡も若干ずれているような気さえする。
このまま行ったらいけない、と思いつつも、アズールは彼女たちを振り払うだけの言葉を持たなかった。
無情にもシスターズに寄り添われたまま花屋についてしまったアズールは開口一番にこんなことを口走ってしまったのだ。
「海を渡ってくれた貴女へ贈るための恋の花束を一つください!」
「おっ!支配人さんじゃないか!いらっしゃい!!」
「は…はぁああああ!?」
その上に、店内にいたのは、娘ではなく屈強なゴリラ…もとい、娘の父だった。
恋、破れたり。
さすがのシスターズも、この仕打ちにはがっかり。
それから少しの申し訳なさもあって、ゆっくりと花屋から散っていった。
失敗も失敗したアズールは、今、店の近くの海岸にあったベンチで一人、黄昏ている。
聞いた話によると、娘は数日前から空き時間を作っては様々な講習に出かけているらしかった。
『私、何も知らないから。もっと勉強して、できることを増やさなくっちゃ』
口癖のようにこう言っていたとは、娘の父から聞いたことだ。
突然の変化だったという。
ずっと二人で花屋をやってきて、こんなことは初めてだったと。
父親が何かあったのか聞いたところ『私は待っている間に成長するの。いつか干からびた海をもう一度幸せで満たせるように』と返ってきて、なんのこっちゃと笑って済ませたそうだ。
「はぁ…本当に…どうして僕はこう……はぁ………」
娘はきっと本当にアズールのことを気に入っていた。
それこそ自分からも海を渡るためにそれを干からびさせ、恋を、してくれたのだ。
だけれど海を渡った瞬間に、アズールの態度がああなってしまったから。
きっとそれをもう一度満たして、渡って戻れないようにしようとしたのだろう。
アズールは人魚なのだから、渡れないなんてことはないのに。
「……やっぱりこの恋の路はに花は咲かないのでしょうか…」
「あのおおおっ!!」
「!?」
静かに海を眺めていたアズールの耳に届いたのは、焦がれていた娘の声だった。
声の方を向けば、結構遠くにポツンと人影を見つけて、「え?あそこから声を出したのか?」とあっけにとられる。しかしそれも束の間、娘は距離を物ともせずに大きな声で話し続けた。
「アズールさんまでの距離はっ!最初は、きっとこのくらいでしたっ!」
「!」
「でも!!いつも遊びに来てくれて、一言、二言話して、それで、お花と一緒に気持ちをもらって!!」
「…っ、」
「私は、その花の海に溺れてしまったの!!」
「へ、」
話ながらも一歩、また一歩と歩を詰めて、アズールの方に近づいてくる娘は、手に何か持っているようだった。
次第にはっきりしてくるそれ。
それは、紅い、バラの花束。
「だから…海から引き上げてくれないから、私、その花を食べちゃった」
「……それは、大丈夫なんですか…?」
「ううん。大丈夫じゃないの。だから、」
「は、はい…」
「だから、私の中にある花たちを、なんとかしてほしいの」
ついにあと一歩でアズールに触れられそうな距離まで詰めてきた娘は、顔を真っ赤にしてそう言った。
ずいっと、アズールに差し出されたのは、七本のバラの花束。
その意味は、フラワーロード愛読者であるアズールにはすぐに分かった。
だからこそ、そこから一本抜き取って、自分の胸ポケットに留めたあと、残りの六本を娘に返す。
「……!」
「知っていて、やっている…と思って、いいのですよね?」
「……っ…もちろん……!」
「七本のバラは、ひそやかな愛を。六本のバラは」
「あなたに、夢中…、だから、愛を……分かち合いましょう!」
受け取ったその手でアズールに抱き着いた娘は、ぎゅっと身体を引き寄せた。
「花は、どうなったんですか?」
「全部、全部、溶けてなくなっちゃいました。だから今度は、分かち合った愛で、一杯にしてくださいね」
耳にささやかれた言葉に、アズールの頬はこれ以上ないほどに真っ赤に染まった。
「フラワーロードみたいだ…」
「なんですか?」
「いえ、……もういらないと言われても、ずっと愛を注ぎますから、そのつもりで、と言いました」
「ふふっ…!それは…覚悟しておきますね」
言いながらも、ポケットにしまったままのバレッタは、また今度渡すことにしようと、静かに笑った。
二人の話はこれにておしまい。
さぁ、次はあなたの番 。
その路 は、どこに向かって続いてる?
