【完結】僕らの思春期に花束を

ジェイドの思春期に元気があろうとなかろうと、毎日は寸分違わずにやってくる。

「今日はお休みですか…。それにとても良い天気だ。久しぶりに買い物にでも繰り出しましょうかね」
「おはようございます坊ちゃん!朝食が出来上がりま…っぎゃあ!?」
「あ」
「なっ、まっ、ちょ…!」
「おはようございます、今日も僕のメイドさんは可憐ですね」
「な、っ、挨拶してる場合じゃなぁあああいっ!!この時間に私が来るとわかっていてしないでくださいっ!!」

入ってきたばかりのメイドは一瞬にして扉から出て行った。それは一重にジェイドの責任である。

「ヒトの身体は厄介ですね…。僕の思春期は夢にまで反応してしまうから、必然的に朝になりやすいんですが…」

ニコ、と八の字眉で笑ったジェイドは朝の処理を終えてから朝食の席へと向かった。

そんな朝のひと時もすぎて、今、ジェイドは久しぶりにメイドを連れて街の商店街へ赴いていた。向かった先は、ご贔屓のパン屋さんである。お店は「エピ」といった。
扉を開けると、カランカランとドアベルが乾いた音を鳴らす。

「おや、ジェイドちゃんいらっしゃい」
「お久しぶりです、エピのおばあさま」
「今日はメイドさんも一緒なのかい。仲が良いことだねぇ」
「おばあちゃま、お久しぶりです」

カウンターの向こうから声をかけてきたのは長らくエピを切り盛りする店主だった。ちょこんと椅子に腰掛けて柔和に微笑む。
ジェイドはこの店のバゲットがお気に入りで、学校帰りに寄ることがよくあった。そのせいもあって店主と仲が良い。
ジェイドがメイドに恋心を寄せていることも知っていて、事あるごとに『脈ありじゃな!』と言って笑いかけるのだが、どの辺りが脈ありなのかジェイドにはよくわからなかった。

「ジェイドちゃんの良さはばぁちゃんがよぉーく知っておるよ」
「ありがとうございます」
「ジェイド坊ちゃんは本当になんでもできるので、私の仕事までとられてしまうんですよ」
「そうだろうねぇ。学校でも大層モテるんじゃないのかい?メイドさんもぽやぽやしとらんと、早く手をつけておかないといかんぞ」
「もー!何言ってるんですか!おばあちゃまも知っての通り、私はただのメイドなんですから!」
「そんなことを言って。ジェイドちゃんの気持ちを弄んだらいかん!」

いつも通りバゲットを包んでもらって、代金の支払いをメイドに任せれば、そこからは店主の独壇場。メイドも人当たりがいいものだから、「最近はアレがお手頃価格になってきた」だの、「あちらの方の港に新しいお店ができた」だの、井戸端会議が始まった。

(エピのおばあさま、ありがとうございます。もっと僕の良さを擦り込んでおいて下さい)

そう思いつつ、ジェイドは、このうちに私用を済ませてしまおうとそっとお店を抜け出した。

さて。あまり知られる機会がないのだが、ジェイドの趣味はテラリウムである。
小さな瓶に自分だけの世界を構築していく。
何とも言えず楽しい作業に没頭し、いくつも作った。
さらに、それだけでは気が済まず、庭先でメイドがしていた家庭菜園にも手を出そうとして叱られ、その隣にジェイド用の畑を作ってもらったのはもう一年以上前のことだ。
ちなみにその近くの日陰に、前から気になっていたキノコの栽培キットを置いたらニョキニョキと生えてしまい、サプライズでメイドに見せるつもりが先にバレてしゅんとしたのも良い思い出である。

そんなジェイドが向かったのは、商店街の突き当たりにある花屋である。この商店街は、突き当たりまで抜けると海岸線が見えるような場所にあり、そこに面するようにその花屋は建っていた。
場所が場所なので、ここに来るお客は滅多にいない。もっぱら配送がメインらしく、店にはいつもジェイドと同じくらいの年齢層の娘が一人いるだけだった。故に気兼ねなくいろんなものを注文したり、時にメイドに贈る花束を作ってもらったりしていたのだが。

