【完結】僕らの思春期に花束を
「アズールさん」
柔らかくアズールを呼ぶ声がする。
ふわふわとする意識の中で、頬を撫でる優しい温度に目を開けると、アズールを覗き込むまん丸な瞳に囚われた。
「え!?」
「ふふ、やっと目が覚めた」
「!?あなた、なんで、!?ここは?!」
「どうしてそんなに驚いてるんですか…?」
「えっ…だって、僕たち、いつから、」
「いつ?そんな…ずっと前に告白してもらってから、私たち、こうして何度も愛し合ってますよ」
「ング!?あい!?」
「アズールさん、一日中私のこと求めてくるのに、そんなそぶりするなんて…冗談でも悲しい…」
「も、もとめって、僕は、」
「もう一度抱き合ったら思い出してくれますか?」
「だ、っそんな、僕たちは、まだっ」
近づいてくる魅惑の唇が、アズールのそれと重なっ
・
・
・
「っダメです今はまだ清いお付き合いをしなければあああ!!!!」
アズールがその手で空中を掻きながら目覚めたのは、早朝五時のことだった。
「ゆ、ゆめ…?」
パチクリと目を瞬かせても、自分がいるそこは寮長室以外のどこでもない。
アズールは自分がこんな願望をもっていたなど露知らず、煩悩退散と頭を掻きむしった。
自身は、純粋なお付き合いから始めて、それで愛を深めて段階を踏んで番になって、行為を許す歳になったら…というつもりだったのに!この淫らな夢はきっと先日誤って読んだ同じ著者の別の本の影響だ!と憤慨する。やはり信じるものはフラワーロードだけだったのだ!
しかし、最後まで読んだのはアズールの意思だったので、悪いのは自分。だが責任転嫁は辞めろ…と突っ込むものはいなかった。
花屋の娘の夢を見た理由はわかっていた。
アズールは迷っていたのだ。
とある事実についてどう伝えるべきか。
でも伝えないと言う選択肢はなかった。
その日はすぐそこに迫っている。リミットはあと少ししかない。
「もうすぐ誕生日ということを伝えるだけなのに、なにをこんなに躊躇っているんだ」
約束したわけではないが、アズールはここのところ週二回、決まった曜日の決まった日時に例の花屋に顔を出すようにしていた。
リーチ兄弟がラウンジで仕事をしてくれるようになってから、思いがけず時間を捻出することに成功していたので、未来への先行投資と理由をつけて娘に会いに行っている。
あるときは花束を贈り、またあるときは一輪の花を髪に結った。
この間は初心者でも育てやすい花の相談に乗ってもらったり、娘の好きな花も聞き出した。
近頃は何か言葉をかければ笑ってくれるし、話も続くようになってきている。
距離は確実に縮まっているとアズールは思っていた。
ただ、それでも未だに「アーシェングロットさん」と呼ばれるのが許せなかった。
そんなことを悶々と考えながら一日を過ごし、今日も今日とて花屋に向かう。店に入る前に、手鏡で身なりをチェックするのにも慣れた。
完璧な笑顔を貼り付けたアズールは店の入り口を潜る。
「こんにちは」
「あ!アーシェングロットさん、いらっしゃいませ!」
「今日も可憐ですね」
「えっ……っああ、お花!ビオラ、素敵でしょう?アーシェングロットさんが先日買って行かれたのもビオラでしたよね!元気ですか?」
「えっ、ああ…ええ、」
またもや自分の言ったセリフが届かなかったのでアズールはあからさまに落胆してしまった。
またか…どうして僕は、と。
昔とは変わったつもりでいた。容姿に気を使うようになったし、グズでノロマでもない。
自信もついた。けれどそうはいっても、少し怖がりな自分が完全に消え去ったわけでもなく、深いため息。
この恋はやはり叶わないのだろうか。
持ち帰って調べたら、ビオラの花言葉は「片思いの恋を密かに応援する花」だったし僕は相手にもされていないのかもしれないと、そんなことまで考えてしまう。
突然黙り込み、心ここに在らずになったアズール。当たり前だが目の前でこんな風になられたら誰だってその人を心配するだろう。
