【完結】僕らの思春期に花束を

不幸の手紙とはこれいかに。
言い得て妙な名前であるが、今回のそれはまさにその名の通りのものを運んできた。

「僕に母から手紙、ですか?」
「はい。重要なものなので必ず読ませるようにと仰せつかっています」
「連絡なんて毎日でも取っているのに。…嫌な予感がしますね」
「まぁまぁ。とりあえず開くだけでも」

メイドになだめられながら、とても大きくなぜか煌びやかな封筒に眉を顰めるジェイドは、それでもそれにペーパーナイフを通す。
まずは、出てきた手紙を一読。それから、同封されていたものを一瞥。そうしてもう一度手紙を一読して、はぁっと深い溜め息をついた。
この手紙、実はメイドが以前フロイドにこぼしていた「坊ちゃんたちに縁談のお話が」というアレであった。なのでメイドはその溜め息の原因を知っている。
が、ここは聞き出す方が賢明だろうと声をかけた。

「坊ちゃん、御母上、なんですって?」
「…見合い」
「まぁ!坊ちゃんにもついにそんなお話が!?」
「……知っていたでしょう貴女」
「えぇ!?そんなわけありませんよ」
「…まぁいいです。何にせよ断るので問題ありません」
「えっ!お写真も見ていないのに?」

せっかく送ってくださったんだから見るだけでも見ましょうよ、と写真を手にしてズイッとジェイドの前に差し出す。
しかしジェイドはどこ吹く風。あからさまに不機嫌な表情をしており、断固意見を変えるつもりはないようだ。

「どうしてです?坊ちゃんの将来のためにも、」
「僕の将来のことは僕が決めます。誰に決められるものでもありません」
「それはそうですけど、坊ちゃんはリーチ家の」
「それは、親の敷いたレールです。僕には関係ありませんから」

坊ちゃん、今頃反抗期が来たのかなぁ、なんて呑気なことを考えたメイドの顔が少しだけ緩んでしまって、それをジェイドが目ざとく見つけた。

「何がおかしいのですか?」
「えっ、いえ!」
「僕の言ったこと、何かおかしかったですか?」
「全く!ただ……」
「ただ、何です?」
「…坊ちゃん、私の言うことは何でも素直に…というか、我儘でもなんでも受け入れてくれるし、すごく大人びていてなんでも一人でできてしまうから、そんな風に断るなんてと思って」
「……」
「坊ちゃんも、まだまだ年相応なんだなって考えたら、ふふっ、なんででしょうね、嬉しくなっちゃいました」

幼いころから二人三脚で陸に暮らしてきたメイドとジェイド。
そう、メイドがジェイドのことを何と思っていようとも、ずっと二人で過ごしてきたし、ジェイドはずっと恋心を燻ぶらせているのだ。
ここにきてそんなことを言われては、その気持ちが爆発しそうになるのも仕方のないことで。

「…僕が番にしたいのは貴女だけです」
「もー。坊ちゃん、冗談はダメですよ。このお見合い相手さんにも申し訳が、」
「本気です」
「…も、もしそれが本気だったとして、でもそれは私はずーっと一緒にいるから、勘違いしてるだけですよ!」

のらりくらり。
いつでもかわされてしまうジェイドの本気の告白は、どうしてもメイドに届かない。
メイドはジェイドを「坊ちゃん」としか見ておらず、さらに「自分は仕えている者」という立ち位置を崩すことは絶対にない、とでも言うように。
さすがのジェイドも、これは少しいただけないと、反抗してみる。

「貴女がどう思おうと勝手ですが、この気持ちは本物です。僕の気持ちを貴女に否定される言われはないでしょう?」
「…!、あ……ご、ごめんなさ、」
「もういいです。申し訳ありませんが、母には、この日は別件で忙しいので見合いは断ると伝えてください。僕は休みます」
「っ、ぁ…かし、こまりました……」

出ていくジェイドの背中を見ながら、「あのジェイドが本気で怒った」とメイドは困惑した。
これだけ長い間一緒に暮らしてきて、逆鱗に触れたのは初めてのことである。
しかし、メイドとしては、いくらなんでもその気持ちを受け取ることができるはずはなかった。
万が一にでも「メイドがあのリーチ家の大事な息子をたぶらかせた」とされてしまったら、我が身どころか一族の名に関わる大事件だ。
その気持ちを向けてもらえるのは長年仕えてきたメイドとして嬉しくないわけはないが、何が何でも「主人とメイド」以外の関係性を持つことはできない。