今日はなんだかいつもと空気が違うようである。
そろりと店内を伺えば、同郷出身のアズールがいた。彼は毎日のように寮で運営しているカフェの経営で忙しいはず。専ら事業を成功させることにしか興味がなく、外の世界に現を抜かすような輩ではなかったように思うが。
じっと聞き耳を立てても一向に会話の「か」の字も聞こえてこないので、偶然を装って店に入ることにする。

「こんにちは」
「あっ、ジェイドさん、お久しぶりです」
「ジェイドさん!?」
「おや、お客さんで…って、アズールじゃないですか」
「え?お知り合い?」

娘はポカンとして二人を交互に見つめるが、対してアズールは真っ赤になりながらワナワナと震えている。

「ええ、彼とは同じ学校に通っています。まさか花に興味があるなどとは思いもしませんでしたが」
「っ、なっ、そっ、」
「そうだったんですね。そういえばジェイドさんとはお花の話しかしたことなかったから」
「ですね、この機会にもっとお話を聞かせていただけたら嬉しいですよ」

口から出まかせである。
ジェイドは基本的にメイドと自身の趣味以外に興味があるものなどなかったが、面白いことに首を突っ込まないわけにはいかない性質たちだった。
目の前で繰り広げられる状況から見るに、何らかの理由があって花屋の娘と会話したかったアズールがここに来たのは明白。ただ、このアズールのことだから話が弾まなかったのだろう。

「それはそうと、この前のアレ、とても良かったです」
「この前…ああ、アレ!そうですか?お気に召したようで何よりです。大きかったでしょう?困りませんでした?」
「ええ、入り口が小さくて大変でしたが、中が広くて、それがまた良かったので」

テラリウムの瓶の話である。
ボカさなければ至って普通の会話なのに、こんな風に言われては、純情の化身はいてもたってもいられなかった。

「っ、破廉恥だっ…!」
「へ?」
「っ…あなたたちがそんな関係だったなんてっ…!」
「アズール、どうかしましたか?」
「また!来ますっ!」
「あっ…」

脱兎の如く店を飛び出して行ったアズールの背中を、不思議な目で見つめる娘と、ニコニコのジェイド。そうしてアズールと入れ替わるように聞こえたのは、メイドの声だ。

「ぼっ…ちゃーん!」

はぁはぁと大きな呼吸とともにお店に駆け込んできてぷりぷりと怒る姿は、ジェイドの目に、それはそれは可愛く映るのである。

「なんっ…はぁ、も、どこか、行くならっ…ひとことっ…!」
「あー。ジェイドさん、またメイドちゃんを困らせてる」
「嫌ですね。僕は彼女の負担を減らそうと、空き時間に花を見繕いにきただけですよ。話込んだのは誰かさんのせいですから」
「よく言いますよ…」

ひぃ、はぁ、とまだ呼吸の荒いメイドに折り畳み椅子を差し出して、花屋は笑った。この凸凹コンビ、いつになったら恋愛に発展してくれるのかなぁと。

「商店街の皆様に伺って追いかけてくれたのですか?」
「みんなが、ジェイドちゃんはあっちに行ったよって、教えてくれたんです!目立つ容姿でよかったぁ…もう!」
「ご迷惑をかけるつもりはなかったのですが…どう謝罪すればいいか…」
「またそういう!今日こそ騙されませ…っ、え?」
「ではこれを。謝罪には足りないかもしれませんが」

スッと差し出されたのは、一輪の花。

「オステオスペルマム。花言葉は、変わらぬ愛、ですよ。愛されてるぅー!」
「!」
「素敵な花言葉ですね。貴女にとてもお似合いだと思ったので、これはこちらに」

いけしゃあしゃあと言ってのけるキザな男。それでもそれがピッタリと似合うのだから世知辛い。
怒っていた気持ちはどこへ行ったのか、ぽわりと頬を染めたメイドは、モジモジしながら胸元にさしてもらったオステオスペルマムを見つめた。

「っ…次回は、許しませんからね…?」
「肝に銘じておきますね」

こうしていつでも丸め込まれてしまうメイドが、ジェイドの手から離れることができるのかは謎である。
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