【完結】僕らの思春期に花束を

ジェイドの風邪がすっかり治ったころ。
メイドがたった一つのお願い事をしに、ジェイドのところへやってきた。

「坊ちゃん、折り入ってご相談があるのですが」
「なんでしょう?貴女からお願い事なんて珍しいですね」
「ええまぁ…。重要なことなので、避けては通れなくて」
「いいですよ。お伺いします」
「その、休暇をいただきたいんです」
「却下します」
「へ…え!?だめですか!?」

今日の夕飯はウツボの唐揚げです
それはいただけません
とでもいうように潔く断られて一瞬呆けてしまったメイドは、ワンテンポ遅れてその事実を受け入れ、驚いた。
正直なところ、断られることを想定していなかったのが大きいのだが、一応その理由を聞いておきたいと、それからこちらの理由も説明したいと言葉を続けた。

「あの、どうしてだめなんでしょう…?必要な理由があって…。一日だけでいいんです、お時間をいただけませんか」
「却下です。貴女は僕のメイドです。僕は毎日貴女を必要としているのに、貴女はどこかへ行こうというのですか?」
「坊ちゃん、もう十分一人でなんでもやってしまうじゃないですか!」
「いいえ、僕は一人では何もできない、いたいけな人魚です…しくしく」
「嘘だぁっ!!」
「嘘つき呼ばわりとは酷いです…」

と言いつつ、にこやかに笑うのだからやっぱり冗談なのだろうと頭を抱えるメイド。
しかし、今日ばかりはここで折れるわけにはいかなかった。

「週末に、実家で試験があるんです」
「試験、ですか?」
「はい。なので私はそれに参加しなくてはならなくて」
「なぜ今更?貴女の家が執事メイドのスペシャリストを育成する家系なのは重々承知ですが、貴女はもうそれをパスしていると伺っていますが」
「あ~……いえ…その………私が受けるのではなくて……」
「?」

嫌な予感とは的中するもの。上手くいけば言いくるめられると思ったメイドは甘かった。
ジェイドの突っ込みに耐えられなくなって、渋々本当の理由を口にした。

「私の、伴侶を決める試験です」
「そうですか、では僕も参加します」
「何を言ってるんですか!?」

ジェイドは、伊達に坊ちゃんと呼ばれているわけではない。
本当に、大富豪のリーチ家の跡取りで、坊ちゃんなのである。
その、まごうことなき「坊ちゃん」が、メイドの家系の試験、それも伴侶を決めるための試験に参加するなどもってのほかだ。

「それに合格できれば貴女を娶れるわけですね?腕が鳴ります」
「いやいやいやいやちょっと待ってください!?ジェイド坊ちゃんは、いずれリーチの事業を継がなくてはならないんですよ?うちに婿養子入りしてどうするんですか!」
「跡取りならフロイドがいます。僕である必要はありません」
「詭弁!そんなわけないでしょう!?二人で!!継ぐんですよ!!」

どうにかやめさせようとしたが、話は無理矢理打ち切りになった。
とりあえず休暇はもらえることになったのだが、一体どうなることやらと肩を落としたメイド。
当日は『いいですか!?絶対についてきちゃだめですからね!』と言ったものの、そんなお小言をジェイドが聞き入れるはずもなく。
当たり前のように試験会場に、190センチのイケメンウツボが並ぶことになったのだった。

「おい!なぜリーチの坊ちゃんがおるんだ!」
「知らないよぉ…!私だって止めたんだよおじいちゃん…」
「コレ!おじいちゃんじゃないと何度言えばわかるんだ!」
「あいたっ!ご、ごめんなさい、しつじちょぉ……」

今日試験を受けに来たのはジェイドを合わせて三人だった。
一人は細身にふわふわとした髪が特徴的な、物腰柔らかな男性。
もう一人は、ガタイが良く、SPとしても活躍しそうな屈強な男性。
そして最後にジェイド・リーチである。

メイドの家系はその血筋を絶やさないよう、男の子が産まれていれば嫁を取り、女の子が産まれていれば婿養子を入れるという形で長い間稼業を守ってきた。
婿養子を入れるときは特に慎重で、すでにある程度の素養がある者を選んだ上で、本人とのやり取りを、いわばお見合いみたいな調子で進めていく。
極めて前時代な風習ではあったけれど、長い間続いてきた慣習はそう簡単に変るものではないので、メイドが例外となることもなかった。
つまりは、この三人でお見合いができる権利一席を取り合うのである。
ちなみに婿養子側にももちろんメリットはあった。
このメイドの家系に取り込まれさえすれば、待遇の良い出先が見つかるのはもちろんのこと、給料だって普通の執事・メイドより数段良いのはわかりきっている。
故に、娘しかいない代などは、その席を取り合って何度も何度もこうした試験が行われていたのだ。
ただ、ここ数年は「あのリーチ家」に出ていたために、意図的に試験を先延ばしにされていただけのことで。

「エントリーされてしまったものは仕方ない…。まぁわたしの試験に合格できるものも早々おらん」
「いや……坊ちゃんは…」
「なんじゃ?わたしの目が節穴だとでも?」
「なんでもない……」