「坊ちゃんの気持ちを憧れとか、親しみとか、そういうものに昇華させられないかな…。できないかなぁ」

次に坊ちゃんと会うとき、どんな表情で顔を合わせたらいいんだろうと少しだけ悩みつつ、夕食の片づけにとりかかったのだった。
一方、自室に閉じこもったジェイドは、思った通りの展開になったと笑顔ですらあった。
もちろんあれは演技をしたにすぎない。あそこで「本気」を見せることで伝わるものがあるだろうと踏んでしたことだった。
たしかに親からの手紙のあとにこの仕打ちでは参ってしまって、少し物言いが強くなったこともあるが、なぜこのようなことを思いついたかと言えば、ジェイドのお気に入りの小説にそのようなシーンがあったからである。
メイドもこの本を読んでいたので、気付くかなと思ったが、案外そのままの意味で受け止められたようだ。
ちなみにその小説のタイトルは「愛のゆりかご」(大人向けシーンあり。小説なのでR18表記がなくそのまま本屋で購入してしまったジェイドのバイブルである)
なおこの本、実はアズールが指南書にしている「フラワーロード」を書いている作者の小説だと言うことは、ここに記しておく。

「とはいえ、僕の気持ちが本物であることは間違いないですし、母につがいを決められるようなこともまっぴらごめんなので、少し反省していただきましょう」

一生届きそうにないこの気持ちを伝え続けるのだから、ちょっとくらいは僕のことで困ってほしい。そういう本音の見え隠れ。やはりジェイドはまだ十七歳男子高校生に相違いないのであった。

結局その日はメイドとジェイドが顔を合わせることはなかったのだが、次の日の朝になってその変化はおきた。

毎日ジェイドを起こしに来るメイドが、今日に限って部屋に来ない。
「おや?」とおかしく思って食堂に降りて行けばしかし、そこには朝食の準備はされていた。
ということは、顔を合わせたくないだけか、あちらも本当に怒ってしまったのか、と顎に手を当てて考える。
そうなることを考えなかったわけではないが、ジェイドの感覚では、それが起こる確率は5%未満だったので少なからず驚いた。

「ふむ。それにしても、部屋にいない、食堂にいないとなると…」

こんな時間に断りもなしに出ていくような非常識な人間でないことはよく知っている。
浴室にいるということもないだろう。
キッチンに進んでいくと、沸いたばかりのお湯も用意してあり、いよいよおかしいと首を傾げたその時。
ジェイドの耳に届いたのは、微かな「みゃぅ」という鳴き声だった。

「まってね。今ご飯準備してるからね」
「みゃぉ~みゃっ!」
「ふふっ、ジェィちゃん、言葉がわかるの?可愛い~」
「みぅ」
「ほーんと、その瞳、ジェイド坊ちゃんにそっくり」

バックポーチから声のする方を覗くと、そこにいたのはメイドと一匹の猫だった。

「ジェィちゃん相手みたいに素直になれたらよかったね」

どうやら、その「ジェィ」というのが猫につけられた名前の様子。
先の言葉と、その猫の瞳の色から推測するに、猫にジェイドの面影を見ての命名のようだ。
それを悟ったら、何だか自分の子供じみたやり口にどうにも溜め息をつくしかなくなったジェイドは、わざとらしくドアを開く音を鳴らしてメイドの気を引いた。

「おはようございます」
「!!っあ……え、と…おは、ょ、ございます…」
「本日も良い朝ですね。ご機嫌はいかがですか?」
「え…」
「今朝は僕が紅茶を淹れましょう。とびきり甘いミルクティーを。それで仲直りでもしませんか?」
「…!」
「そちらの猫さんも、ミルクをすこし、いかがでしょう」
「みゃ?」

腰を深く折って、片手は腰に、もう片方はメイドの前に差し出したジェイド。
給仕服こそ身に着けていないが、その身のこなしはまさに紳士。
これではどちらが執事かメイドかわからない。
その手を取って立ち上がったメイドは、やっとのことでジェイドと同じ目線になる。

「…あの、坊ちゃん…私、ごめんな、!」

しぃっと唇に指を一本あてられて、その言葉は遮られた。

「僕も、試すようなことを言って申し訳ありませんでした。少しだけ、ジレンマを抱えていたもので」

お互い様なので、この話は胸に留めておいていただければと。
そう言って穏やかに笑ったジェイドの言葉に、メイドも眉をちょっと下げて微笑み返した。

「あのお見合いですが、御母上にお断りのご連絡をいれておきました。坊ちゃんは、今は学業とアルバイトに意欲を燃やしていますし、それから坊ちゃんの気持ちを汲んでほしいと私の思いも添えて」
「そうですか。ありがとうございます。今はまだ、それで十分です。あと三年のうちに何とかして見せますから」

二人と一匹は仲良く屋敷の中へ戻っていった。
キューピットは果たして、ジェイドに微笑むのか。
この恋の行方は、もしかすると思春期…ではなくて神のみぞ知るのかもしれない。
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