娘も一般人と同様に心配になり、アズールの横髪に手を伸ばした。
「あの…アーシェングロットさん、大丈夫ですか?」
「っは!?」
触れるか触れないかで止まった手。
下からアズールを覗き込む表情。
ふわりと鼻をくすぐったのは生花の香りだろうか。
あまりの近さに、朝方の夢が思い出されて、アズールは真っ赤になりながら、ウワッと仰け反る。
「あ…ご、ごめんなさい!なんだか深刻そうだったので、つい」
「いっ、いえ!あの、大丈夫です!え!?なんでしたか!?」
「あ、ああ、その、ビオラは元気ですか?って…」
「ああ、ビオラ、元気ですよ、はい!おかげさまで!」
「そ、そうですか?それならよかったです」
にこ、と笑顔を一つ返された。
アズールの心はそれだけで浮上し、満たされる。恋する少年の心は単純なのだ。
「それで、ビオラが元気なら、今日はどう言ったご用件ですかね?」
ただ、お客さんを相手にしているだけですよと言わんばかりの娘の言葉は、そんなアズールにカウンターダメージを食らわせたわけだが、『言え!言うんだアズール・アーシェングロット!』と自分で自分を鼓舞して、アズールはなんとかセリフを絞り出した。
「た、誕生日!」
「…へ?誕生日?誰のですか?」
「僕の!です!」
「アーシェングロットさんの?誕生日?え?いつ?」
「二十四日です!」
「わぁ、もうすぐじゃないですか!おめでとうございます!」
もうそのおめでとうございますだけで満足の極みのアズールは、お祝いしてもらったとばかりにパァッと顔を明るくした。
波に乗ればいつも通りの口調が戻る。
今日は調子が良いようだと、勢い取り出した一枚のチラシを娘に渡す。
「今日は、これを渡しに来たんです」
「?…モストロ・ラウンジ感謝祭?」
「えぇ、こちらから仕入れている花も、このラウンジに飾らせてもらっています。開店から一年なので、一般解放日に合わせてイベントをすることになって。もしよろしければ、ぜひ」
「お店のお写真ですかこれ。とっても素敵ですね!」
「お褒めいただき光栄です。それではまた」
「えっ、あっ、ありがとうございました!」
娘はこの人何のために花屋に来たのだと思ったが、アズールは考えていたことを全て実行できて大満足。
風を切って颯爽と出て行ったアズールの背中を呆然と見ていた娘は、ふと、そこに見慣れないものが落ちているのに気がついてその後を追った。
「あっ、アズールさぁん!」
「!?」
自分の名を呼ぶ声にドキリと胸を弾ませて振り返れば、予想通り、娘がかけてくるではないか。これは夢にまで見たシチュエーションだとクラクラしながら、何とか直立姿勢を保つ。と言うか今、名前、を。
「はぁ…はぁっ…!ああよかった…!間に合ったぁ!」
「ど、どう、どうしたんですか?僕はもう貴女からのプレゼントは…おめでとうという言葉をいただいて」
「あの、っ、さっき、これ、落として、」
「は??…あ!?これは僕のハンカチーフ…!」
「やっぱり!アズールさんのだった!よかったです。さっきチラシを差し出してくれたときに落ちたみたいで」
「ありがとうございます。助かりました。あ。あの、それより貴女、先程、アズールと、」
「あっ!?ご、ごめんなさい!つい!アーシェングロットさん!」
「いえ!?むしろアズールと呼んでください!アズールでいいです、アズールがいいです!!」
そうアズールに詰め寄られて、娘は、周りの人がみんながそう呼ぶのでつい移ってしまってと、頬を染めてはにかんだ。
「お客様の名前をきちんと呼べないなんて、店員失格なんですけど…でもじゃあ、お言葉に甘えて、今度からはアズールさんって呼ばせてください」
「そ、それで、お願いします」
「へへ…それではまた!そちらに伺える日、楽しみにしてますね!」
今度は駆け戻っていく娘の背中をアズールが見つめる形となる。
思いがけないプレゼントを貰ったアズールが、らしくもなく道のど真ん中でガッツポーズをキメたのを見ていた者は、幸いにも誰もいなかった。
柔らかくアズールを呼ぶ声がする。