試験は、メイドの祖父にあたる執事長が直々に行うことになっている。
試験科目は、マナー、技術、学問、言葉遣い、立ち振る舞いなど多岐に渡り、ほとんどの者が一つ二つをクリアするのでいっぱいいっぱい。
素養というものは一日二日で身につくものではないため、叩きなおすにもその根底がメイドの家系に合うのかどうかを見極めるのは重要な観点だった。

しかし、相手はあのジェイドだ。

祖父、もとい執事長の考えは甘かった、というしかなかった。

マナー:満点
技術:満点+10(加点は紅茶の淹れ方)
言葉遣い:満点
立ち振る舞い:満点

叩きだすスコアは満点どころか加点まであり、否が応でもその素晴らしい素養を見ることになった。

「こんな、こんな逸材が…」
「だから言ったのに」
「リーチの坊ちゃんは、一体どんな育ち方をしてきたんだ…!?」
「リーチだからっていうより、坊ちゃんだから、だと思うよ、おじいちゃ…じゃなかった、執事長」

結果として残ったのは、ジェイドただ一人であり、その試験結果は歴代でも最高得点ということだった。
ニコニコ笑顔で最終試験「面接」に挑んできたジェイドを前に、執事長とメイドはひそひそと言葉をかわす。

「ねぇ…どうするの…?」
「仕方なかろう、試験は試験だ…ただ……」
「いかがいたしましたか?僕に聞かれてはならないお話であれば、一旦退席いたしますが」
「い、いや!そんなことはない。とんでもない。リーチの坊ちゃんがこんなにも素晴らしいお人だとは知らなかったと話しておっただけですので」
「お褒めに預かり光栄です」

(おじいちゃんがしどろもどろするところなんて、見たことなかった)
そんなことを考えて、現実から目を逸らそうとするメイドを、真正面からとらえたジェイドは、そうですか、と笑顔を貼り付ける。

「貴女の伴侶として選ばれるためなら、ええ、どれだけでも試験を受けましょう」
「執事長…もう無理……あきらめた方が無難だと思うの」
「いやしかし!」
「あのね、相手はジェイド坊ちゃんよ。勝てるわけないのよ最初から。私たちは、ここにジェイド坊ちゃんを連れてきてしまった時点で、坊ちゃんの掌の上で踊ってるの」
「さすが僕の見染めた女性です。僕のことをよくわかっていらっしゃる」
「はは……伊達に五年暮らしてませんから。坊ちゃん、案外意固地ですもんね」
「それで?僕は貴女の婿養子になれるのでしょうか?」
「ええっ…と……それは、ちょっと」
「なぜ?僕は試験をパスしたのでしょう?面接は見合いのようなものだと、最初の説明で伺いました。ならばあとは貴女の気持ちだけです」

困った!!困った!!メイドは冷や汗だらだらである。
正直な話、最近自覚させられた恋心の扱いにだって戸惑っていたのに、まさかこんなことになるなんて。

「何がご不満ですか?僕は執事としてしっかりとやっていけますが」
「それが良くないんですよ!」
「なぜ?伴侶は仕事ができる方がよいでしょう」
「そういう問題ではないんです!坊ちゃんは、私なんかじゃなくて、それこそこの間みたいなお見合いがたくさんくるのだから、そっちでしっかりと将来を考えていただかないと!」
「前にも言いましたが、僕の気持ちを誰かに決められるなどまっぴらごめんです。僕が聞きたいのは貴女の気持ちで、家柄がどうのというのは関係ありません。貴女は、僕を、どう思っているのですか」
「わ、わたし、」

その言葉に執事長が泡を吹きそうになっているのにも気づかず、世界は二人だけのものになってしまった。
ああ、私はどう答えたらいいのだろうと、メイドは頬を上気させ、瞳を潤ませた。
このオッドアイに囚われたが最後、もう。

「いかーーーーーーーーーん!!」
「!?」
「リーチの名に我が一族が傷をつけるわけにはいかん!お前は今日から家に戻れ!」
「え!?で、でもそれじゃあ誰が坊ちゃんのお世話をす」
「誰にでも任せればよい!お前はこれ以上リーチの坊ちゃんのところにいてはならん!」
「おや。それでは僕の試験はどうなるのですか?」
「試験は、合格だ。ただ、面接がNGだった。故に君を婿養子として迎えることはできん。そういうわけだから帰ってくれ!」
「納得できませんね。それならば彼女の意見を直接聞きたい。NGだった、本当に?本当にそうでしょうか。ねぇ?」
「っ、ぼっちゃ、」
「ほら行くぞ!お前は部屋に戻っていなさい」

バタンと閉じられた扉は、その後開くことはなかった。
ジェイドを迎えに来たのは別の執事で、試験は終わったと手土産を持たされ、屋敷から半ば追い出される形で帰らされる。

「いいでしょう。全面的に戦争、ですかね」

不穏な言葉とともに、ジェイドはにっこりと笑った。
その瞳に宿る光は、果たしてどんな感情だろうか。
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