【完結】僕らの思春期に花束を

大都会から少し離れた賢者の島に建っている豪邸。
そこにだって一般の人たちと同じように、いつも通り、朝はやってくる。
毎日きっかり朝7時30分。
その部屋の扉はコンコンと軽い音を立てて叩かれる。

「ジェイド坊ちゃん、おはようございます」

扉の向こうで朝日に包まれながら眠っているはずの坊ちゃんに声をかけるのは、この屋敷にたった一人だけ存在しているメイド。
この屋敷がいくら大きいと言っても、ここに住むのは巷で有名なファッションブランド界を牛耳るリーチ家の息子ただ一人。
名をジェイドという。

何を隠そうこのメイドが仕えるリーチ家は、プライマリースクールを卒業する12歳から、20歳を迎えるその日まで、実家を出て暮らすという慣習をもっていた。
公に出されている情報なので別に隠すことでも無いが、彼らは人魚だ。
そのため、事業の発展を見込むという意味でも、陸の生活に慣れたり文化に触れさせる意図があってのことだが、この年齢の子供が長い間親元を離れて暮らすというのも古めかしい慣習であることも確かである。
なのでそんなリーチ家には、ずっと信頼を置いてきたお抱えの執事の一族がいた。
このメイドは、その一族の出。
彼女はジェイドの世話を命じられて以来、ジェイドと共にこの屋敷で生きている。
なおジェイドは双子としてこの世に生を受けているが、片割れのフロイド・リーチはまた別の屋敷におり、学内以外で顔を合わせることは極稀であった。
フロイドの世話係は、ベテランの老執事が受け持っている。
プライマリースクールに上がった頃からすでに頭角を表していた自由奔放の権化のようなその性格をうまくコントロールできるのは『爺や』しかいない、と満場一致でこの割り振りが決定したということは、付け加えておこう。

さて、そんなジェイドを今日も起こしに来たメイドは、ノックに対して返事がないのに疑問を感じ、失礼しますと声をかけて扉を開けてギョッとした。

「いない!?」

部屋はたしかに広い。
学生が一人で使うには、惜しいくらいに広いのだが、その広さをもってしても、ジェイドの姿を見つけられないことなどあるはずもない。
なんといっても彼は、身長190センチの体躯を持つ大きな男性なのだから。
ちなみに大層スレンダーな上に見目麗しい容貌なので、その見た目に目をハートにする女性は数知れずだが、彼自身のオーラがあまりにも神々しいため一定以上の距離人を寄せ付けないことで有名だ。
…とまあ、そんな蛇足はどうだっていい。
問題は、ジェイドが、メイドの目を盗んで一体どこへ行ったのかという一点にある。
リーチ家から仰せ使っているのは、ジェイドを20歳までに立派な成人男性として自立させること、それから何事もないように見守り、育てあげること。
それができないとなれば、一大事である。
顔を真っ青にしてあわわと手を口にやろうとしたメイド。

その背後に忍び寄る影に、メイドは気が付かない。

背中からぎゅっと抱きしめられたときには、飛び上がって心臓を口から吐き出しそうになるも、それはジェイドの逞しい腕によってはばまれた。

「っ!?」
「おはようございます。今日も良い朝ですね」
「じぇ、ジェ、ジェイド坊ちゃん!驚かさないでください!!」
「嫌ですね。これで何度目だと思っているのですか?貴女を驚かせるのは、何度したって楽しいですけれど、そろそろ慣れていただいてもいいのですよ」
「も、もう!!朝食の支度ができたら呼びにいきますと何度申し上げたことか!!」
「僕ももういい年齢なのですから、朝食くらい自分で用意しますよと、こちらも何度も申し上げたはずですが?」
「これは私の仕事ですので、取り上げられては困ります!」

そんな言い合いは毎日のように行われているが、ジェイドにとってはどこふく風。
長年連れ添ってきたせいもあってこの距離感。
絆されている、と辟易しながらも、このオッドアイに見つめられては、メイドが降参するしかないのであった。

そうして始まる平和な日々。
その記録は、この本革の日記帳に貯められている。
日記帳には、ジェイドしか知らない秘密がたくさん書かれていた。

『今日もメイドさんは僕の気持ちを受け入れてくれなかった。いつになったら番にできるのか。20まで我慢しようかと思ったが、この距離感が僕を苦しめる。フロイドに聞いたところによれば、他のクラスの誰それ(顔はしらない)には彼女ができ、ヤることをヤっているらしい。僕だって、』

そこまで書いて、自分とメイドの妄想を始めたジェイドは自らの股間が元気になってきたことに気づいて、こう漏らしたのだった。

「僕の思春期は、今日もこんなにやる気があるのに」
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