ふわふわとする意識の中で、頬を撫でる優しい温度に目を開けると、アズールを覗き込むまん丸な瞳に囚われた。
「え!?」
「ふふ、やっと目が覚めた」
「!?あなた、なんで、!?ここは?!」
「どうしてそんなに驚いてるんですか…?」
「えっ…だって、僕たち、いつから、」
「いつ?そんな…ずっと前に告白してもらってから、私たち、こうして何度も愛し合ってますよ」
「ング!?あい!?」
「アズールさん、一日中私のこと求めてくるのに、そんなそぶりするなんて…冗談でも悲しい…」
「も、もとめって、僕は、」
「もう一度抱き合ったら思い出してくれますか?」
「だ、っそんな、僕たちは、まだっ」
近づいてくる魅惑の唇が、アズールのそれと重なっ
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「っダメです今はまだ清いお付き合いをしなければあああ!!!!」
アズールがその手で空中を掻きながら目覚めたのは、早朝五時のことだった。
「ゆ、ゆめ…?」
パチクリと目を瞬かせても、自分がいるそこは寮長室以外のどこでもない。
アズールは自分がこんな願望をもっていたなど露知らず、煩悩退散と頭を掻きむしった。
自身は、純粋なお付き合いから始めて、それで愛を深めて段階を踏んで番になって、行為を許す歳になったら…というつもりだったのに!この淫らな夢はきっと先日誤って読んだ同じ著者の別の本の影響だ!と憤慨する。やはり信じるものはフラワーロードだけだったのだ!
しかし、最後まで読んだのはアズールの意思だったので、悪いのは自分。だが責任転嫁は辞めろ…と突っ込むものはいなかった。
花屋の娘の夢を見た理由はわかっていた。
アズールは迷っていたのだ。
とある事実についてどう伝えるべきか。
でも伝えないと言う選択肢はなかった。
その日はすぐそこに迫っている。リミットはあと少ししかない。
「もうすぐ誕生日ということを伝えるだけなのに、なにをこんなに躊躇っているんだ」
約束したわけではないが、アズールはここのところ週二回、決まった曜日の決まった日時に例の花屋に顔を出すようにしていた。
リーチ兄弟がラウンジで仕事をしてくれるようになってから、思いがけず時間を捻出することに成功していたので、未来への先行投資と理由をつけて娘に会いに行っている。
あるときは花束を贈り、またあるときは一輪の花を髪に結った。
この間は初心者でも育てやすい花の相談に乗ってもらったり、娘の好きな花も聞き出した。
近頃は何か言葉をかければ笑ってくれるし、話も続くようになってきている。
距離は確実に縮まっているとアズールは思っていた。
ただ、それでも未だに「アーシェングロットさん」と呼ばれるのが許せなかった。
そんなことを悶々と考えながら一日を過ごし、今日も今日とて花屋に向かう。店に入る前に、手鏡で身なりをチェックするのにも慣れた。
完璧な笑顔を貼り付けたアズールは店の入り口を潜る。
「こんにちは」
「あ!アーシェングロットさん、いらっしゃいませ!」
「今日も可憐ですね」
「えっ……っああ、お花!ビオラ、素敵でしょう?アーシェングロットさんが先日買って行かれたのもビオラでしたよね!元気ですか?」
「えっ、ああ…ええ、」
またもや自分の言ったセリフが届かなかったのでアズールはあからさまに落胆してしまった。
またか…どうして僕は、と。
昔とは変わったつもりでいた。容姿に気を使うようになったし、グズでノロマでもない。
自信もついた。けれどそうはいっても、少し怖がりな自分が完全に消え去ったわけでもなく、深いため息。
この恋はやはり叶わないのだろうか。
持ち帰って調べたら、ビオラの花言葉は「片思いの恋を密かに応援する花」だったし僕は相手にもされていないのかもしれないと、そんなことまで考えてしまう。
突然黙り込み、心ここに在らずになったアズール。当たり前だが目の前でこんな風になられたら誰だってその人を心配するだろう。