どんな路であったとしても、きっとその路に咲いている花は、満開になるその時を、今か今かと待っているよ。
「どうするもこうするも会いに行けばいいのですよ」
「でも」
「じゃあやめればぁ?」
「っ!!お前たちは僕の独り言にいちいち反応するなっ!」
「アズールの独り言が大きいんですよ」
「そうそう~。てかそもそもなんでそんな悩んでるって話なんだけど?アズール、あの娘と仲いいじゃん」
「………仲が良い?そう見えますか?」
アズールが帳簿を付けながらも悩んでいると、横からちょっかいが入る。
作業も脳内シミュレーションも思うように進まずにイライラしていたが、フロイドのその一言でその機嫌は180度変った。
「僕と彼女は懇意にしているように見えるのか…!?」
「とはいっても
「ジェイドは本当に一言多いな!」
「申し訳ありません。僕、素直なので思ったことがすぐに口に出てしまうんですよねぇ」
「でたっ、ジェイドの大嘘!」
「おやおや、フロイドは失礼ですね」
「だから話を逸らすな!」
はぁあ……と大きな溜め息を一つしたアズールは考える。
たしかに、向こうから会いに来てくれたのだ。嫌われてはいないと思う。むしろあの様子だと、好きになってもらった、と言っても過言ではないだろう。けれど、自分のプラン通りのステップを踏んでいないので、心配でもあった。あの
『思い込みだ』『そんなわけない』『好かれているだなんて、そんな思い上がりな』
彼女にそんな風に言われたら、また蛸壺で暮らすことになってもおかしくない。
「でもさぁ、あんな、プレゼンントまでもらったわけだしー。思い込みじゃなくねぇ?さすがに」
「ですね。唯一無二のものを作ってもらっておいて、アズールは本当に恵まれていますね」
「ジェイドはなんでそんなにイラついているんだ?」
ジェイドはつい先日、メイドがお見合いをすることを知ったためにピリピリしていたのでアズールをいびっていただけだった。
ただ、フロイドもジェイドも言っているように、ここまでされて一歩進まないのはそれこそ不誠実なのかもしれない。
元はと言えば、自分から、彼女に出会って恋をして。あのフラワーロードのお話のように『彼女との恋の花を咲かせたい』と思ったのだから。
「明日はラウンジもお休みですし、きちんと会って話してみては?」
「あれからもう一週間経ってんだからもう忘れられてるかもしんねーけどね」
「こらこらフロイド、そのようなことを言ってはいけませんよ」
「あっそうだよねごめんジェイド」
「謝るなら僕にでは!?」
こうして夜は更けていく。
余談だが、この日のはぴはぴラヂオは、例のアプリでハピヲ先生が可愛がっていた「はっぴーちゃん」がお亡くなりになったとのことでお通夜になっていた。
幸先が良くない放送だったが、自分の良い結果を報告できたらいいな、なんてアズールが思っていたことは、ここに記しておく。
次の日。
鏡の前で何度も何度も身だしなみをチェックしたアズールは、自ら決めたジンクス通りに右足から靴を履き、部屋を出た。
手にしているのは、代々アーシェングロット家に伝わる金の巻貝…がついているバレッタ。番になった暁には、金の巻貝をあしらったアクセサリーをパートナーに贈るのが慣しだ。本当はネックレスか指輪にしようかと思ったのだが、フロイドに「それだけはやめろ」と止められたので、仕方なくこうしたのだ。
「きちんと御礼と詫びを告げてから、花を購入して、そうして僕の気持ちを伝えて、花と一緒にこのバレッタも贈る」
今日の流れは頭の中で何度も繰り返しシミュレーション済だ。間違えるわけがない。間違えるはずもない。
なのに。
「なんだい花屋んとこのフィアンセはまぁだ告白もしとらんとな!?」
「してなくはないんですよマダムたち!!というかあの、ついてこないでください!」
「なーんでじゃ!アタイたちはみーんなの恋の味方じゃよ!」
「っ、でも、僕は、」
「まぁまぁ!アズちゃんの恋のきゅ~ぴっとは、このっ、商店街シスターズに任せなぁね!」
「いや!!だから!!待ってくださ…待つんだ!!」
商店街に入った瞬間、当たり前のようにシスターズに捕まってしまった。
いくらなんでもシスターズに手荒な真似はできないと、頑張って言葉で対応していたアズールではあったが、全くもって話が通じないので頭を抱えていた。
恥ずかしいとかそういうレベルの話ではないのだ。これは一世一代の愛の告白。