娘も一般人と同様に心配になり、アズールの横髪に手を伸ばした。
「あの…アーシェングロットさん、大丈夫ですか?」
「っは!?」
触れるか触れないかで止まった手。
下からアズールを覗き込む表情。
ふわりと鼻をくすぐったのは生花の香りだろうか。
あまりの近さに、朝方の夢が思い出されて、アズールは真っ赤になりながら、ウワッと仰け反る。
「あ…ご、ごめんなさい!なんだか深刻そうだったので、つい」
「いっ、いえ!あの、大丈夫です!え!?なんでしたか!?」
「あ、ああ、その、ビオラは元気ですか?って…」
「ああ、ビオラ、元気ですよ、はい!おかげさまで!」
「そ、そうですか?それならよかったです」
にこ、と笑顔を一つ返された。
アズールの心はそれだけで浮上し、満たされる。恋する少年の心は単純なのだ。
「それで、ビオラが元気なら、今日はどう言ったご用件ですかね?」
ただ、お客さんを相手にしているだけですよと言わんばかりの娘の言葉は、そんなアズールにカウンターダメージを食らわせたわけだが、『言え!言うんだアズール・アーシェングロット!』と自分で自分を鼓舞して、アズールはなんとかセリフを絞り出した。
「た、誕生日!」
「…へ?誕生日?誰のですか?」
「僕の!です!」
「アーシェングロットさんの?誕生日?え?いつ?」
「二十四日です!」
「わぁ、もうすぐじゃないですか!おめでとうございます!」
もうそのおめでとうございますだけで満足の極みのアズールは、お祝いしてもらったとばかりにパァッと顔を明るくした。
波に乗ればいつも通りの口調が戻る。
今日は調子が良いようだと、勢い取り出した一枚のチラシを娘に渡す。
「今日は、これを渡しに来たんです」
「?…モストロ・ラウンジ感謝祭?」
「えぇ、こちらから仕入れている花も、このラウンジに飾らせてもらっています。開店から一年なので、一般解放日に合わせてイベントをすることになって。もしよろしければ、ぜひ」
「お店のお写真ですかこれ。とっても素敵ですね!」
「お褒めいただき光栄です。それではまた」
「えっ、あっ、ありがとうございました!」
娘はこの人何のために花屋に来たのだと思ったが、アズールは考えていたことを全て実行できて大満足。
風を切って颯爽と出て行ったアズールの背中を呆然と見ていた娘は、ふと、そこに見慣れないものが落ちているのに気がついてその後を追った。
「あっ、アズールさぁん!」
「!?」
自分の名を呼ぶ声にドキリと胸を弾ませて振り返れば、予想通り、娘がかけてくるではないか。これは夢にまで見たシチュエーションだとクラクラしながら、何とか直立姿勢を保つ。と言うか今、名前、を。
「はぁ…はぁっ…!ああよかった…!間に合ったぁ!」
「ど、どう、どうしたんですか?僕はもう貴女からのプレゼントは…おめでとうという言葉をいただいて」
「あの、っ、さっき、これ、落として、」
「は??…あ!?これは僕のハンカチーフ…!」
「やっぱり!アズールさんのだった!よかったです。さっきチラシを差し出してくれたときに落ちたみたいで」
「ありがとうございます。助かりました。あ。あの、それより貴女、先程、アズールと、」
「あっ!?ご、ごめんなさい!つい!アーシェングロットさん!」
「いえ!?むしろアズールと呼んでください!アズールでいいです、アズールがいいです!!」
そうアズールに詰め寄られて、娘は、周りの人がみんながそう呼ぶのでつい移ってしまってと、頬を染めてはにかんだ。
「お客様の名前をきちんと呼べないなんて、店員失格なんですけど…でもじゃあ、お言葉に甘えて、今度からはアズールさんって呼ばせてください」
「そ、それで、お願いします」
「へへ…それではまた!そちらに伺える日、楽しみにしてますね!」
今度は駆け戻っていく娘の背中をアズールが見つめる形となる。
思いがけないプレゼントを貰ったアズールが、らしくもなく道のど真ん中でガッツポーズをキメたのを見ていた者は、幸いにも誰もいなかった。