そんなつもりで出てきたのに、パリッとしたジャケットはすでによれよれ、眼鏡も若干ずれているような気さえする。
このまま行ったらいけない、と思いつつも、アズールは彼女たちを振り払うだけの言葉を持たなかった。
無情にもシスターズに寄り添われたまま花屋についてしまったアズールは開口一番にこんなことを口走ってしまったのだ。
「海を渡ってくれた貴女へ贈るための恋の花束を一つください!」
「おっ!支配人さんじゃないか!いらっしゃい!!」
「は…はぁああああ!?」
その上に、店内にいたのは、娘ではなく屈強なゴリラ…もとい、娘の父だった。
恋、破れたり。
さすがのシスターズも、この仕打ちにはがっかり。
それから少しの申し訳なさもあって、ゆっくりと花屋から散っていった。
失敗も失敗したアズールは、今、店の近くの海岸にあったベンチで一人、黄昏ている。
聞いた話によると、娘は数日前から空き時間を作っては様々な講習に出かけているらしかった。
『私、何も知らないから。もっと勉強して、できることを増やさなくっちゃ』
口癖のようにこう言っていたとは、娘の父から聞いたことだ。
突然の変化だったという。
ずっと二人で花屋をやってきて、こんなことは初めてだったと。
父親が何かあったのか聞いたところ『私は待っている間に成長するの。いつか干からびた海をもう一度幸せで満たせるように』と返ってきて、なんのこっちゃと笑って済ませたそうだ。
「はぁ…本当に…どうして僕はこう……はぁ………」
娘はきっと本当にアズールのことを気に入っていた。
それこそ自分からも海を渡るためにそれを干からびさせ、恋を、してくれたのだ。
だけれど海を渡った瞬間に、アズールの態度がああなってしまったから。
きっとそれをもう一度満たして、渡って戻れないようにしようとしたのだろう。
アズールは人魚なのだから、渡れないなんてことはないのに。
「……やっぱりこの恋の路はに花は咲かないのでしょうか…」
「あのおおおっ!!」
「!?」
静かに海を眺めていたアズールの耳に届いたのは、焦がれていた娘の声だった。
声の方を向けば、結構遠くにポツンと人影を見つけて、「え?あそこから声を出したのか?」とあっけにとられる。しかしそれも束の間、娘は距離を物ともせずに大きな声で話し続けた。
「アズールさんまでの距離はっ!最初は、きっとこのくらいでしたっ!」
「!」
「でも!!いつも遊びに来てくれて、一言、二言話して、それで、お花と一緒に気持ちをもらって!!」
「…っ、」
「私は、その花の海に溺れてしまったの!!」
「へ、」
話ながらも一歩、また一歩と歩を詰めて、アズールの方に近づいてくる娘は、手に何か持っているようだった。
次第にはっきりしてくるそれ。
それは、紅い、バラの花束。
「だから…海から引き上げてくれないから、私、その花を食べちゃった」
「……それは、大丈夫なんですか…?」
「ううん。大丈夫じゃないの。だから、」
「は、はい…」
「だから、私の中にある花たちを、なんとかしてほしいの」
ついにあと一歩でアズールに触れられそうな距離まで詰めてきた娘は、顔を真っ赤にしてそう言った。
ずいっと、アズールに差し出されたのは、七本のバラの花束。
その意味は、フラワーロード愛読者であるアズールにはすぐに分かった。
だからこそ、そこから一本抜き取って、自分の胸ポケットに留めたあと、残りの六本を娘に返す。
「……!」
「知っていて、やっている…と思って、いいのですよね?」
「……っ…もちろん……!」
「七本のバラは、ひそやかな愛を。六本のバラは」
「あなたに、夢中…、だから、愛を……分かち合いましょう!」
受け取ったその手でアズールに抱き着いた娘は、ぎゅっと身体を引き寄せた。
「花は、どうなったんですか?」
「全部、全部、溶けてなくなっちゃいました。だから今度は、分かち合った愛で、一杯にしてくださいね」
耳にささやかれた言葉に、アズールの頬はこれ以上ないほどに真っ赤に染まった。
「フラワーロードみたいだ…」
「なんですか?」
「いえ、……もういらないと言われても、ずっと愛を注ぎますから、そのつもりで、と言いました」
「ふふっ…!それは…覚悟しておきますね」
言いながらも、ポケットにしまったままのバレッタは、また今度渡すことにしようと、静かに笑った。
二人の話はこれにておしまい。
さぁ、次はあなたの
その
どんな路であったとしても、きっとその路に咲いている花は、満開になるその時を、今か今かと待っているよ。